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【お別れホスピタル】岸井ゆきのの名演、そして、病院で死ぬということ

※第1話のネタバレあり

母と面会した日に。「死ぬってなんだろう」

「お別れホスピタル」(NHK土曜ドラマ)が2月3日から始まりました。

耳が聞こえない女性ボクサーの映画「ケイコ 目を澄ませて」(2022年)で“超絶演技”を見せてくれた岸井ゆきのさん主演――もうそれだけで観なくちゃと思ったのですが、「お別れホスピタル」のタイトルどおりシリアスな物語が濃密に描かれ、「あなただったらどうする?」とギリギリと胸を突いてくるようなドラマでした。
 
というのも、第1話「死ぬってなんだろう」(2月3日放送)を観たのは、桜が咲くころには98歳になる母親が入所する施設に面会に行った、その夜のことだったからです。

辺見看護師(岸井ゆきの)の笑顔がホスピス患者の心をおだやかにする

――神奈川県横須賀市(おそらく)の東京湾か相模湾のそばの総合病院の最上階には、家族が老々で介護できなかったり、余命を宣告されたり、末期がんの患者が入院する<療養病棟>があります。
 
看護師の辺見歩(岸井ゆきの)は、整形外科から担当替えになって、<療養病棟>の406号室の患者たちを担当することになりました。
 
ある日のこと、“お菓子が食べたいっ!”と駄々をこねる糖尿病のオオタさん(松金よね子)に、向かいのベッドのヤマザキさん(丘みつ子)が加勢して、隣の無口のノナカさん(白川和子)を誘い、辺見看護師さんに購買部から買ってきてもらったお菓子をみんなで楽しそうに食べます。

<療養病棟>の患者3人はほぼ同時に仲良く旅立ってしまい、辺見看護師(岸井ゆきの)はお菓子を楽しそうに食べる光景を寂しく回想する

看護師さんだって、患者の死はつらく、無念なのだ

異変が起きたのはそれからわずか数時間後のことでした。
 
ヤマザキさんが呼吸停止になり、ノナカさんも追うように続き、オオタさんも翌朝に亡くなってしまいました。
 
空き部屋になった406号室には、大腸がんで人工肛門を施された認知症のミズタニさん(妻役は泉ピン子)、そして余命半年を宣告されたスキルス胃がん患者ホンジョウさん(古田新太)が市民病院から転院してきます。
 
ホンジョウさんには、ひょんなことで見覚えのあった辺見さん、ヘビースモーカーの彼と病院の屋上で冗談をまじえながら人生を語り合います。

▲海が見える総合病院の屋上で、辺見看護師(岸井ゆきの)は、車椅子のホンジョウさん(古田新太)と楽し気に会話をしていたのだが…

ところが、翌日未明のこと、ホンジョウさんは屋上で煙草3本の吸い殻を残し、飛び降り自殺を遂げて、辺見さんはひどくショックを受けます。

▲冷静沈着な看護師さんだって人間だもの。入院患者の死に立ち合うと悲しみと衝撃を受けるのだ、ということが伝わってくる辺見看護師(岸井ゆきの)の表情

ナースステーションの同僚たちのすすめで、数日間休暇を取った辺見さんは、母(麻生祐未)からの連絡で久しぶりに自宅に立ち寄るのですが、そこには、母を悩ませている自殺をほのめかす引きこもりの妹がいて言い争いになり、生きるとは(死ぬとは)、いったいなんだろう……と自問することになります。

▲海へと下る坂道を軽自動車で病院に帰る辺見看護師(岸井ゆきの)と、娘を見送る母(麻生祐未)との対比がせつない場面

昭和から映像・演劇界を彩る名優が勢ぞろい

ある日のこと、おそらく厄介な患者になりそうなイケジリさん(木野花)が入院してきます。

▲資産家のイケジリさん(木野花)は、「あの世に財産は全部持っていく!」と叫び、辺見看護師(岸井ゆきの)を秘書のようにこき使い、困らせる

第2話の予告では、駄々っ子のような振る舞いをするオオトヤさん(きたろう)に加え、木野花さん、そして高橋惠子さんが病院をにぎわし、新たな物語を織り成すような展開です。
 
それにしても、昭和を生きてきた者にとって、これは豪華オールスターの顔ぶれです。
 
松金よね子、丘みつ子、白川和子、泉ピン子、古田新太、木野花、きたろう、麻生祐未、松山ケンイチ(医師役)、高橋惠子(第2話予告)といった、昭和から令和まで、映画・ドラマ・演劇界を彩る主演を張った俳優たちが登場しただけでも感激です。
 
第2話以降は、岸井ゆきのさんの繊細な心理を表現する芝居の巧さとともに、生と死を考え、家族との人生ドラマをじっくり観届けていきたいと思っています。

人生はあみだくじのように幾通りもの道が

ところで、おのれの人生にはもしかしたら50とか100通りの道があったかもしれない、という気が最近になってしています。
 
その道は、まるで、あみだくじをたどっていくかのようです。
 
あのとき、別の学校を受験していれば、別の会社に就職していれば、今の人と結婚していなければ……といったメインストリートだけでなく、日々の暮らしの細部にまで、さまざまな選択肢や岐路があったわけで、それらの脇道、小道、裏道がふたたび大通りにつながって……などと考えていくと、もしかしたら100通りくらいものぐじゃぐじゃした道があったかもしれないのです。
 
その可能性というか想像の楽しさをドラマ化したのが、いまだに人気の「ブラッシュアップライフ」(日テレ系・2023年放送/Huluで配信中/Netflixは海外のみ配信中)ほかのタイムリープものなのかもしれません。

でも、「ブラッシュアップライフ」“あーちん”近藤麻美(安藤サクラ)のように突然クルマにはねられて昇天してしまうかもしれず、たいがいは死期まで自分で決めることはできませんよね。
 
むしろ、ビートルズの名曲「レット・イット・ビー」ではないけれど、「なすがまま」の心持ちで、お迎えがきたら、(キリスト教なら神に召されて)樹木のように朽ちるときは静かに朽ちましょう、というメッセージが「お別れホスピタル」には込められているような気もします。
 
だからこそ、ホンジョウさん(古田新太)のように、「なすがまま」にさからって、何も告げずに突然おのれの生を断ち切ってしまう行為は、遺されたものにとっては、とてつもなくつらいものだと思います。
 
辺見さんは、見舞いにきてくれる家族もいないホンジョウさんの孤独な身の上を知っていたからこそ、それにお互い煙草仲間だったし、もっと話を聞きたかったのに、なんで突然いなくなってしまうの? わたしが家族代わりになって看病できたのに……などと、いろんな思いや悔いが錯綜しては頭が混乱したのではないでしょうか。
 
それはホンジョウさん(古田新太)に家族(遺族)がもしもいたとしたら、その悲痛な代弁だったように思います。
 
「家族」とはいったい何か、その問いすらも、このドラマは投げかけているような気がするのです。

辺見看護師(岸井ゆきの)ホンジョウさん(古田新太)と出会ったのは、朝に夕なに景色が美しい、この海岸通りの喫煙場所だった

【追記】

ドラマ「お別れホスピタル」第1話までを文章にまとめ、すぐにでも投稿するつもりだったのですが、母が入所する施設から、そのあとすぐに電話が入り、作業はストップしてしまいました。
 
「お母さまがかなり弱ってこられたので、今週土曜日に空きができた面会時間に来られてはいかがでしょうか」
 
幾分か覚悟をしつつ、2月10日午後に施設を訪ねてみると、母は施設のフロア長が心配したように、急激に痩せこけてベッドで仰向けになっており、血圧が70にまで下がり、生理食塩水の点滴の処置を施されていました。
 
今、この間にも緊急連絡がないかとびくびくしながら、ケータイ画面をにらみながら記しています。
 
――「お別れホスピタル」はドラマから、あっという間に現実のものとなって、第2話(2024/02/10放送)は録画したまま、いまだに観ることができずにいます。


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