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ある日、孤独のグルメを読みつつ仕事をしたこと

とんとんとんと文章を書く。書くべきことが決まっていると筆は速い。

一気にやらねば集中力は続かない。勢いよくキーボードが鳴る。音すら耳栓の奥の鼓膜には届かん。パパパパパと、指先の振動でなにかを得とる。音は振動です。カラフルな振動です。だからもうインプットは、耳でも指でもどっちでもいいのだ。

このたびは一冊の本を書くゴーストライトのお仕事をいただいた。文字数にして約10万字だから、12万字ほど書いて、終わったら推敲をする。2週間ほど前に着手して、今日は無駄な贅肉を削ぎ落とす。あれもこれもいらない、これはまどろっこしいと一度推敲して、寝かせて、二度目に入る。さっき消した一文がやっぱり必要だった。と思って、付け加える。そうして同じように三度推敲し、気づけば文字数は9万4000字ほど。入れるか迷っていた項目を一つ付け足して、保存してウィンドウを閉じた。明日もう一度推敲をしてから納品だ。

ふぅと一息ついて、ぷらぷら都会を散歩していたらSlackでメッセージ。HP制作のライティングの依頼がくる。クライアントは化粧品会社、メディアは新卒募集サイト。テーマは「これからの化粧品業界の変化に敏感な、チャレンジ精神旺盛な人を呼び込む」。取材は無い。すぐに社に戻って打ち合わせ。ディレクターから資料と録音音源をもらう。15:30までにと学生のバイトに文字起こしを頼む。

その間、打ち合わせの通りにテーマとプロット、ロジックを決めて、段組みに沿って文字を書いてみる。仮キャッチを入れてリードへ。各項目の本文へ移る。でもまるでダメ。筆が進まない。目がくらむ。のどが渇く。メインビジュアルの化粧水を一気に飲んでみたくなる。グビッと煽れば、なんだか書けそうな気さえする。

「できましたぁ」とバイトがワードファイルを送ってくれる。15:00。彼女はとても仕事が早い。「クマやばいっすよ。大丈夫ですか」と心配される。ヘラヘラしながら「余裕余裕」と答えつつも鏡で自分を見ると、確かにクマがやけにはっきりと出ている。小学生のころに見た、覚せい剤のアニメーションにこんなやつがいたな。

一度、会社を出て売店でエナジードリンクを買う。「目、真っ赤だよ」とおやじに声をかけられる。目の充血はもう長いこと続いている。ぐっすり眠った翌日も、やはり血管は眼球の上で迷子になっている。

15:30、デスクに座ってスクリーンセーバーを解く。ミネラルウォーターのような薄浅葱の容器に入った化粧水が現れる。横文字の商品名が私をにらんでいるような気がする。

16:10、果たして私は一文字も書けずにウロウロしたり、爪を噛んだりしていた。一度、眠ってみようと、社のソファに横になる。アラームを17:00にセットする。目を閉じる前になんとなく本棚から「孤独のグルメ」を手にとって読みはじめる。

大阪でたこ焼きを食べる話。東京育ちの主人公は「なにもかもが過剰な街」「どこにも居場所がない」とぼやきながらも、最後は屋台でたこ焼きを食べて「おいしい。ああ、これ、ホントにおいしいです」とこぼす。

「おいしいです」。「おいしい」は嫌な言葉。用言プラス「です」は使ってはいけない。タブーだらけなんだけど、でも、なんか、つたわるなぁ。「これ、ホントにおいしいです」。そういえば、若者が使う「嬉しみ」ってなんだろう。悲しむからそれは悲しみ。楽しむからそれは楽しみ。じゃあ嬉しむから嬉しみ? つらむからつらみ? などと考えていたらアラームが鳴り出す。私のアラーム音は「なまはげがやってくる際のドキュメンタル音源」だ。エンジニアが笑ってくれる。

デスクに座ってポンとエンターキーを押す。あの化粧水が現れる。もう1つのモニターに文字起こしのワードを開いて、膝を打つ。なるほどね。強みと差別化だけでは売れない。顧客のニーズに合っていないと。うまくゆかない。そこを理解しつつ具体的にイノベーディブなアイディアを出せる学生が欲しい。

ゴールが見えると、打って変わって、すらすら書ける。パチャパチャとキーボードを叩いていると背中を叩かれた。「ちょっと、いま、いいですか」。

ミーティングルームに向かうと、上長たちがいる。

「うーんと、ーーくんの話なんですが、1週間前に辞めたいと言われました」

ーーくんとは先月から働きはじめたライターだ。まだ22歳。新卒の年。

「あーなるほど。そうなんですね」

「うん」

「辛いっていう感じですか?」

「それもあるし、単刀直入におもしろくないってさ。それで、来週からアシスタント居なくなるけどいけそう?」

「はい。大丈夫です。いけます」


ーーくんは昨日「すごいですね! 毎日文章を書ける仕事なんて、ライターってホントにいい仕事ですね」と花マルな笑顔を見せていたなぁとぼんやり思う。「おもしろくない」はもう、どうしようもない。

あの笑顔と明るい声は無理をして作っていたのか。私の教え方がまずかったのか。ホントは苦しかったのか。なにがいけなかったのか。などなどを考えられる優しさが備わっていればいいのだけれど、あいにく私には仕事がある。目線は就活中の新卒で指先はキーボード。パチャパチャパチャパチャ。

19:30を回って、残るはキャッチだけとなった。デザイナーから声がかかる。「化粧品の話なんだけどさぁ」と軽くミーティング。

プロジェクトメンバーと話す時間は、たとえそれが急な予定であっても好きだ、社内にクリエイティブがいるのはやっぱり楽しい。デザインについて話していたら20:45。彼女も自分の頭の中でいろんな引き出しを開け閉めしていた。フリーランスもいいが、こうした時間はやっぱり愛したい。

結局、キャッチは翌日に持ち越した。ぐぅと背伸びして時計を見ると21:10。そろそろ寝るかと帰宅。そんな、なんでもない一日のことを、なぜか書き記しておきたいと強く感じたので、メモ程度に残す。

#仕事 #ライター #孤独のグルメ #書くべきことを決めること

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