「心を射抜く論文作法」志望理由書指南⑴

 世間一般で解答例が提示されない小論文指導が広く行われていることをご存知でしょうか。志望理由書をはじめとした出願要項書類の一般的な「書き方」指導は「~な感じで書きなさい」とガイドラインを示すか、あるいは、「もっと具体的に」と、漠然とした指針を示すに止まっています。「優れた指導者が、必ずしも優秀なプレーヤーであるとは限らない」という世の常に私たちはここでも直面することになり、誰もが忸怩たる思いに駆られるのではないでしょうか。言葉が過ぎることを承知で言えば、世の一般的な小論文指導者の多くが、秀逸な文章を「書けない」ようです。「書かない」のではありません。

 このような惨憺たる状況が長きに渡り放置されて来たことについては、「この選択肢の内容は本文に書いてないからダメ」や「文章は客観的に読むべき」「文章に線を引きなさい」といった現代文という科目を取り巻く大いなる倒錯、迷信と同等の罪深さを感じさせます。

 自己表現の拙さは、ほぼそのまま他者理解の、すなわち読解力の浅薄さに相当します。「言葉足らず」は往々にして、その伝えたい想い、すなわち想いの丈が小さい、端的に言えば感情の起伏が乏しいことに由来しますが、それはそのまま他者の感情に対する冷ややかな目線や、傍観者的姿勢と表裏を成しているのです。

 ここに一般参考書が堂々と公表している歯学部志望理由書の雛形、すなわち理想型として誇る文面を上げておきますのでご覧下さい。みなさんが大学関係者だったなら、この答案の提出者、合格させますか?

<歯学部志望理由書 教材出版B社提供>
 私は医療関係の仕事に就きたいという漠然とした希望を持っていたのですが、具体的にどの分野を選ぶかは決めていませんでした。
 当然、医学部というのも選択肢として考えていたのです。しかし、外科や内科というような現場で自分自身が医者として働いているイメージがなかなかわかなかったのも事実です。そういったなかで、歯学部の紹介ページを読んでいて、これが自分の進むべき道なのだと直感しました。とくにデンティストと呼ばれているように、歯科医としてだけでなく、職人的な側面があることにも興味がわいたのです。
 そこから歯学部について本格的に調べだして、虫歯の治療という一般的なイメージだけでは語れない、幅広い研究分野があることも知りました。それこそ外科医的な技術も必要となってきますし、最近は美容といった分野も注目されています。これからも進化していくという点についても、やりがいがあるのだと感じています。

 


 どうでしょう?個人的にはこの文面から想定される志願者の年代は大学受験生ではなく、中学生くらいの年代だと思われるのですが、みなさんは如何がでしょうか。
 
この答案の主な難点を上げますと、
⑴自身の漠然とした興味、関心の吐露に終始し、社会の現状、問題を捉え得ていない。
⑵「紹介ページ」「調べた」と動機の由来が他者からの受け売りの情報のみで、経験からの発動ではない。
⑶「幅広い研究分野」についての具体的言及がなく、審美歯科領域についても「美容といった分野」と漠然と擦れるだけで、その詳細に踏み込んでいない。
⑷使用語彙が平易過ぎるため、幼い印象を与える。

といったところですが、問題はもっと深いところにもあります。それはこの志望理由書を書いた者に熱きパッション(情熱)がないことです。使命感と言っても差し支えないでしょう。そしてこれは社会認識の甘さにそのまま比例します。



 もう一例、ご覧下さい。今度は、随所に表現上の添削・修正を加えて行きます。

<歯学部志望理由書 受験生Aさん執筆>
 私が歯科医師という仕事に関心をもったきっかけは、自分自身が将来、自立した女性として生きてゆくために専門職につきたいと考えたときに、歯列矯正で幼い頃から歯科医院に通っていたので、歯科医師という仕事が思い浮かんだため、この仕事について調べていくうちに、虫歯治療や歯列矯正の他、入れ歯治療や歯周病治療、インプラント治療など、様々な専門分野が存在することを知りました。
 ですが、やはり私が特に興味を持ったのは、矯正治療の分野です。私は誰もが自分の笑顔に自信を持って生活するためには、ある程度の歯並びが必需だと思います。
 だからこそ私は、幼い頃、嫌がる私に矯正治療を受けさせてくれた両親と、嫌がる私の心情を察しながら、その時、私にとって最善の治療をして下さった歯科医院の先生方に、本当に感謝しています。このおかげで、私は特に抵抗もなく笑うことができているのだと思います。
 私は今でも、中学一年の時、初めて永久歯を抜歯した時のことを覚えています。前日から、気が重く、当日は不安で一杯で、待合室では今にも泣き出してしまいそうでした。しかし、やはり歯科医院の先生方は、いつも通り、私を迎えて下さりました。
 このように、医療に携わる者になるということは、人々の非日常に日常的に関わることだと私は思います。私は自分が患者側であることの感覚を、常に心の片隅に留めておける歯科医師になりたいです。

 どうでしょうか。これまたB社提供の志望理由同様に、幼さを感じさせる志望理由書ではないでしょうか。特に、「たい」+「です」などは小学校低学年の心情表現です。但し、表現の問題を改善したとしても、自身の歯列矯正の経験と、抜歯の経験だけで将来像を定めるなんて安易さを、どこの大学が喜ぶでしょうか。

 確かに、経験が志望理由書においても重要な要素であることは間違いありません。しかし、それだけでは全くもって自己中心的な子供の印象を抱かれかねないのです。社会を広く見渡しましょう。歯科医療の意義、医療という幅広い世界の中での位置づけが見えて来るはずです。その上で、自分が歯科医師になることが、他の誰かに寄与することを見据えるべきなのです。つまり、漠然とした学部、学科の志望理由と異なり、職業に直結する医学部系大学の志望動機は、どこかで「世のため」「人のため」の使命感に相当するものを含んでいなければならないのです。

 今日、都市部ではコンビニ以上に供給過多と言われる歯科医院の数の多さ。それゆえ矯正、あるいは先端医療器具(インプラント)等、保険適用外の自費診療対応を無闇に増やす商業主義的な歯科医も少なくないと聞きます。更には志望理由が積極的なものや、家業の継承に基づくものではなく、単に高水準な医学部受験への諦めに由来する人も多い(一般に8割近くと言われています)こともその原因の一端を担っているようです。

 このような社会の現状に見向きもせず、ただ漫然と興味、関心を綴っただけの志望理由書に大学側が感心などするはずがありません。確かに人の生死に直接関わる外科、内科に較べると、命に全く関わりがないとは言えない(虫歯の原因菌が血液に浸透し、臓器の疾患を引き起こす、あるいは脳に蓄積することで、脳、及び神経組織の機能不全を引き起こし、最悪、死に至ることもある)ものの、比較論で言えば細やかな仕事に見えてしまいがちな歯科医療や薬学。しかし、単に「職業に貴賎なし」だけでは済まされない、その仕事ならではの醍醐味が、あるいは、魅力が必ずあるはずです。それを自分の中で明確化しないままに書いた歯学部への志望理由書は、大学側からすれば読み応えのない、つまり、心に響かない単なる権利表明と受け取られてしまいかねないでしょう。

 志望理由書は、いわば大学に贈るラブレター。志望大学の精神的支柱(建学の精神)をはじめとして、環境やカリキュラム、研究実績等について、可能な限り情報収集して、称賛するという書き方は、いささか社交術めいた打算に過ぎる感がするかも知れませんが、初対面の対手に対するコミュニケーションの基本は、相手の美点をまず、認めるところにあります。面と向かって言えば、歯の浮くような大々的な称賛を展開すべきですが、それは別の機会に譲りましょう。まずは、自身のパーソナルな部分を、いかに魅力的に表明するか。この点に留意しながら、ひとつの完成した答案を作り上げましょう。

 蛇足になりますが、志望校決定の最大要因は、難易度や受験科目、入試問題の出題傾向、あるいは、学費、大学の所在地などといった物理的、打算的なものが多くを占めるはずです。しかし、これを言葉にするのはあまりにも世知辛く、また、ともすれば大学の恥部に触れてしまいかねないことになるため、相手方も、この志望決定の深層の部分には目を瞑るようです。面接も含めて、志望理由としては表明すべきものではありません。

 それでは、歯学部志望理由書の基本形をご覧ください。は、人間の生死に直接、関わることの少ない歯学部の志望理由書では、医学部志望理由書定番の「命を明日へつなぐ」などといったドラマチックな文言が使えません。それでは、歯学部志望理由書は、どのように書くべきなのか。実例をご覧下さい。

<歯学部志望理由書 例>
 食は人間の生存に直接関わる最も原始的営みであると共に、五感を明確に刺激する無上の快楽でもある。ゆえに人は時にそれを社交の術として活用し、また、ハレの日には卓を囲み祝う。
 そんな人間の根源的で、且つ格別の機会を存分に楽しむには身体の健康が必須であり、中でも口腔外科領域である歯、歯茎、舌、更には顎の状態が良好でなければ、食事の愉楽が大きく縮小されることになる。歯科、口腔外科は人間の生存と愉楽の根幹に大きく関わっているのである。
 基本、予約診療が一般的で急患対応に追われることもなく、また、生死の境目の患者に直面することのない歯科を一部の人は安穏とした仕事だと皮肉る。しかし、患者の生を明日へ繋ぐのも医療なら、外見の美醜に心痛める人を救うのも医療であり、また、人間の根源的な歓びを支えるのも重大な医療の役割なのではないだろうか。その責の重さにおいて農林水産業、工業、商業など産業に貴賎の序列が付けられないのと同様、医療も他の医療領域とヒエラルキーを成すものではない。
 私の知人に三〇代半ばながら自前の歯が既に半分以上欠損している人がいる。「肉とか、硬いものはもう食えないねえ…」と辛うじて残る二本の前歯で作る笑顔は痛々しい。聞けば同じく歯の健康に無頓着な彼の友人は長年放置した虫歯菌が歯茎深部に浸食し、顎骨の切開にまで及んだと言う。細やかな綻びが人間関係を断絶に追い込むことがあり得るのに似て、発症時は些細な身体的疾患であったものが他の疾患と合併し、時に重篤な危機さえ引き起こさないとは言えない。幼い頃から漠然と憧れていた歯科医療の世界。それが決して医療の末端領域に位置付けられるものでないことを今、私は羨望と共に確信する。そして、ひとりでも多くの人の笑顔から白い歯が溢れることを願う。
              解答例作成 現代文・小論文講師 松岡拓美

 


 ただ入学をのみ目指した消極的な大学、学部選択は文章や面接を経て、容易に見破られます。動機がたとえ直感的であったにせよ、情熱溢れるものでなければ足下を見られてしまうでしょう。無論、これはあくまで理想論です。世襲以外の理由では、歯学部受験者の相当数が医学部受験に届かないための消極的な選択で、歯学部受験を目指すことでしょう。それでも人生の選択をそこに定めたのであれば、少なくとも論述と面接の場だけは自身の主体的選択と思い込んで、溢れんばかりの情熱を示すべきなのです。役者の演技は自らを暗示に掛けた、半分以上本気の時に鬼気迫る迫真性が出ると言います。受験のみならず、およそ対人的に人が人を惹きつけるべき機会においては、誰もがそうあるべき、否、そうする(演じる)べきではないでしょうか。

 



 次に薬学部志望理由書の例をご覧下さい。みなさんにとって薬局はドラッグストアの名のままにスーパーマーケットと同じ、ただ買い物する場所として素通りしていないでしょうか。あるいは、単に病院に付随する予備的施設としてのみ捉えていないでしょうか。今日では、6年制となった薬学部卒生を製薬会社はMR(営業)は別として、開発部門ではあまり採用したがりません(理化学部系出身者の採用が大半)。薬学部卒生は基本、薬剤師資格を取ることになりますが、その志望理由は、新薬開発、すなわち創薬部門については社会貢献度が幅広いため、書きやすい面があります。今回は、敢えてそうでない方向性、すなわち創薬部門に較べると、ともすればドラマ性に欠ける薬局、ドラッグストア勤めの処方担当志望で書いた解答例をご覧下さい。

<薬学部志望理由書 例>
 ストレス過多の現代社会とは、今を生きることの難しさと、現代人の心身の疲弊度の高さの指標として既に私たちの了解事項、あるいは既往症として諦観すべきこととなりつつある。経済が弱肉強食の気配を強め、縦社会の中で人は自らを極度に萎縮させながら“人並み”であることに汲々としている。
こんな時代に身体的不調を訴え、病院を尋ねる人は多い。精神疾患を含め、明らかに私たちの免疫抵抗力は低下している。煩瑣な人間関係と化合物混じりの大気、それに薬漬けの食品に囲まれた日々で。しかし、私たちの周囲を仔細に見詰めると、病院の戸を叩く自覚と時間に恵まれず、日々、激務に奔走する人たちの方が相対数でずっと多いのではないだろうか。
 街の薬屋はそんな人たちの日常の側にある。大病や大怪我の即時的対応が病院の務めであるなら、薬屋はその前後における自然治癒をアシストし、健常な日々を共に取り戻して行く身近な駆け込み寺なのである。外科的手術や先進の化学療法が患部にブルドーザ的パワーで直接、働き掛けるのに対し、薬は抗癌剤など一部の劇薬を除き、患者本来の潜在力を少しずつ覚醒させ、本来の健常な態に戻すのである。そして、生活習慣病の患者数の増加に伴い予防医学の充実が求められる今日、薬屋の果たす役割は旧来のホームドクターと同列に並ぶほど重大になりつつあるのである。
 今後、医療と共に新薬開発分野も多いに前進して行かねばならないだろう。少なくとも「これから」を望む人、全ての願いに今日の医療が応え切れていない限りにおいて。ただ、私はそんな医学の中枢としての薬学の進歩を精一杯応援しながら、日々、細やかな痛みに苦しむ人たちに寄り添う存在でいたいと思う。「ほんの少しの不調」が大事に至る前に。
              解答例作成 現代文・小論文講師 松岡拓美



 学科力第一の医歯薬系入試ですが、それでも、多くの人々が生死の境に、あるいは、耐え難い痛みや不調に苦しみ喘いでおり、それは決して優秀な学科能力だけで対峙し得るものではありません。ここに、医学部系入試における小論文・面接が果たす意義があります。人間として、如何に患者と真正面から向き合うか。そして、それを為し得る気概と覚悟、加えて感情の機微を持ち合わせているか否か。大学側はみなさんに問い掛けます。

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