見出し画像

'クサビ'って通じてる?

*イントロダクション「サッカーを語る言葉を整理したい。」はこちら

主に中継でサッカーを観ていて実況・解説が使うことが多い表現で、ちょっと気になる用語のひとつに'クサビ'がある(文章で使われる場合は平仮名だったり漢字で'楔'とも書かれてる)。例えば、「ブロックの外ではパスを回せてますが、なかなかクサビが入りませんね」みたいな感じで(わりと頻繁に耳にするんであえて使ったけど、個人的には'ブロック'もちょっと気になってる表現だったりする。長くなるんでここでは深くは触れないけど)。シンプルに'クサビ'だったり'クサビのパス'って言われてるけど、特に中継なんかでは、知ってて当たり前っていうか、何の説明もなく使われてる印象が強いけど、わりと前から「コレって、普通に説明もしないで使ってるけど、実際にどれくらい通じてるんだろ?」ってちょっと思ったりする。

'クサビのパス'でググってみれば、いろいろ説明してるコンテンツはたくさん見つかる。例えば、『ゲキサカ』の「そうだったんだ! クサビのパスを出すワケ」なんて記事が見つかったんだけど、そこには「楔(クサビ)とはモノとモノの間に打ち込み、つなぎ止めて固定する道具」で、サッカーでは「'クサビ'とは敵陣に入り込んだ前線の選手に縦(斜め)パスを送り、そのリターンを周囲の選手が前向きで受けようとするもの」「前線の選手が相手DFを背負う形で受け、攻撃の足がかりとなるプレイ」なんて書いてある(前に「'敵'と闘ってるのか?」で書いた通り、個人的には'敵陣'って表現はあまり好きじゃないけど、引用なのでそのまま使ってる)。他にもいくつか見てみたけど、細かいディティールとか表現は違ってても中身は似たような感じ。当たり前だけど(ちなみに、この『ゲキサカ』の記事は楔そのもの説明がある点は親切)。

個人的な認識をなるべくシンプルにまとめると、'クサビ(のパス)'とは「主に相手ペナルティ・エリア近辺で、相手の守備陣形のFW-MF-DFの3ラインの間、特にMFとDFのラインの間にいる味方選手に出すパスのこと」で、効果としては「相手選手の視線や意識を集めたり実際に密集させることで、前向きの味方選手を使いやすくしたりサイドにスペースを作り出せたりする」って感じかな。記事によっては「FWが相手を背負って後ろ向きで」とか「ポストプレイを行う」とか「相手にマークされてる状態の味方選手にあえてパスを出す」みたいな記述もいろいろあったりするけど、「そういうケースはもちろんあるけど、必ずそうってわけじゃない」って感じがしちゃうんで、ちょっと違う気がしてる。

で、なんで「実際にどれくらい通じてるんだろ?」って思うかっていうと、まず、大前提として'クサビ'ってのは比喩表現なわけで、実際にあるモノに例えることでわかりやすくしたりイメージしやすくしたりすることが目的なはずだけど、その前提になるはずの実際のモノの部分、つまり「そもそもどれくらいの人が実際の楔を知ってるんだろ?」って点がわりと疑問だから。ウィキペディアで楔の項目を見てみると、「楔とは、堅い木材や金属で作られたV字形または三角形の道具。一端を厚く、もう一端に向かってだんだん薄くなるように作られている。隙間に打ち込むための形状である。その用途として、①隙間を広げて物を割る②物と物とが離れないように周囲から圧迫するというまったく逆のような目的がある」なんて書いてあるけど、現代社会の一般的な日本人が日常的に楔を使ってる光景だったり、楔が身近にあったり身近にはないけど知ってて当たり前のモノだって状況はなかなか想像できないから。あと、こうやって改めて読むと「相手の守備陣形に亀裂を生じさせる」みたいな意味な気もするけど、逆に「逆に相手の守備陣形を収縮させる」みたいな意味な気もして、わかるようでいて実はよくわからないような、「コレってそもそも比喩として上手いのか?」って気にすらなってくる。それこそ、「サッカーを語る言葉を整理したい。」で考えた「10歳児と留学生」って基準的にもけっこう難易度が高そう。

少し脇道に逸れるけど、それこそ'クサビ'とわりとセットで使われる表現に'スイッチ'もある。「このクサビのパスで攻撃のスイッチが入りましたね」的な感じで使われてる表現。コレも典型的な比喩系だけど、'クサビ'と比べるとコレのほうが誰でも具体的なイメージがしやすいような気がするかな、個人的には。おそらく、電化製品のオン / オフのスイッチみたいなモノがイメージなんだろうけど。しかも、「入る」とか「なかなか入れられない」とかって表現が付くことが多いから、なおさらイメージしやすいし、コレはわりといい比喩表現なのかな。ちなみに、さらに蛇足だけどプレミアリーグで日本語の実況・解説が付いてない試合の英語実況なんかでは、日本で'スイッチ'って言ってるプレイは'トリガー(trigger)'って言ったりしてる。つまり、銃の引き金。だからといって、別に「スイッチはおかしい。間違いだ」っていうことでも「日本でもトリガーって言うべき」みたいな話じゃなく、文化の話っていうか、単に「こういう表現の違いってちょっと面白いな」って話のひとつとして。

ともあれ、'クサビ'に関してはもうちょっと気を使ってもいいっていうか、実況や解説が使うときは「相手の守備陣形に挿し込むパスのことを'クサビ'なんて言ったりしますけど」みたいな補足があったほうが親切かな。とりあえず、「そもそも上手い比喩なのか?」問題は置いておいても。

*分類:「比喩系」で「一定以上の実益はある」けど、実は「少し説明が要る」ってタイプかな。

この記事が参加している募集

#サッカーを語ろう

10,816件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?