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ステレオタイプは「ナイフ」という考え方

■はじめに

結局のところ、周りの需要があるかないかに関わらず、書きたい内容は書きたい!っということで本文を書きます😆

今後は周りの評価を気にせず、書きたいものを勝手に書いて、独り言のように記録していくスタンスで💪

では本題へ


■ステレオタイプとは?

固定観念のこと。固まって揺れ動かなくなった考え方

ステレオタイプの特徴として、「〜しなければならない」「〜すべき」って言い回しがよく使われる

テレビのコメンテーター(評論家)がよく使うやつですね🙄

日常の会話の中でもよく使われているけど、個人的には好きじゃありません

なぜなら、「〜しなければ」「〜すべき」はストレスを感じる言い回しだから

ある日この感覚に気がついてから、僕は「〜した方がいい」という言葉に変換するようになりました

使うシチュエーションは同じなのに、言葉の表現から受け取るイメージが結構変わります。これはオススメですよ


■なぜ「ナイフ」に例えるのか?

ステレオタイプの表現は「ナイフ」がぴったりだなと思ってまして、その理由をこれから順番に話していきます

①ただ持っているだけでは問題がない
「〜しなければ」「〜すべき」みたいな考え方は、ただ持っているだけ、考えているだけでは何も問題がないです。
ただ「固くて柔軟性のないカタマリが頭の中にあるな〜」くらいのものです

②人に向けると途端に凶器
ナイフが脅威な場面って、それを持っている人間が他の誰かや他の物に刃を向けるときですよね

ステレオタイプも同じ性質で、「〜しなければ」「〜すべき」を他者に向けた時点で相手を刺すことになります

目に見えない「ナイフ」だから、知らず知らずのうちに結構刺したり、刺されたりしてます

この刺されたときっていうのは、ざっくりいうと「ストレス」というものとして身体に蓄積されていきます

そんでもって、「人」という範疇には自分も入っているわけで、

ステレオタイプの刃が他者ではなく自分に向いているときは、自分をグサグサ刺して、ストレスを溜め込んでいくことになります


■「ナイフ」を持たない主義

根本的に「ナイフ」がなければ、刺す心配も刺される心配もないので、ステレオタイプという「ナイフ」を持たないことが理想だと思われます

戦争のない世の中にするには「武器が世の中からなくなれば良いよね」という理想論と同じです

ただ一方で、「それはそれで固定化された考え方なんじゃない?」という疑問もあるかと思います

その反論に答えるべく、こういう考え方を編み出しました

「〇〇という考え方が、現時点では良いものであると選択している」

完全に固定化させずに、今のところ良いものだとして選びとる

だから、より良い考え方、快適な考え方にであったらまた選び直す

「粘土でできたやわらかいナイフ」のイメージで、やわらかいうちに形を作り変えていけば、いつまでもやわらかい考え方、やわらかい心をキープできるのでは?

■まとめ

ステレオタイプを全く持たないということは難しいので、やわらかいステレオタイプ=やわらかいナイフを持ちましょうというお話

粘土だったら、刺さっても痛くないはず

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