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夢中になると見えなくなるもの#30

どうも。ゆうちゃんです。
年末年始の実家巡りを済ませて、明日から仕事なので私一人だけ一足先に自宅に戻りました。
年末に「孤独のグルメ」の放送をチラッと見てから、七輪で焼ける焼肉屋に行きたくてたまらず…三が日なのでチェーン店ですが一人行ってきました。

今回の内容は、焼肉屋で見た家族の姿から自分の行動を見つめなおしてみようというものになっています。
やっぱり普段とは違う行動をすると出会えない人や出来事と遭遇して刺激になるなと感じました。ではお付き合いください!


〇エピソード

隣の席に来た父、母、兄弟2人の4人家族。焼肉屋に来れたとテンションの高い子ども2人ははしゃぎ気味。それを強い口調で起こる母。水をこぼす弟と、先に注意されたことが納得いかない兄。必死に弁解している。とにかく楽しみな気持ちが前面に出ている子どもたち。注文時はみんなで決めていたように見えた。料理が運ばれてくると…トングの使い分け(生肉と焼けた肉)に強くこだわる父の様子が。さらには、俺が主役なのに何で俺ばかり焼いているのか、母(父から見たら妻だが便宜上母で統一)だけサンチュ食べてるよ、子どもには焼かせない、キムチひとり占め、トング分けてる意味わかる?の連続パンチで焼肉奉行発動。段々口が図が減る母。

父親の焼肉奉行ぶりが発揮されていて終始母に対して嫌味のように言葉を放っていました。母の反応もだんだんと弱くなっていたし、「間違えちゃった」「気づかなかった」と謝る場面も見られて夫婦間の雰囲気が楽しくなさそうでした。
もちろんかなりかなり私の主観で状況を見ているので、母がどのように思っているかは知らないしこういうコミュニケーションパターンの家族なのかもしれません。だからここでは真実は問わずに、こうした情景から私が気づかされたことについて書いていこうと思います。

〇相手へのリスペクトはあるのか

別に焼肉奉行の人を責め立てるつもりは一切ありません。自分が好きなように肉を選び、焼き、食べるのは素敵な焼肉時間だと思います。とはいえ、お肉の食べ方にこだわる人がいるのと同じくらいに、食べ方にはこだわらない人もいるのも事実。自分が食べたいように食べるなら、一緒に食べる人を選んだ方が両者にとって良いものです。

こうした前提がある上で、自分のこだわりを押し付けてしまう(相手への良かれと思っての気持ちなのだろうけど)のは誰もハッピーじゃない。先にも言いましたが、例えば今回のように家族で行く場合、焼肉を食べることが目的ではないはずです。普段と違うちょっと特別な日に家族で食事に出かけて楽しい時間をともに過ごすとか、家族団らんが目的ではないでしょうか。

仮にそれらが目的だった場合は、このような父の振る舞いは不適切だと私は思いました。楽しい場を作るにはお互いがお互いを思いやって適度に配慮し合うことが必要です。一人一人が異なる感性を持っているから、全員が好きなように動いていては、ほとんどの場合その場は成立しません。特に家族という最小単位のコミュニティにおいては、家族だからという甘えもあって互いに分かり合えているという感覚が生じやすいもの。普段と違う環境で食事をするときには、いつも以上にコミュニケーションが必要となり、ミスコミュニケーションが積み重なってしまうと場が楽しくなくなってしまいます。

自分主導でその場を制するのではなく、家族であっても相手へのリスペクトがあるかがとても大切になります。

〇自分の行動に自覚的になる

自分の関心が高いもの、好きなことの前ではついつい夢中になってしまうことがあります。それはそれで良いと思いますし、誰かに迷惑を掛けなければ問題ないことです。ただ、その空間に他者がいる場合は自分の行動とか言動には自覚的になることが必要です。夢中になる、没頭する…それは良い。けれども俯瞰してその場を見ている自分も意識下に置いておかないと空間を共有している他者に対しては不愉快な思いをさせてしまうことがあります。

これは分かっていてもその状況になると葛藤してしまいます。今これやりたい…だけど子どもが…とか、妻が…とか。家族を例にしていますが、身内に限らず公共空間においても自分の振る舞いには自覚的にならなきゃなと思います。
そして、自分が好きなことをやりたいときにやるためには、それができる環境を自分で整えることです。「今から○○をやるよ。だから○○分だけ時間もらうね。」とか「今月の○○日は予定入れさせてもらうね」といったように予めスケジューリングが可能なものはしっかりスケジュールを確保しておくようにします。一番身近な家族だからこそお互いのスケジュールにも配慮しあって計画的に、主体的に自分の時間を確保していくことが家族における全体最適ではないでしょうか。

●まとめ

今回焼肉屋で隣席に来た家族の父の振る舞いに、私はイラっとしてしまいました。この記事で書いてきたように、母へのリスペクトが感じられなかったからというのもありますが…それを受けて自分は家族にリスペクトある?と問いただして、ギクッという部分があったからだと思います。
他人同士の協同によってコミュニティはつくられているので、日頃から他者へのリスペクトの気持ちを忘れずにいたいと明日から始まる仕事を前に気を引き締めました。
それと、普段から誰かに見られているかもしれない、試されているかもしれないという気持ちで、自分の立ち居振る舞いを正していようと感じました。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。
これから洗濯物を干して寝ます。
では、また。ゆうちゃんでした。

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