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'擬似カウンター'と'カウンター'と'速攻'について。

*イントロダクション「サッカーを語る言葉を整理したい。」はこちら

ちょっと前から記事なんかでは使われるようになってたけど、最近は中継の実況や解説でも耳にするようになった言葉に'擬似カウンター'がある。それこそ、最近だと日本代表の三笘薫の活躍で日本でも注目を集めてるプレミアリーグのブライトン&ホーヴ・アルビオンのサッカーの特徴を説明するときなんかに使われがち。個人的には、この表現はわりと気に入ってるっていうか、たぶん初めて見たのは誰かのSNSのポストだったと思うけど、素直に「あ、上手いこというな」って思った記憶があって。サッカーを観てるとたまに起こる、ちょいちょい目にする現象だけど、それを端的に表現する言葉はそれまではなかった気がするし、でも、あったらけっこう便利だと思ったんで。現状ではそこまで一般的に広まってるわけじゃないと思うし、この表現自体に違和感があったりするわけじゃないし、「サッカーを語るときに使われてるモヤッとする言葉」って感じじゃない。ただ、'擬似カウンター'と'カウンター'と'速攻'の使い分けに関しては、ちょっとモヤッとすることがけっこう多いんだけど。

そもそも'擬似カウンター'って表現がいつ頃からあったのかはわかんないけど、個人的に初めて目にしたのは2018年頃だった気がする。たぶん、片野坂知宏監督が率いてた大分トリニータのサッカーの特徴を説明する文脈で。片野坂監督は2016年に当時J3だった大分の監督に就任していきなりJ3優勝、2017年はJ2で9位だったけど2018年はJ2で2位になってJ1昇格を果たして、2019年シーズンの開幕戦でいきなり鹿島アントラーズに勝ったことでかなり注目を集めて、その後もJ1で3シーズン闘って、J2に降格したタイミングで監督を辞めた(報道のニュアンスから判断すると辞任っぽい?)って感じで、J3時代はほとんど観てないけどJ1に昇格したときにはいわゆる'擬似カウンター'を上手く使うチームって認識してた記憶があるんで、そうなるとJ2時代、その中でもJ2で結果を出した2018年シーズンの途中とかに知ったんじゃないかな、と。

さっき'擬似カウンター'で検索してみたらメディアの記事とかブログとかけっこういろいろヒットするんだけど、最近のモノで多いのはやっぱりブライトンの分析系で、ケヴィン・マスカット監督体制の横浜F・マリノスについての記事なんかもあったりしつつ、古いモノだと大分がJ1に昇格した2019年の8月に「大分トリニータの'擬似カウンター'はどのように生まれたのか? 片野坂監督に聞く驚異の手腕」なんて『フットボールチャンネル』の記事(厳密には『フットボール批評』誌のインタビュー記事の一部抜粋)が、同じ『フットボールチャンネル』には5月にも「J1で最もモダンなトリニータ。計算された'擬似カウンター'、戦術を左右するGK高木駿」って記事があって、どっちもサッカー記者の西部謙司氏が書いてるんだけど、他にも、2019年4月に『Qoly』の「快進撃の大分、噂の'疑似カウンター'がすごい」って記事が載ってて、この記事は「読者の皆様は、'疑似カウンター'という言葉をご存知だろうか」って書き出しで始まってるんで、やっぱり'擬似カウンター'って表現がそれなりに使われ始めたのは2018〜2019シーズン辺りってことになりそう。

で、当然だけど「'擬似カウンター'って何なの?」って話になるわけで、それこそ検索してヒットした記事とかにいろいろ書いてあるんでそういうのを見てもらえればいいと思うけど、端的に言うと、'擬似カウンター'っていうくらいだから「厳密にはカウンターではないんだけど、カウンターみたいなモノ」、つまり「まるでカウンターみたいな状況」、もうちょっと丁寧に言うと「擬似的に作り出したカウンター・シチュエーション」ってことになると思う。

ってことは、まずは「そもそも'カウンター'って何?」って話になるんだけど、例えば、ボクサーとか打撃系の格闘技とかで使われるカウンターのイメージ、つまり、相手が前に出てくるエネルギーを利用して、同じ強さの打撃でより強いダメージを与えるモノってことだと思うんで、サッカーでは「相手がボールを保持して自分たちのゴールに向かって攻めてきてる状況で、ボールを奪ってすぐに攻撃に転じること」「相手が攻めてきてる攻撃のベクトルをボールを奪うことで折って、すぐに逆方向に強くベクトルを向けて攻撃すること」って言えるのかな。つまり、条件としては「相手がボールを保持してる」「攻め込んできてる」「ボールを奪う」「速く攻撃に転じる」って状況が順に起こった状態をカウンターとかカウンター・アタックって呼んでるってこと。特徴としては、「相手が攻め込んできてたんで、相手の守備陣形が整ってない状況で、多くの場合は相手陣内に大きなスペースがある状態で攻めることができる」「守備陣形が整ってない状況で守ることと自分たちのゴールに向かって後ろ向きに走りながら守備対応することを相手に強いることができる」ってことになるのかな。ちなみに、ボールを奪った位置=相手のゴールまでの距離が遠ければロング・カウンター、近ければショート・カウンターって呼ばれたりしてる(ミドル・カウンターって表現はあまり聞かない気がする)。つまり、カウンターってのは、基本的にボール保持が移行することとセット、カウンターを打つ側から見るとボール奪取とポジティブ・トランジションが必須ってことになるはず。

で、'擬似カウンター'は「擬似的に作り出したカウンター・シチュエーション」なんだけど、何が'擬似'かっていうと、ボールの保持が移行してないってこと、つまり、相手からボールを奪ったわけじゃないのに、すでにボールを保持してる状態からカウンターに似た状況を作り出してるってことになる。具体的にどういうことかっていうと、一番わかりやすい例はゴールキックからのビルドアップだと思うけど、自陣の低い位置から、何ならGKまで組み込んでフリーになる選手を作りつつ短いパスでクリーンに前進しながら相手のハイプレスを誘発して、相手の最終ラインがあまり押し上げて来なければ間伸びしてる守備陣形の間にあるスペースを使って、相手がコンパクトな守備陣形を維持したまま押し上げてきたら最終ラインの背後のスペースを使って攻めることで、相手が後ろ向きに走りながら守備対応せざるを得ない状況=カウンターみたいな状況を作れる、と。ゴールキックだけじゃなく、相手陣内まで攻め込んだような場合でも、一度自陣の最終ラインとかGKまでボールを戻して相手の守備陣形を引っぱり出してから'擬似カウンター'を発動することもできたりする。

もちろん、GKとDFを含めて自陣でのボール保持の時間が長くなるからボールを失えばショート・カウンターを受けるリスクが大きいんだけど、上手くいったときの見返りも大きかったりするから、ある意味ではハイ・リスク、ハイ・リターンな戦術ではあるのかな、やっぱり。適した選手がいないとできないって面もあるから、どのチームにもオススメって感じでもないし。ただ、撤退して整えられた守備陣形を攻略して点を取るのが難しいことは世界共通の課題なわけで、強豪チームの場合は多額の予算を使って獲得した選手個人の質である程度解決できちゃう部分があるんだけど、そうもいかない財政規模のチームが得点を増やすための攻略法として、ショート・カウンターってエサをチラつかせることで相手の守備陣形を誘き出す'擬似カウンター'が考案されたのはすごく興味深いと思ってて。たぶん、片野坂監督の大分もそうだったし、それこそ、ブライトンの監督のロベルト・ゼ・デルビ(Roberto De Zerbi)がセリエAで率いてたサッスオーロだって、決してリーグ内で財政的には恵まれたチームではなかったんで。ゼ・デルビがパレルモとかベネヴェントを経てサッスオーロで旋風を起こして(主に一部の戦術好きの間で)大きな注目を集めたのも2018年から2021年頃で、片野坂体制の大分と時期が重なってたりするのもちょっと面白いし。偶然なのか何かの関連性があるのか、例えば片野坂監督がゼ・デルビの影響を受けてたのか、あるいはその逆のパターンがあったのかはわからないけど。

上で触れてきたように、'カウンター'と'擬似カウンター'の関係性に関しては、'擬似カウンター'が'擬似'である以上、まずは'カウンター'を理解して、何が違ってて何が似てるかがわかれば整理できると思うんだけど、そこにわりと雑に混ぜられがちな言葉に'速攻'があったりするのがちょっと厄介だと思ってて。'速攻'ってのは、文字通り'速い攻撃'なんだと思うけど、良くも悪くもそれ以上でもそれ以下でもないというか、個人的には'カウンター'と'擬似カウンター'とは違うレイヤーにあると思ってるんだけど。対義語が'遅攻'なことからもわかる通り、単純に速さだけ、速いか遅いかだけが基準になってて、「保持が移行する」とか「相手選手が後ろ向きで守備対応」とかは関係なくて。カウンターはほとんどのケースで速攻だろうけど、速攻はカウンター以外のケースもあるし、擬似カウンターも速攻のケースが多いだろうけど、たくさんパスを繋いだ末に最終的に擬似カウンター状況を作り出したなら速攻って感じではないだろうし。

細かいことだって言われればその通りなんだけど、解説者とかが「見事なカウンターでした」って言ってるシーンが実は擬似カウンターだったり、擬似カウンターでもない速攻だったりすることって、たくさん試合を観てるとわりとあって、気になりだすとけっこう気になってちょっとノイズになったりするんで。もちろん、誤解を生むって意味では、正しい理解の妨げにもなるし。どのくらい気になるかは程度問題っていうか、個人差があるんだろうとは思うけど。

*分類:「曖昧な用法」で「混同されがち」で「それなりに実害がある」かな。

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