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顧客を無視したマスターベーション経営は見てられん、という話

アパレル興亡(黒木亮)の比較的最初の方に以下のくだりがある

田谷は(中略)尾州、新潟、山形、浜松、泉州、桐生など、日本各地にある機屋、ニッター、原糸メーカー、染色整理加工業者などを訪れ、知識を整え、自分の武器にしようと考えたからだった。複雑な工程を経て作り上げられる婦人服のすべてを理解すれば、よりよい品物を作ることができ、顧客にも自信をもって売り込むことが出来る。

アパレル興亡

そして更に序盤で以下の文章がある。

畳の間に、紐がかけられた船便の荷物が置かれていた。筒形で、左右にと取ってがつき、口が花瓶のような形をした米国の牛乳用の缶であった。鉄製で、高さが数十センチある。(中略)池田は胡坐をかき、上機嫌で缶の蓋を開ける。中から封筒に入った一通の手紙と、たくさんの冊子が出てきた。冊子は「ヴォーグ」、「セブンティーン」をはじめとする米国のファッション雑誌や、シアーズやメイシーズなど有名百貨店のカタログである。サンフランシスコでクリーニング店を経営している親戚を頼って渡米した池田の兄と弟が送ってくれたものだ。

アパレル興亡

アパレル興亡は終戦から10年足らずを起点にし、ファッション業界の栄枯盛衰を描いている。これはモデルとなった東京スタイルの創業者と、約30年ほど社長を務めた高野氏の描写であり、当然ながら非常にサラッと描かれているが、私はこのくだりを読むとどの時代も仕事の本質は変わらないなと感じる。

仕事柄、どこの企業をベンチマークにした方がいいか、どこを注目しているかを聞かれることが多い。しかしこの夏、久しぶりに「そういうブランドがあるんですね」と言われて、イスから滑り落ちそうになってしまった。この時、先方に「どの雑誌を読んでも取り上げられないことがないと言っても過言ではないブランドを知らないのは、怠慢に他ならない。プロシューマ―と呼ばれる層が多いのに、顧客とこんな情報の非対称性を作るのはプロ失格だ。今すぐその意識を変えてほしい。」と言ってしまった。

この時、大きく分けて2つのパターンがある。

  1. 反省し、きちんとメモして情報収集に勤しむ

  2. 「へー」とその場でメモし、1時間後には忘れる。

2の企業がどういうことをするか話そう。情報収集もせず、自分が現時点で目にしたことがあるもの、触れたものを起点に商品・サービスを企画したり、売れると信じたり、自社の商品はいいと妄信する。そして実際は開発費用も回収しきれていないのに、他の商品サービスより売れているからといって、また類似商品・サービスを展開する。ここまでで見事に顧客や市場が関わることがない。顧客が何を買っているか、市場で何が支持されているか、もしかしたら顧客が普段触れている優れた商品・サービスを知らず、顧客とは何の接点も関係もない自分という小さい池の中で、存在もしないペルソナを描きながら商品・サービス開発に勤しむのだ。

ダラダラと書いてしまったが、「お客様志向」でない、という一言に尽きる。どれだけいい商品だ、適正価格と謳おうと、「それってお客様目線じゃなくて、貴社が勝手にそう思ってるだけですよね。」なのだ。法人のマスターベーションなんて見てられねえよ…。

「あ、これが今人気なんだ」「あ、これだと商品・サービスの魅力が伝わらないかも…」という感覚がない人は、インプット不足だし、その鈍った感覚で商品・サービスに携わってはいけない。今すぐ10どころではなく50、100の商品サービスに触れて、脳みそからインプットが零れ落ちるほど情報と今あるものの良さに触れて、感性を取り戻さないといけない。

お客様や環境に対応して常に変化していく、ということはどの業界でも欠かせない。安定経営という言葉があるが、一見安定経営しているような企業ほど用意周到で積極果敢な企業はない。手入れもされていない池の中で泳ぎながら、そこで見つけたコケを「天然の藻類です」と言って発売するほど酷い。

現実を直視し、時代に適応し、自ら能動的に経営をしないとどうなるかなんて、特に小売りに置いては倒産した企業を見れば一目瞭然じゃないだろうか。そして能動的に経営しようと藻掻いてもそう簡単ではないから、我々はまた経営に頭を抱える。しかし、顧客を理解しようとし、現実を直視し、時代に適応しようと藻掻くことはスタートラインだ。そして、スタートラインに立てていない企業がとても多いと思う。

誰かの無限にあるわけではないお金をもらう、誰かが働いて得たお金をもらうということにもっと思いを馳せ、想像力を働かせてほしい。それが出来ないのであれば、プロと名乗ってはいけない。

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