見出し画像

ブルアカ苗字考その⑨(終) ~実在しない苗字~

9つに分けて行ってきた当企画もいよいよ最終回。最後は架空の苗字を取り扱う。中には代表的な幽霊苗字もあるため、後半でその概要と共にまとめて触れることにする。こちらだけでも読んで頂ければありがたい。
また、存在しないゆえに苗字と絡めて書けることもあまりなく、基本的に文章も短い。あくまでおまけ程度に留めている。



陸八魔

読み:りくはちま

陸八魔アル

存在しない。存在するわけがない。
ブルアカにはいるかいないか絶妙な塩梅の苗字が多いのだが、これは苗字の造詣がなくとも先陣を切ってまずいないと断言できるだろう。
恐らく由来は旧約聖書に登場するベリアルだと思われる。ベリアルはグリモワールの『ゴエティア』においていわゆるソロモン72柱の"68番目"に位置する悪魔であり、悪事を好む性質。ここにアルと似通った性質がある。
ちなみに「魔」がつく苗字は「破魔(はま)」「降魔(ごうま)」の2種類が実在。
前者は「浜」の異形と思われ、また「破魔」とは煩悩や悪を打ち払うこと。毎年新年になると見かける破魔矢が有名であり、仏教由来の可能性も高い。
後者は岡山県井原市にある医王院の僧侶による明治新姓とされる。


砂狼

読み:すなおおかみ

砂狼シロコ

こちらも何となくいないことは分かるだろうという苗字。
由来はアビドスがエジプトの地名であることからして、セト・アヌビス・ウプウアウト辺りの狼の顔を模したエジプト神話の神が候補に挙がってくるが、詳しいことは分からない。
「狼」のつく苗字は幾つか実在し、最も多いのはそのまま「大神」の異形と考えられる「狼」で30世帯程度。他さらに希少なものとしては福井県坂井市に僅かに分布する「熊狼(くまおか)」が挙げられる。「常沢」という姓の分家が本家に対抗心を燃やし、獰猛な動物2匹を姓としたのだという。
また「すなおおかみ」のように2文字+4文字の読みで構成されている苗字自体がそもそも非常に珍しい。このパターンの代表例が鹿児島県に集中する「狩集(かりあつまり)」で、現在の南さつま市に「狩集門」と呼ばれる門割制度の門があったことに由来するそうだ。門割制度については以前の記事の「小塗」の項目を参照。


川流

読み:かわる

川流シノン

例の「全裸でタブレットを持ちながら砂浜で走り回る先生」というネタを流しミームのきっかけを作った人。
「川流」は実在しないが、文字をひっくり返した「流川」であれば存在。流川というと『SLAM DUNK』でお馴染み流川楓を思い浮かべるユーザーも多いだろうが、「るかわ」という読みは調べる限りでは確認ができない。「ながれかわ」が一番多く、他「りゅうかわ」などがいるようだ。
由来は文字通り流れる川から。和歌山県岩出市などに50世帯ほど確認ができる。
「流」を「る」と読む代表的な苗字には「水流(つる)」があり、鹿児島県には多い苗字。由来は再び門割制度による門の名称からなようで、また九州では細い川のことを水流と呼ぶようだ。


河駒風

読み:こまかぜ

河駒風ラブ

ソ連製のヘルメットが特徴的なNPCだが、いまいち苗字の由来については判然としなかった。
ただし「駒風(こまかぜ)」という苗字は実在し、京都府京都市山科区にごく僅かに見える。駒は馬に通じる言葉なので、馬が走ると風が吹き抜ける様からついたのだろう。これにさらに「河」の字を当てたのだろうか?
また余談だが江戸時代にインフルエンザが流行した際、その名称として「お駒風」と呼ばれたことがある。これは『恋娘昔八丈(こいむすめむかしはちじょう)』という人形浄瑠璃が流行しており、そのメインヒロインがお駒という名前だったからのようだ。


七神

読み:なながみ

七神リン

連邦生徒会の首席行政官であり、立場上先生は頭の上がらない存在。
由来として考えられるのは七福神か。
数字+神という括りで行くと、「一神(いちがみ)」「二神(ふたがみ/にかみなど)」「三神(みかみ)」「五神(ごかみ/ごのかみなど)」「八神(やがみ)」「十神(とかみ)」「千神(ちがみ)」が実在。
このうち「三神」は「三上」、「八神」は「矢上」の異形と推測されるほか、神社を始めとした神道に基づいた土地に住んでいたことに由来するものが多いようだ。


御稜

読み:ごりょう

御稜ナグサ

天皇の墓のことを敬って「御陵」と言うので、こざとへんとのぎへんの違いがあるがその辺りから派生した苗字だろうか。一応福島県喜多方市には「御稜神社」という名の神社もあるようだ。
「陵」のつく苗字は「安陵(あんりょう/やすおかなど)」、「陵本(おかもと)」などいくつかあるが、朝鮮からの帰化苗字がそこそこ存在する。現在の北朝鮮に安陵という地名があるため、ここから引っ張ってきているようだ。
その他純日本人のものでは「岡」をこの字に差し替えて異形となったケースが多く見られる。
かたや「稜」の方は僕自身で調べた限りでは「稜野(かどの)」という苗字がネット上では確認できた。しかし恐らくこれは誤りで、厳密には「棱野」(のぎへんではなくきへん、もともとは「棱」の俗字が「稜」である)と書くのが正しい。外字のためPC上では文字化けする可能性があり、「稜」で代替しているのだろう。異体字を筆頭にこうした外字を用いた苗字が似たような別の字で代替しているケースは多くあるため、ネット上で調べる際には注意が必要である。
即ち、「稜」のつく苗字は実在しないものと思われる。「稜線」「山稜」など山の地形を表す際によく使われる漢字でもあるため、地名由来の苗字が多い中で確認ができないのは意外であった。


岩櫃

読み:いわびつ

岩櫃アユム

いかにも実在しそうな苗字だが実在しない。由来は群馬県吾妻郡にある岩櫃山からだろうか。同地には切り立った山の上にある岩櫃城という城があり、これが非常に有名。典型的な山城として名を馳せ、幸隆・昌幸・信之という真田氏3代が居城とし、昌幸の次男(信之の弟)である信繁(幸村)も幼少期をここで過ごしたと言われる。そのゆかりあってか、大河ドラマ『真田丸』でも序盤に大きく取り上げられた。
また「岩櫃」に近い実在する苗字には「石櫃(いしびつ)」がある。由来は文字の通り石でできた櫃(蓋の付いた大型の箱)から。この苗字の有名人に京都サンガなどで活躍したJリーガー・石櫃洋祐がいるのだが、個人的にはこのトリッキーなフリーキックが印象深い。


才羽

読み:さいば

才羽モモイ・才羽ミドリ

こちらもいそうではあるがいない苗字。地名であれば埼玉県北葛飾郡杉戸町に存在が確認できるが、恐らくインターネットテクノロジーにおけるサイバーから発想を飛ばしたものだろう。「さいば」と読む実在する苗字には「西馬」「斎場」「才場」などがある。
ゲーム開発部の面子の名前はユズ(ゆずソフト)、アリス(アリスソフト)、ついでにKey(Key)と著名な美少女ゲームブランドの名称からつけられているという話が公然の秘密として存在する。
一方「才羽」はどうか。これについてはサイバーワークスというアダルトゲーム会社があり、その傘下ブランドである「TinkerBell」「WendyBell」のイメージカラーがそれぞれ名前に合わせるようにしてピンクと緑だという。あくまで一個人ならぬ一先生による考察のようだが。
サイバーワークスは1999年から続く老舗ブランドではあるのだが、『淫妖蟲』シリーズに代表されるいわゆる「凌辱ゲー」のイメージが強く、他のブランドに比べると僕は寡聞にして存じ上げない。


夜桜

読み:よざくら
2024/3/27 追加

夜桜キララ

帰宅部のギャル。プレイアブルでこそないがβ版の頃から立ち絵が存在しており、ついに苗字が明らかとなったと言っていい。またティザーPVどころか開発段階となる「Project MX」の公開直後から彼女と思しき「キラキラうるるん☆」なるアカウントがあり、開設が2016年8月、最初の呟きが2020年2月とリリース前であることが分かる。そして2024年1月のイベント「陽ひらく彼女たちの小夜曲」ではそれと思しきアカウントが登場しており、実に4年越しの伏線回収として話題となった。これらは完全に整合性が取れているわけではないので(例えば2016年8月というのは運営であるYostarすら存在していない時期であり、またブルアカの開発は2018年3月と明言されている)、いずれまた調査したいところである。
……失礼、興味深かったあまり当企画の記事と全く関係のない話を長々としてしまった。実在しないのだからあまり言えることもないのだが、どちらかと言えば百鬼夜行辺りにでもいそうな和風の苗字である。
「桜」というのはやはり日本の象徴であることからか、45,000世帯近い「桜井(さくらい)」を筆頭に「桜田(さくらだ)」「桜庭(さくらば/おうばなど)」など多くが存在。また日本に比べて相対的に苗字の少ない海外ではそもそも植物がつく苗字が基本的に珍しい。
他方で「夜」がつく苗字は北近畿を中心に300世帯ほど存在する「夜久(やく)」を除けば「夜船(よふね)」「雨夜(あまや)」「小夜(さよ)」など種類こそ多いがどれも希少なものばかり。以前の記事で挙げた「終夜(しゅうや)」もこれに当たるが、「夜」の一文字がつくだけでどれも見てくれがよく、瀟洒な苗字であると言える。


梔子

読み:くちなし
※2024/4/11 追加

梔子ユメ

長い間ストーリーにおいて謎に包まれてきた本編で唯一死亡が確認されている生徒。「対策委員会編」ではその生きざまが明かされることであろう。
その苗字についても早速考察が飛び交い、植物としてのクチナシ以上に、「死人に口なし」という慣用句にかけたのではないかという説を見かけた。
僕から言わせてもらうのであれば、後輩であるホシノの苗字「小鳥遊」とも関わりが深いのではないかと推測。「小鳥遊」の「たか」は鳥類のタカを指しているが、タカのことを古語では「倶知(くち)」とも言った(参考、p3。また余談だが北海道の地名「倶知安」とは特に関係ないものと思われる)。つまるところ「小鳥遊」と「梔子」は同じ意味を持つように対応しているのだ。これが意図したものなのか、偶然なのかは解らないが、どちらに転んでも面白い。
――と、珍しくこの企画と本編を直線で結び付けたそれっぽい考察もできたところで、実は「梔(くちなし)」というかなりニアピンの苗字が実在していることにも触れておきたい。せっかくなので例外的に下部に貼付しておく。岡山県備前市、大阪府豊中市のみにごくごく僅かに存在するとされる希少姓で、恐らく由来も同じく植物のクチナシからだろう。また北海道札幌市にはこれの異形と思われる「口無(くちなし)」も同じく希少姓として存在しており、皮肉にも上記の考察に合わせるような形となっている。


御坂

読み:みさか
※2023/10/22 追加

御坂美琴

ここからは『とある科学の超電磁砲T』コラボで登場した3人の苗字を一気に紹介。つまるところ、3人とも実在しない苗字である。その他同シリーズに登場する主要キャラの多くは実在しない苗字のため、今回コラボからあぶれた黒子の苗字・白井(しらい、しろいなど。愛知県東部や静岡県西部を中心に20,000世帯ほど)が随分浮く有様である。また上条(かみじょう、うえじょう)は長野県を中心に2,600世帯ほど存在。以前触れた西尾維新にしてもそうだが、キャラ名の特徴が作品の象徴になっていると言っても過言ではないシリーズである。
「御坂」に近しい存在として挙げられる実在の苗字としては読みが同じ「三坂」「美坂」など。「三坂」は福島県の地名から、「美坂」は門割制度の門から名付けられており鹿児島県に多い。
加えて山梨県の山間部には御坂峠という名前の峠がある。ここは井伏鱒二や太宰治といった文豪も愛した名勝であり、その由来はヤマトタケルノミコトが東国遠征の際に越えた伝説に由来するという。そのような謂れも踏まえれば何ら実在してもおかしくない苗字でもあるのだが。


食蜂

読み:しょくほう
※2023/10/22 追加

食蜂操祈

いかにも実在しなさそうな苗字。最近はこのような架空のキャラの苗字でも一発変換であっさり出てくれたりするので便利になったものである。
調べる限りでは『義経記』にハチクマ(大型のタカ)の別名として「蜂食(はちばみ)」という表記が見られるほか、鈴木孝夫の著書『日本語と外国語』(1990)では、英語で「apivorous」(蜂を食べることを表す形容詞。ラテン語の「apis(蜂)」と「vorō(貪る)」からの合成語)と書くとネイティブでも専門家しか分からないが、邦訳して「蜂食性」と書くと日本人なら誰もが分かる、という言語間の特徴を表す例えとして近しい言葉が出ている。まあ、これらはこじつけ程度の余談であり、さして関係はないと考えるのが丸いだろう。
また「食」のつく苗字として最も多いのは島根県出雲市などに1,000世帯ほど分布する「安食(あじき、あんじきなど)」、「蜂」のつく苗字として最も多いのは岡山県岡山市に多い「蜂谷(はちや、はちたに)」とあり、他にも「和食(わじき)」「食野(めしの)」「蜂須賀(はちすか、はちすが)」などそれなりに存在する。このうち「蜂須賀」といえば豊臣秀吉に仕えた蜂須賀正勝(通称:小六)が有名だが、彼の子孫であり20世紀前半を生きた正氏(まさうじ)はドードー研究の権威としても知られ、沖縄諸島と八重山諸島の間に引かれる生物分布の境界線「蜂須賀線」にその名を残す。一方で正氏は金遣いが荒かったため一家没落のきっかけとなり、現在の当主である女性・正子は嫡子もおらず養子もとっていないため、事実上最後の当主となっている。


佐天

読み:さてん
※2023/10/22 追加

佐天涙子

恐らくサテンスカートなどと言った時の織物のサテンから来ているのではないだろうか。日本語では繻子(しゅす)とも言う。もともとは中国で生まれたといい、1500年代前半には中国やオランダから日本に伝わったとのこと。その過程のためか、オランダ語で「satijn」と書く外来語である。
鎖国後も数少ない交流を続けた国であるためか、オランダ由来の苗字は前回紹介した「聖園」のような帰化のケースを含まずとも純粋な日本の苗字としてごく僅かに存在。例えば山口県下関市などに分布する「蘭光(らんこう、らんみつ)」や、兵庫県宝塚市などに分布する「蘭定(らんじょう)」は蘭学の中枢であるオランダ医学が由来となっている。8代将軍の徳川吉宗がオランダからの洋書輸入を認め、青木昆陽と野呂元丈にオランダ語を学ばせて以降は数少ない外国を知る手段として蘭学は学者たちの間で隆盛を極めた。このうち最も代表的と言っていい『解体新書』を上梓した杉田玄白の著書『蘭学事始』には、青木と野呂が蘭学のパイオニアとして功績が著述されている。


不知火 (+幽霊苗字について)

読み:しらぬい

不知火カヤ

戦犯疑惑がある(精一杯のネタバレ回避)。
それはそれとして「不知火」は非常に代表的な幽霊苗字の一つ。実は2004年まで東京都の電話帳に記載があり、これを証拠としてあたかも実在するように拡散されている。
その電話帳の表記はここから確認できるのだが、「不知火幻庵」と書かれている。この名前、格ゲーに詳しい人なら知っているのではないだろうか?
そう、不知火幻庵という名前はSNKのゲーム『サムライスピリッツ』に登場するキャラクター名と同姓同名なのだ。おまけに「幻庵」という名前も電話帳からはこれ以外に確認できない。参考までに戦国時代に後北条氏の一門として北条幻庵という人物がおり、おそらく不知火幻庵の元ネタもそれと思われるのだが、あくまで出家したのちの僧名である。
つまりこの掲載は悪戯の可能性が非常に高いのだ。このように電話帳に虚偽の情報を掲載することや、店名を苗字だと誤認したことで幽霊苗字が発生するケースは非常に多い。
今回の調査で電話帳のみを調べただけで実在を確かめるのではなく、あくまでこの行為を踏み台に留め、ストリートビューやアーカイブで実在を確かめたのはこういった問題を防ぐためなのだ。
なおご存じのユーザーも多いかもしれないが、不知火の本義は八代海や有明海で夏に観測できる蜃気楼のこと。かつてはその付近の宇城市に不知火町という町名もあったため、こちらも誤った根拠を招く原因となっている。
幽霊苗字については次の「十六夜」の項目も参照されたい。


十六夜

読み:いざよい

十六夜ノノミ

こちらも界隈では非常に有名な幽霊苗字。個人的には「不知火」と並ぶ典型的幽霊苗字の二枚看板と言っていいほどの存在で、幽霊苗字に至った経緯まで全く同じ。
高知県の電話帳に3年間のみ「十六夜京也」という名前で登録があったことが根拠とされているのだが、これは菊地秀行の小説『魔界都市〈新宿〉』シリーズに登場する主人公と同姓同名である。そして僅か3年間で電話帳からなくなることなど悪戯以外に考えられないので、そういうことである。

このようにどこかの愚者の過程を踏んでなるのが幽霊苗字なのだが、幽霊苗字になりやすい条件は幾つかあると思うので、勝手に5つほど列挙してみる。例として挙げている苗字は全て幽霊苗字と推測されている。

①有名なキャラの苗字である
剛田(ごうだ)、阿良々木(あららぎ)、両津(りょうつ)など
②一見すると読めない字面であり、かつインパクトが強い
不知火(しらぬい)、九足八鳥(ろくろみ)、い(かながしら)など
③姓名の区切り間違いなど、誤登録が起こりやすい
二(したなが)、西周(にしあまね)、谷谷谷・谷谷谷谷(たにかべ)※など
※(「谷谷」で「やや/たにや」が実在する)
④芸名が電話帳などに記載されている
三鷹(みたか)、青空(あおぞら)、幻(まぼろし)など
丹羽基二が関わっている
蝮(たじひ)、正月一日(あお/あら)、十八女(さかり)など

①~④は書いてある通りとして、ここで付け加えるべきは⑤であろう。
丹羽基二(にわ・もとじ)(1919~2006)は柳田国男や折口信夫らに師事し、民俗学を出た苗字研究家である。その熱意は確かなもので、全国の墓を回り苗字を収集しつつ、ついには『日本苗字大辞典』と呼ばれるデータブックを編集したのだが、これに少々問題があった。実在の証拠がない幽霊苗字が大量に掲載されていたのである。最早創作苗字とも言ってもいいくらいにだ。
事実上幽霊苗字の発生はここが始点と言ってもよく、とりわけ上記の②にも近い数字を使った難読の幽霊苗字を蔓延らせた。⑤でも「正月一日」「十八女」を挙げているが、他にも「五月七日(つゆり)」「十二月田(しわすだ)」「六月一日(うりわり)」「十八娘(ねごろ)」など枚挙に暇がない。
特に日付を記した苗字については「四月朔日(わたぬき/つぼみなど)」「八月一日(ほずみ/はっさくなど)」といった実在する似たような苗字があるため、さらに事態がややこしくなっている。加えてこれらは現在でも公式メディアがクイズ形式に出してしまうなど、その爪痕が色濃く残ってしまった。
これは苗字のみならずインターネットで生活するにあたって全般に言えることだが、何事もソースを確かめて情報発信をするべきだ、ということである。当たり前かもしれないが、これは人間の坩堝と化した現状のインターネットでは難しいことなのだ。

さて、再び「十六夜」の話に戻ることになるが、これに近い実在する苗字には「十七夜月(かのう)」があり、その字の通り十六夜が十五夜の1日後なのに対し、十七夜とは2日後のこと。その十七夜の日に月に祈ると願いが"叶う"という伝説から生まれた苗字とされ、最早幽霊苗字より幽霊苗字していると言っても過言ではない。
更に後ろの2文字を「夜の下に月」と書いて合体させたパターンもある。「久米」→「粂」、「麻呂」→「麿」のようなイメージと言えばわかりやすいだろうか。


風倉

読み:かぜくら

風倉モエ

上述の例のように広まってこそいないが、今回の調査で新たに発覚した幽霊苗字。
2007年の電話帳に「風倉」の記載があるため、須﨑氏のサイトにも1世帯の記載がある。しかし、これが芸名だと判明した。即ち上述の「幽霊苗字になりやすい条件」のうち④に該当する。
彼の名前は風倉匠(かざくら・しょう)といい、芸術家だ。本名を橋本正一という。赤瀬川源平のアヴァンギャルドっぷりに影響を受け、1960年代に国内のネオ・ダダイスムを牽引。後にビデオアートの第一人者として名を馳せたナム・ジュン・パイクは「世界で最も無名な有名人」と評している。
そんな彼だが、大分に生まれて上京したのち、晩年は再び地元に戻った。やがて病気がちとなると湯布院に居を構えたのだが、これも先に挙げた2007年の電話帳の住所と一致するのである。


戒野

読み:いましの

戒野ミサキ

さて、当企画のトリを飾るのはこの苗字だ。最後に持ってきたのには理由がある。半分存在、半分実在しないからだ。
要するに、「戒野」という苗字こそあるのだが、「いましの」とは読まないのである。こういったケースは他にもあると思ったのだが、1件だけなのは意外であった。
では、改めて実在する「戒野」を解説していきたい。

戒野
推定10世帯以下・30人
読み:かいの

愛媛県西予市などに分布。同じく愛媛県に多い「戒能(かいのう)」の異形と考えられるが、さらにこれが「得能(とくのう)」に通じるものと推察されている。もともと伊予一帯に河野氏(かわの)という豪族がおり、その一族が「得能」を名乗ったと言われている。とりわけ鎌倉時代末期に当主であった得能通綱(-みちつな)は後醍醐天皇の銘を受けて新田義貞軍に就き、金ヶ崎の戦いで奮戦するも義貞と共に討ち死にを遂げたという。
その後は再び河野氏に吸収されたが、長宗我部元親の侵攻など苦難に遭い、遂に1585年に四国平定を志した豊臣秀吉の軍によって河野氏ともども滅亡した。その後はこの地を収めた小早川隆景の傘下に入ったと考えられる。


おわりに

元より春の自由研究として始めた当記事だが、終わってみれば9つに記事を分け、2か月もの時間を費やしていた。調査した生徒は恐らく100名を優に超える。過去に書いてきた記事の中ではダントツに長く、これだけ調査すればこのぐらいの時間がかかるかもしれないが、それでもモチベーションを保つことができた。ひとえに『ブルーアーカイブ』というコンテンツの偉大さ、そして散りばめられた絶妙な設定が根底にあるお陰であろう。
苗字というのは殆どの人間についており誰しもが保持している身近なもので、かつ公表する機会が多いものである。今まで何の気なしに「珍しい苗字だね」と言ったり、「『川』じゃなくてさんずいの方の『河』なんですよ」と言われたりした経験は一度でもあるのではないだろうか?
そんな小さな部分を地表から掘り進め、目に見えない部分を顕したのが今回の企画である。当然それは全体からしたらごく僅かな部分でしかなく、地下には巨大な"苗字帝国"が広がっているはずだ。
また、特定の苗字が実在するか否かという点には先の幽霊苗字の項目で散々触れた通り、ネットリテラシーと個人のリサーチ能力が重要となってくる。
キヴォトスの秩序については怪しいところがあるが、我々はデマを防ぐためにもインターネットの秩序を保たねばならないのだ。
そういった部分に警鐘を鳴らす意味でも、今回の企画は行った意味があると思っている。もちろん、純然に苗字に興味を持ってもらえたのならこれ以上の冥利はない。

諸君らのインターネット・ライフに幸あれ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?