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"虹のかけら" と "花のゆりかご"

「ねえねえ、おやつちょうだい?」

 いつものように高い声で呼びかけて、
 体をすり寄せても知らんぷりされてしまいます。


「いったいどうしたのだろう?
 撫でてもくれないし、おやつもくれない」

 僕はしょうがなく、いつものように
 ゆっくり家の中を確認して回ることにしました。

 家の中は、この時間いつも静かです。
 僕と僕が一番好きなこの人しかいません。


 いつもはどんな時でも、甘えにいくとすぐにかまってくれていました。
 仕事中は邪魔しないの!と軽く叱られても、
 優しく頭を撫でてくれていました。

 それなのにいったいどうしたのだろうと、
 少し怒って少し悲しくなりました。


 僕はいつものようにソファーの上によいしょと座って、
 くるんと体を丸めて目をつむりました。
 そして、しばらくしてから、
 目を開けてぐっと体を伸ばして思いきりあくびをしました。
 いつもどおりの時間です。


 そろそろ僕の一番好きな人が
 ご飯を食べる時間が近づいてきました。
 ご飯の準備をしている時なら、
 いつものように甘えたらおやつをくれて撫でてくれるかな?
 僕はそわそわしながら待ちました。

 でも、一向にご飯を食べたり用意をしようともしません。
 なんだか今日は様子が変です。

 僕は、もう一度近づいてみました。
 みんながいつもいる、お部屋の真ん中にその人はいました。
 ただ座っています。
 今日はお仕事っていうのはしないのかな?

 僕は、そっと顔を見てみました。
 ぼたっと涙が僕に落ちてきました。

 そういえば、今日はお部屋がいつもと雰囲気が違う気がする。
 僕はもう一度、体をすりよせました。

 やっぱり撫でてはもらえません。
 その代わりにちくっと痛みを感じ、
 この人から苦しい気持ちが伝わってきました。

「泣いている・・。
 だから、お部屋の雰囲気がいつもより重いんだ。
 どうしたんだろう?
 今のちくっとした痛み・・ちょっと違うけれど、
 ちょっと前まで僕はすごく痛くて苦しかったきがする・・・。
 でも、今は痛くないから・・いっか。」

 すると、その人が小さくしゃべりました。
 僕は耳をすませて近くによります。

「苦しかったのかな・・。
 ごめんね・・もっと早く気づいてあげられたら・・・。」

 僕は、その人の目線の先を見てびっくりしました。
 僕にそっくりな猫に話しかけているのです。
 僕は ”カッ” となって、その猫を威嚇しましたが、
 全然目が合いません。
 写真のようです。

「なんだ、写真か。
 僕の写真だよな。
 よかった。
 でも、なんで写真に話しかけるんだろう。
 写真だったら僕に話しかけてくれたらいいのに。
 一緒に遊ぼうよ~」


 僕はもう一度体をすり寄せて少し噛んでみました。
 全然反応がありません。

 その人の顔と、
 大切にその人が持っている僕の写真の奥にある
 小さな何かを見て、僕はぞわぞわっと寒気がしました。

「なんか・・嫌な予感がする。
 あれ、僕どうしてたんだっけ?」

 僕は、一瞬何か思い出したけれど
 すぐに考えるのをやめました。

 そして、いつものソファーで横になりました。

 それから毎日、一番大好きな人も他の人も
 僕のことは一切かまってくれない毎日が続きました。

 ただ毎日ご飯を置いてくれていた場所には
 いつでもご飯が置いてあって、
 あの人が話しかけている僕の写真の前には
 毎日僕の好きなおやつが置いてあります。

 みんな僕よりもあの写真の方にばっかり話しかけているんです。
 僕は、面白くありませんでしたが、
 最近少しずつ少しずつおかしいことに
 気が付くことが多くなってきました。

 食べているのに、ぜんぜん減らないご飯。
 食べたはずなのに、そのままになっているおやつ。
 あの人の膝に乗ったつもりなのに、感じない温かさ。

 今日は毛づくろいをしようとしたら、
 体がいつもより透けて見えました。
 
 僕は苦しくなりました。


 その日の夜、いつもみんなが見ているテレビという物体に、
 僕が大きく映りました。

 みんなテレビの中の僕をじっと見ています。
 僕は、あの人の足元に行ってみました。

 あの人は泣いていました。
 あの人も、小さい元気な子も、みんなみんな泣いていました。

「本当に、かわいい子だったね。
 まだあの子が家の中にいるような気がするの。
 でも、今日いつまでも泣いていると
 あの子が虹の橋を渡れないって聞いたから・・。
 最期すごく苦しそうだったから・・。
 あっちの世界で早く楽になってほしくて・・。
 
 そしてまた・・いつか、会いたいって思ってね・・。

 あのね、虹の橋を渡ったら、
 その子のことを考えてあげると、
 その子のところに虹のかけらでできたお花が届くのですって。
 そのお花をたくさん貯めると、
 とっても早くもう一度こっちの世界に生まれることができる
 特別なゆりかごになるって聞いたの。
 だから、これからは毎日ゆりかごをつくるための
 お花を届けようって思ったの。」

「じゃあ、もう泣くのはやめようか。
 みやは、いっぱい頑張ったんだ。
 病院の苦しい治療も耐えて、
 しっかりご飯も食べて・・。

 苦しいながらも、甘えてきてくれる優しい子だっただろ?
 きっともう一度会えるよ。」


「また、来てくれるの?
 楽しみだな。早く、ゆりかごのお花届けてあげきゃ。」

 みんな泣きながら話しをして、
 テレビから僕の写真が消えました。

 僕は、思い出しました。
 というか、気が付いていました。

 やっぱり僕は死んでしまったんだ。
 苦しくて苦しくて、助けてってみんなのところに行くと
 優しくなでてくれて・・ちょっと楽になった気がしたんだ。

 でもやっぱり・・・

「僕は死んでしまったんだ・・・」

 僕がつぶやくと、
 急に近くにいたはずのみんなが遠くに見えました。
 お家の中なのに、お外のにおいがして、
 目の前にはキラキラと光る何かがあります。

 僕は、もう何を話しているかわからないくらい
 遠くに見えるみんなを見て、
 いつものように話しかけました。


「また遊んでね。大好きだよ。」


 一粒僕の目から涙が落ちた時、
 あたりはすごく温かくて
 キラキラした光につつまれて僕は目を閉じました。


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虹の橋の向こうでは、
苦しみも空腹もなく
みんな自由に遊びまわっていることだと思います。
虹の橋でゆっくりまた会いに来てくれる準備をしている。
そんな気持ちでこのお話しをつくりました。

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