冷蔵庫を自分たちで買った
「お祝いは一生残るものがいい」
それが何かは今もまだわからないけれど、強くそう思った。来週から新婚生活をスタートする。
一度目の結婚では、引越しを機に冷蔵庫とドラム式洗濯機をわたしの家族から贈ってもらった。中古マンションをリノベーションし、エアコンを後付けにするため、2台のエアコン(20畳用で高性能なもので高額)も母が買ってくれた。
元々相手がそこそこの大きさの冷蔵庫と縦型の洗濯機を持っていたけれど、新しい生活に浮かれていたわたしはそれをどちらも捨てさせた。その負い目があったから、離婚の際に「実家に帰るあなたには不要だから、この家に住み続ける俺が家電を中心とした家財をすべてもらいたい」と言われたとき、反論する元気が当時はまったくなかった。だから「はい」と答えた。車も、当時の価値に相当する金額の半額をもらってもいいところだが「あなたは免許も持ってないし」と言われて何も言えなかった。ローンの繰上返済はわたしがしたのに、だ。加えて離婚5ヶ月後に約300万の現金をゆすられた。
住宅ローンは元夫ひとりでも十分借りれる金額ではあったが、ローン控除をめいいっぱい受けるために連帯債務者として5分の2をわたしの負担分としていた。離婚に向けて、どう考えても最も厄介なこの住宅ローン問題に頭を悩ませていたが、一歩も進まないまま、ある日、なんの前触れもなく、前日に相談もなく、いきなり「今日出すから」と記入済みの離婚届を差し出された。証人欄には見知らぬ名前が並ぶ。用意周到すぎて、なんて姑息な人なのだろう、と思った。離婚の理由は「元夫が浮気をし、それに対してわたしがブチ切れ、それでも許そうと思ったところ、相手の女性に最後にもう一度会いたいだのぬかしていたのでコイツは信用ならんと思いまたブチ切れ、許してもらえないことを悟った元夫が逆ギレし、あなたのことはもう好きではないと言い出してモラハラが始まったから」なので、こちらとしては慰謝料をもらいたいくらいだけど、離婚前から弁護士を入れたいというと反対され、わたしは萎縮してしまっていたし、いろいろなことを正しく考えられないほどあのころは毎日が苦しかった。なので、署名と捺印だけで完成する離婚届に、もちろん一瞬迷ったけれど、意を決して判を押した。もちろん捺印前に「住宅ローンやお金のこと、まだなにも手続きしていないのに」と釘を刺したが、そんなことよりも一刻も早く籍を抜きたさそうだったので、こちらも腹を括った。
5月になって、放置していた住宅ローンの件でいきなり連絡が来た。とても雑に言うと、単独名義でローンの借り換えをするから、300万円よこせという内容だった。もちろん断った。年末に離婚届をいきなり記入させられたとき、諸々の手続きを後回しにする奴の杜撰さに呆れ、それならばわたしは現金(そもそも その大半が独身時代のわたしの貯金)を一切渡さないことを相手に伝えていた。お金が足りないなら自分の親を頼ればいい。実際に、離婚時に向こうの母からわたしの母宛に連絡があった際に、わたしの母は「マンションに住み続けるとのことですが、もう離婚したのだからうちの娘には一切迷惑をかけないで」と伝えていたらしい。だけど、元夫は「こっちはあなたの今後の将来のために身銭を切ってあげようと思ってるのに、お金を払ってくれないのなら連帯債務外す意味がない」と言い出したので、わたしは離婚前一年間のモラハラ生活の苦しみと悲しみを思い出して再び塞ぎ込んでしまった。身銭を切ってあげるから300万よこせって、こいつ頭大丈夫か、日本語は正しく使ってよ、と思ったが、とにかく住宅ローンを人質にとられてしまったので、お金を払わざるを得なかった。どう考えても300万円を稼ぐのは、わたしにとってそれなりに大変なことだったけれど、住んでもいない家の住宅ローンの連帯債務者でい続けることと比較し、そんなものは端金だと思うことにした。悔しくてたくさん泣いた。
と、まあ、そんなことがあったわけだけど、モラハラ元夫から解放されて一年、わたしはとっても元気になった。そしていろいろなことを思い出して、元夫のことを許せない気持ちと共に、わたし自身の心の弱さが故に家族に対して申し訳ないと思う気持ちが湧いてきた。わたしが反論できずに残してきた冷蔵庫も洗濯機もエアコンも、先述の通り家族がわたしの新生活のお祝いに贈ってくれたものだ。金額の話ではない。自分が辛かったからとは言え、わたしはそれを贈ってくれた家族の気持ちを蔑ろにしたのではないか、と思った。結果的に持ち帰れずとも、なぜ一言「あれはわたしの家族が贈ってくれたものだから」と言えなかったのだろう。そのことがずっと気がかりだった。
そして元夫は、わたしの家族に感謝することなどなく、それらをただの物としか見ず、わたしに持っていかれずラッキーだとか思いながら、今も普通に使っているのだろう。
わたしは、あれだけ良好な関係を築いていたわたしの家族に対して、最後の挨拶も、謝罪もしない元夫に、ひどく幻滅し、一人の人間として軽蔑した。
そしてその軽蔑する気持ちと同じだけ、自分が二つ返事で家電を諦めたことと、十分な引越し期間が与えられなかったために持ってこれなかったキッチン用品(これも家族からもらったもの)が手元にないことに対する罪悪感に苛まれた。離婚直後の引越しは父が車を出してくれることになったが、元夫がわたしの家族と会いたくないという理由で、奴が実家に帰省している大晦日と元旦のたったの二日間だけがわたしに許された引越し期間だった。心身共に疲れ、もういいやと持ち帰るのを諦めてしまったものがいくつかある。
一度住宅ローンの件で5月に会ったとき、家に残ったわたしのものをいくつか持ってきてくれたが、そのほとんどがゴミだったので、受け取った後に分別して捨てた。わたしが家族にもらった実用性のある使い勝手のいいボウルやお鍋は、奴にとっても必要なものだから持ってきてはくれなかったのだろう。
わたしが救われたのは、家族の誰もそれに対して文句を言わなかったことだ。全員元夫とその家族のひどい対応に怒っていて「そんな非道で非常識な家庭とは早く縁を切るのがいい」と言ってくれた。そして全員が、心の底からわたしの再婚を喜んでくれた。
今度の結婚で、家族がまたお祝いを贈ってくれようとしている。弟がふざけて「何が欲しい?冷蔵庫?洗濯機?エアコン?」と言ってきた。
冷蔵庫も洗濯機もエアコンも、どれも欲しい。だけど、洗濯機は今はまだ縦型のままでもいいかなあと思っている。わたしの結婚相手もまた離婚をしているのだけど、同様に大容量の冷蔵庫もドラム式洗濯機もエアコンも持っていかれてしまったらしい。今ある冷蔵庫は小さいけれど、洗濯機は十分だ。冷蔵庫は新生活と共に新しくし、エアコンは夏までに買おうと約束した。わたしの母が「冷蔵庫をお祝いに買ってあげるよ」と言ってくれて、心底ありがたいと思った。だけど、ふと実家にある母の婚礼家具を目にしたとき、いつか壊れる家電よりも、こんなふうに一生残る家具がほしい、と、そう思った。だから母には、いつか引越したときにウン十万円のソファを買って欲しいとリクエストしてある。
そんな想いもあって、冷蔵庫は自分たちで買った。高かった。数年前よりも相場が上がっているように感じる。だけど、わたしたちには必要なものだ。そろいもそろって料理が好きだから、それなりの容量のものがどうしても欲しかった。これから届くその冷蔵庫は、わたしたちの新婚生活のスタートを彩る象徴のようなものだ、と思った。
いつかその冷蔵庫が壊れる日を、ふたりで仲良く迎えたい。家族の愛に満ち溢れた、一生モノの家具のある家で。
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