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持続可能なビジネスのルールとして考える、サメのワシントン条約附属書Ⅱ掲載提案

1.ワシントン条約とは
 ワシントン条約(以下CITES)の正式名称は「絶滅のおそれのある野生動植物種の国際取引に関する条約」である。国際商業取引による種の絶滅を防ぐのが目的である。そのため、「絶滅しそうかどうか」だけでなく「国際取引の影響を受けているかどうか」も規制対象種を決める基準となっている。
 CITESは動植物の派生物も対象としている。例えばサメの場合、CITES対象種のサメが含まれるふかひれ入りの食品、肝油、サメ肉を含む製品、サメ軟骨入りサプリなども輸出入に輸出国が発行する輸出許可証(無害証明)が必要になる。
 またCITESの規制対象は国際取引と公海での漁獲(海からの持ち込み)であり、排他的経済水域(EEZ)内で漁獲し、国内で消費した場合は対象外である。

2.附属書
ワシントン条約の対象となる種のリストが附属書(Appendix)である。評価の基準はConf.9.24で定められている。評価基準は複数あるうちのいずれか一つを満たせばよい。

*附属書Ⅲ 国の動植物種の保全に国際協力を求める場合に条約事務局に通知し掲載する。

3.留保
 附属書に掲載された特定の種を(I,IIについて。IIIについては部分・派生物について)、国が寄託政府(スイス)に通告すれば、その種については条約の適用対象外とできる制度が「留保」である。
 日本は締約国の中で一番多くのサメを留保している。

Reservations entered by Parties  https://cites.org/eng/app/reserve.php

 留保をすると、留保をしている国同士はCITESの規制を受けずに取引ができる。例えば日本は附属書Ⅱ掲載種であるシュモクザメ3種を留保しているが、日本がシュモクザメをCITESの許可書の発給と確認の手続なしに輸出入できるのは、同じくシュモクザメを留保しているガイアナとイエメン、その他条約に批准していない国(北朝鮮など)である。ワシントン条約には世界のほとんどの国(184か国・地域 2022年10月現在)が批准している。
 留保をしていない締約国が、留保をしている国(非締約国として扱われる)と取引することも可能であるが、「条約の許可書又は証明書の発給の要件と実質的に一致しているもの」(条約第10条)が求められるので、日本が留保しても結局は証明書が必要になる。

4.日本のサメ漁
 日本のどの種のサメを漁獲しているのだろうか。2019年のデータで見てみると、漁獲の中心はヨシキリザメ、ネズミザメである。前回の締約国会議(CoP18、2019年11月26日から効力発生 )までの附属書掲載種のサメの漁獲は少ない。つまり日本がそれらのサメを留保しても、輸出入に大きな影響はなかったと考えられる。

サメの漁獲

5. CoP19のサメに関する提案
 今回の締約国会議(CoP19)では、ヨシキリザメを含むメジロザメ科の附属書Ⅱ掲載が提案された(Prop38)。日本のサメの輸出入をふかひれの貿易統計からみてみると、乾燥ふかひれ、冷凍ふかひれとも輸入より輸出が多い。貿易統計ではサメの種を分けて集計していないが、漁獲量からヨシキリザメは輸出されていると考えられる。

乾燥ふかひれの輸出入
冷凍ふかひれの輸出入

 日本政府はサメ種の留保をする理由として「絶滅のおそれがあるとの科学的情報が不足していること,地域漁業管理機関が適切に管理すべきこと等」(外務省ウェブサイトより)を挙げている。ヨシキリザメが附属書Ⅱに掲載された場合は、このサメを留保する方針を続けても、サメ製品の輸出に影響が出るだろう。

6.持続可能なビジネスルールとしてのCITESⅡ
 ここで注目すべきは、CITESが持続可能なビジネスのルールの役割を担うということである。
 附属書Ⅱの種を輸出する場合、輸出国の科学当局(日本の場合、水生種は水産庁、陸生種は環境省)が、「その輸出は絶滅に影響を与えない」という無害証明(Non-detriment findings、NDF)を発行する必要がある。附属書掲載種の取引はCITES事務局に報告しなければならず、CITESはこの取引データから乱獲をしていないか監視をすることができる。乱獲をしているにもかかわらず、無害証明を発行した国は、常設委員会で議論され、条約を遵守していないとして改善対策や取引停止(締約国に状況が改善されない国との取引をしないよう求める)の勧告が出される。
 つまり、附属書に掲載されたサメはCITESの定める手続きを経て取引されることになり、手続きを経ていない取引は違法として税関や警察が取り締まるので、IUU(違法・無報告・無規制)漁業対策になる。
 しかもCop19でサメ・エイの無害証明の手続きができる電子システムが発表される。パソコン画面で質問事項を入力するだけで、無害証明の発行やCITES事務局への届け出ができるというものだ。

 なぜ今回メジロザメ科がまとめて提案されたのだろうか。これには大きく2つの理由がある。
1.サメ・エイの急激な減少が、IUCNレッドリストの調査で明らかになったこと
2. 香港で取引されたサメのDNAを調べたところ、メジロザメ科の絶滅危惧種の中でも特に生息数の少ないサメまでも含まれていたこと、そして生息数の少ない種だけを附属書に掲載して、取引を規制しても見分けがつきにくく、ましてほぐしたふかひれや魚肉では、税関などの執行機関での識別が困難なこと
 つまりNDFを発行し、輸出許可証の有無で違法取引や密猟を取り締まる方が確実に条約を執行できるのである。
 同じ理由でメジロザメ科だけでなく、シュモクザメ科、サカタザメ科(ギターフィッシュ)を附属書未掲載種を含めて科として附属書に掲載する提案がされた。これらが採択されれば、国際取引されるほとんどのサメ・エイがCITESの手続きを経ることになり、乱獲による絶滅の防止が期待できる。

 もし一連のサメ提案が採択されなかった場合でも、ESG投資向けにGRIスタンダード(Global Reporting Initiativeが作成した枠組み。.経済、環境、人権に与える正負の影響を開示し、持続可能な発展への貢献を報告するもの)を使って情報を開示する場合、自社の企業活動が影響を与える絶滅危惧種をIUCNレッドリストのカテゴリー別に記載する項目がある(開示事項 304‑4)。またサプライチェーンでマイナスのインパクトを直接、間接に生じさせる原因を特定し、調査のためにとった措置の報告を求めている(開示事項204-1.1)。
 例えばサメ肉や肝油を使った製品を製造している企業の場合、原料に絶滅危惧種のサメが紛れていないかを調査し、もし含まれている場合は取引先に改善を求めたかどうかの開示を要求している。つまりESG投資とは関係のない中小企業であっても、取り扱っているサメやサメ製品の透明性や持続可能性が証明できなければ、取引を打ち切られる可能性がある。
 一方、国際取引されるサメのほとんどがCITES附属書Ⅱ掲載種であれば、輸出許可証はサメの種類とそれが持続可能な取引であることを輸出国が証明することになる。
 今後のビジネス動向を考慮すれば、CITESの規制は産業活動を阻害するものという発想を転換すべき時であるように思われる。

補足
 CITES掲載種でも種によって状況は異なる。例えば金銭的価値が高く違法取引の絶えない象牙は、国際取引の原則禁止だけではゾウの密猟が止まらず、国内市場閉鎖がCITESで決議された。
 また日本では附属書Ⅱは種の保存法の対象外なので、税関さえ逃れれば国内での売買に規制がない。ペットとして需要の高いスローロリスは、附属書ⅡからⅠにリストアップされた後、税関での輸入差止が減少した。そもそも外国産野生動物は、生態系保全、違法取引、外来生物問題、人獣共通感染症、適正な飼養の点から問題があり、ペットにすべきではない。ペットとして飼育可能な動物を指定するホワイトリスト方式を採用すべきである。
 それぞれの種の取引形態と生息状況によって、対応を変える必要がある。
鈴木希理恵(JWCS事務局長)

香港のフカヒレ取引の現状から ブルーム・アソシエーション香港 海洋プログラム責任者のスタン・シア氏が解説 


なぜこれらの提案がされたのか?解説動画 日本語字幕付 
リマ・ジャバド氏 IUCNサメ専門家グループ議長が解説 


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