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とあるバー

仙台駅から車じゃないといけない場所にあるバー。

近くに駅はない。不便だから、お客さんでカウンター8席が埋まることはめったにない。
だがそれでいい。常連の人たちだけで楽しく、緩やかな時間を過ごしてほしくてこの店を作ったのだから。

レモンを輪切りにカットして、ライムをグラスに合わせてカットして、時計を見ると、そろそろ1人目のお客さんが来る頃だ。

<カランコロンカラン>
ほら来た。

『いらっしゃいませ』
いつも通りの低く、無関心を装った声で応対した。

『いつものください』

『かしこまりまりました』
低く、無関心を装った声で応対した。

チラッとお客さんの顔を見る・・・、もう一度チラッとお客さんの顔を見る。もう一度だけ、チラチラっとお客さんの顔を見る。


初めて見る顔だ・・・。

この店をオープンして3年、ほぼ毎日同じお客さんしか来ないから、お客さんの中に知らないお客さんはいない。

いつもの・・・ください・・・。いつもの・・・。

バーテンダーの教科書があったとしたら、1ページに書いてあることは、「いつものって何でしたっけ?って聞くやつはやめちまえ!」


考えろ、考えろ、考えろ、考えろ・・・。

想像しろ、想像しろ、想像しろ、想像しろ・・・。

当てろ、当てろ、当てろ、当てろ・・・。
顔や服装からイメージして、このお客さんがいつも飲んでいそうなドリンクを作って出すしかない。

この店を開けて3年、その前に師匠のお店で10年ほど働いていた。大学時代のバイトも入れたら、15年以上バーで働いている。


できる、できる、できる、できる・・・。

俺ならできる、俺ならできる、俺ならできる、俺ならできる・・・。

おもむろに客に背を向け、ドリンクを作った。


『お待たせしました』

慣れた手つきでギムレットを客の前に滑らした。

『ありがとう』

客は一口含むと、口の中で転がしながら天井を見つめた。

どうやら合っていたようだ・・・。


男はバーテンダーから差し出されたギムレットを口に含みながら考えていた。


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