心を射抜く論文作法…夢、希望、幸福


<課題>
 全ての人が夢と希望を持って成長して行ける社会の実現のため、どのような対策が必要か。あなたの考えることころを600字~800字程度で論じなさい。
       (地方上級 群馬県 2019年出題)


















<生徒答案 >
 ①バブル経済の崩壊後、①構造不況に陥った②日本で、③経営者は④人件費を削減するため、事業の⑤成果に応じて①人材を選別⑥した。従業員は⑦互いに⑧功績を残すことに尽力し、自分の⑨実力を付けていった。その一方で、⑩職業に就けない人や⑩職場を解雇された人は、⑩日銭を稼ぐために汲々と⑥していた。これが成果主義の蔓延の⑪序章である。成果主義の下、⑫結果が出なければ無意味という考え⑬から努力に励んだ後、⑭ある⑮人は⑯歓喜し、⑭ある⑮人は⑯絶望感を味わう。
 成果主義から遠く離れた奮闘の物語である努力と同様、⑰思い遣りは当たり前のことであ
る。しかし、時に私たちは人に対する思い遣りを失う。⑱目的を達成しようと注力するあま
り、他者を⑲下げることで自らを保とうとする。⑳結果が出るまでの過程を認めない㉑成果主義の㉒矯正が急がれる。
 ㉓学歴に劣等感を感じていた私は㉔編入試験㉕を受けたが、㉖期待とは異なる結果が出た。㉗その1か月後、㉘失敗を引きずっていた私は、㉘同じ大学の同級生の真希奈と㉘電話で気分転換を図った。㉙聡明な真希奈は私の努力を認めてくれた上で、「学歴を気にする必要はない」と㉚言った。加えて、「劣等感があるから向上心が生まれるんだよ!」と慰められ㉛、私は一年後の公務員試験㉜では㉝合格すると目標を掲げた。
 夢や希望が叶わない㉞際には、人は㉟煩悶とストレスを感じて㉟打ちのめされる。しかし、私たちは夢や希望を持つことで、㊱前を向ける。㊲譲れない想いを抱き、㊳叶えるまでの過程を㊴互いに称賛し合うこと㊲で、誰もが㊲希望を持つことができる。㊵互いに認め合い、切磋琢磨して㊶いける社会を㊷叶えなければならない。
※網掛けは読点の追加箇所。






<問題点>
①事実誤認。企業(「経営者」)が事業内容に相応しい人員を選別、雇用することは、ごく当たり前のことであり、それは経済情勢に左右されるものではない。
②事実誤認。 ①と同様。事業内容に相応しい人員を選別、採用することは、日本だけに限られるものではない。
③個人ではなく、「各企業」と法人格で示す方が好ましい。
④事実誤認。「人件費を削減するため」に行われるのはリストラであり、ここでリストラという限定的な事象を持ち出すこと自体、意味がない。また、企業体が人員を確保することや、整理することは、基本、「業績の維持・向上」のためであり、その先に、「人件費(の)削減」がある。
⑤事実誤認。「人員の選別」は、採用時においても行われるため、「成果」だけに止まらない。元より、採用時には、「成果」など量る術もない。
⑥時制の矛盾。過去に限定されるべきことではなく、リストラも、失職者の経済的困窮も、現在進行的に継続している。
⑦主体の矛盾。「功績を残す」こと自体は、個人の営みであり、そこに「互いに」と示すべき相互関係は介在しない。「各々が」が妥当。
⑧言葉の誤用。正しくは「業績(の)向上」。
⑨無駄な内容。前節の「尽力」だけで十分。加えて、業績の向上は、必ずしも当人の「実力」によるものとは限らない。
⑩事実誤認。離職(「職業に就けない」「職場を解雇された」)状況にある者に、「日銭を稼ぐ」ことは不可能。
⑪言葉の誤用。「序章(はじまり)」ではなく、「成果主義」そのもの。ここは「(成果主義の蔓延の)結果」とする。
⑫拙い表現。「結果・成果を人員評価の最大の指標とする」とする。
⑬拙い表現。「(考え)の下、」とする。
⑭曖昧な内容。それぞれ、「成果を得た」「成果に至り得なかった」とする。
⑮「人」という言葉には、若干の敬意が含まれる。ここは「者」で十分。
⑯具体性に欠ける。心情面ではなく、それぞれ「待遇という見返りを得る」「存分な待遇を保証されない」とする。
⑰荒唐無稽な考え。あるいは、単なる甘え。企業側が「成果主義」を重んじることに異を唱えることはできない。加えて、「思い遣り」を主題とするのであれば、批判対象は企業ではなく、個人となる。表現においても問題がある。「他者への」を「思い遣り」に添える。
⑱無駄であり、且つ、偏狭な内容。ここで言いたいのは、相対的な自己評価。人はどこかで、他の誰かとの比較・対照を通じて自己認識や自己評価を行うということであり、それは「目的を達成しよう」とする以前に為される。
⑲拙い表現。「(他者)を見下す」、あるいは、「否定する」とする。
⑳拙い表現。「結果以前の努力の過程や、そこに潜む奮闘の意味」とする。
㉑ ⑰同様、荒唐無稽な考え。実社会において、「成果主義」が重んじられること自体に異を唱えることはできない。
㉒「成果主義」自体が社会的イデオロギーであるため、「(成果主義)からの脱却」が好ましい。
㉓説明不足。「大学受験に失敗した」とする。
㉔説明不足。「学歴修正ロンダリングを目指し、」と「国立大学への」を添える。
㉕拙い表現。「(編入試験)に挑んだ」とする。
㉖曖昧な表現。「失敗に終わった」とする。
㉗無駄な素材(トピックス)。「後日、」で十分。
㉘無駄な素材(トピックス)。削除する。「後日、落胆する私に、同級生の真希奈は」で十分。経験訴情において、無駄な説明を添える態度は、読み手の立場をリアルに想定し得ていないことに由来する。
㉙無駄な素材(トピックス)。ここで「真希奈」の「聡明」さを示す意味はない。
㉚冗長な表現。「(必要ない)と言い、加えて、」と文を続ける。併せて、「慰められ」を、「慰めてくれた」に代える。
㉛前後で主体が代わるため、一旦、文を切る。
㉜「で」で十分。
㉝説明不足。「合格するという新たな目標」とする。
㉞助詞の誤用。区別の意味を添える必要がないため、「際に」とする。
㉟内容の重複。「ストレスと煩悶に襲われる(苛まれる)」で十分。
㊱説明不足。「再度、また前を向いて進むことができる。」とする。
㊲内容の重複。「譲れない想い」と「希望(夢)」は同義。因果関係の「で」でつなぐべき内容ではない。
㊳説明不足。「それを」を補う。
㊴荒唐無稽な考え。「互いに称賛し合う」こと自体、自画自賛的なキズの舐なめ合いに近い。
㊵荒唐無稽な考え。「互いに~切磋琢磨」し合う関わりは、集団内の、ごく限られた関係下に限られる。加えて、個々の「夢」の実現のための必須条件でもなく、少なくとも「社会」全体に求めるべきものではない。
㊶漢字で「行ける」と書く。
㊷社会体制に対しては、「叶える」より、「実現する」の方が好ましい。




<総評>☆
 前半で示されたリストラに相当する話と、学生である自身の経験との関連性がありません。加えて、ここで経験を引き合いにすることによって、社会全体を見通す視点が失われてしまっています。経験、すなわち、具体例を挿入することは、思考と叙述内容に具体性を持たせるための基本事項ですが、無闇に自身の経験に固執することは、視野を狭くすることにもつながり得ます。加えて、言うなら、本答案で挿入された経験中にある「(他大学)編入」については、「夢」と称するまでの壮大さはありません。
本課題の場合、具体例は自分より大変な思いをしている人たちに求めるべきでした。「夢」や「希望」を贅沢な願いとしてではなく、切実な想いから抱く人たち、すなわち、社会的困窮者こそ、本課題に照らし合わせて考察すべき人たちです。
 また、経験については、未だ、象徴的に一場面を切り取る力を欠いています。事実の全貌を伝えようとするのではなく、素材を絞り込み、そこに情感と表現の工夫を添えながら展開しましょう。
 そして、残念ながら今回、経験の訴情部分に窺える考えは、学歴コンプレックスを克服し得ないまま、代替目標にすり替えるとういう、半ば逃避機制然としたものです。真希奈の発言である「学歴を気にする必要はない」も暴論に他なりませんが、自身の弱みである学歴を、公務員試験突破で解消しようとすることは、学歴修正ロンダリングにも近く、大学受験に対するリベンジめいたものに相当します。
現代文・小論文講師 松岡拓美











<解答例 >
 生理的欲求や、生活の諸々に関わる物質的渇望を超えたところに夢があり、その多くは現状以上の自身の在り方を求めるところに行き着く。その意味で、夢は大いなる未来を有する若き世代の、加えて、それを追求するに相応しい資質や環境に恵まれた者たちの特権でもある。その埒外に社会的弱者と称される人たちの日々の暮らしがある。
 障害者、高齢者、そして、経済的困窮者たちの日常は、多くの困難と障碍に囲まれている。パラリンピック・アスリートなど、一部の強靭な肉体と精神に恵まれた者たちを例外に、そこに夢や希望はない。彼らの日常は、夢多き健全なる若者たちから果てしなく遠い。昨日と変わりなく今日を生きることのみに、彼らは全精力を注ぐ。
 全ての人たちが等しく、夢や希望を追求し得る社会の実現のためには、社会的弱者の範疇(カテゴリー)に属する人たちへの公的扶助の、より一層の充実を図らねばならない。しかし、それは資本主義の競争原理に真っ向から抗う。勝利の美酒に酔うことも、希望の職や立場を得ることも、他者との競争の果ての境地である。誰彼問わず叶えられるものではないがゆえに輝きを放つこれらを、全ての人に開放するためには、社会が共産主義(コミュニズム)に近接する他ない。多くの人が、これに異を唱えるだろう。
 それでも、夢を追い求めるスタートラインに立つことさえ許されない人たちを放置・傍観して、我欲を満たすことに邁進する利己的な者ばかりが蠢
うごめく社会は、冷酷に過ぎる。夢から遠く見放された人たちが、幸福追求の途を閉ざされないよう、公共の福祉の充実を図ることは、人間的(ヒューマン)な社会に暮らす健やかなる者たちの責務であり、また、それは多くの人たちの「夢」の実現の前提である競争原理そのものを完全に否定することに至らない。
 個の尊厳や幸福追求権と同じく、「夢」を特権階級の贅沢の範囲に止めてはならない。
    解答例作成 現代文・小論文講師 松岡拓美





 欲望の遥か彼方に目標があり、そのさらに先に「夢」がある。そして、「夢」は「幸福」の実現要件と言えます。














<復習課題>
「いじめ」について明確に定義しながら、その抑止の方途について、400~600字程度で論じなさい。


<復習課題 解答例 >
 全ての価値観が比較・対照の下に生まれる。その意味で、私たちが自らに付与する価値も、比較・対照を前提に自身の下位に他の誰かを位置づけることによってのみ見出される。「いじめ」は、その先端である人間の根源的な自己承認欲求に伴う他者否定の心性が、一定の集団の下、結集し、特定の他者への攻撃行動として顕現したものであり、その餌食となった者を出口のない苦悩の中に幽閉するばかりか、時に死に誘う。
 人間の根源欲に基づくものであるため、「いじめ」という名の暴挙を理性で、殊に未成熟な子どもの中に刷り込まれた戒律意識然としたもので全面的に抑え付けることはできない。人間の根源欲に立ち向かうには、内なる理性は、あまりにも頼りないのである。
 人間の理性の頼りなさを補い、社会生活の平穏を実現するために、外的規制である法と、その後ろ盾としての刑罰がある。心身の未成熟さゆえ、多くの義務から解放されている子どもに、大人同然の権利を全方位的に与える今日の教育の倒錯から脱し、閉ざされた学校社会にも、この外的規制を持ち込むべきであるとの意見もある。しかし、その前に、誰かを心から重んじる真の愛情に由来するやさしさ、思い遣りを子どもたちの中に涵養することに挑むことこそ、教育の本義ではないだろうか。
 教育は法と刑罰を支える人間性悪説の対極にある。

    解答例作成 現代文・小論文講師 松岡拓美

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