資本とイデオロギー②
前回の続き『資本とイデオロギー』についてです。
歴史的に、格差は正当化されてきました。
格差は、イデオロギー的政治によって生まれてきました。
格差を是正する必要性について考えてもらえるきっかけについて考えてもらえると嬉しいです。
格差は正当化される
あらゆる社会はその格差を正当化するために動いてきました。
なぜなら、格差を正当化しないと、社会がうまく回らなくなってしまうからです。
そのため、どんな時代にも格差を正当化するための発言、イデオロギーが発達しました。
現代では、その格差の正当化を起業家精神、能力主義というもので構成されています。
リスクを取って行動したから、優秀だから、自分たちの選んだ結果だから、現代の格差は公正だ。前近代の硬直的して恣意的で独裁的な格差とは違う。
敗者たちはが才能や美徳や勤勉さを欠いたいたのだと言って責任を負わせる便利な手段となっています。
これは、前近代と同じくらい暴力的で、貧困者は自分の貧困の責任を負わされてしまっています。
不平等によって、不満が溜まることで、極端に言えば戦争や経済の破壊などの変化を引き起こしかねないです。
あらゆる人間社会は格差を正当化させる必要があり、将来の危険を回避するための最高のツールが歴史的な理解です。
歴史的な分析からは、重要な結論が浮かび上がりました。
経済発展を可能にしたのは、平等と教育を求める闘争であり、財産、安定性、格差を聖なるものと祭り上げることではない。
イデオロギーとは?
まず、この本書の個別の中身に入る前に、本書が想定する「イデオロギー」とは、社会をどのように構造化すべきかを表現するもっともらしい先見的な思想や言説の集合を指します。
格差は経済的なものでも技術的なものでもないです。
イデオロギー的政治的なものです。
これは本書の歴史的アプローチに基づいた結論です。
格差は自然なものではないです。
その財産を持つに値するか?
格差はむしろイノベーションと成長を刺激し、最貧困層を含む万人がその恩恵を受けています。
起業家たちは、繁栄的貢献は賞賛されるべきであり、努力に見合う報酬を経ています。
格差を正当化する中には、こんな声があります。
しかし、これらの富の正当化は不都合な事実を無視しています。
例えば、ビル・ゲイツは何千億ドルの公共資金がなければ自分の事業をできたのか?
独占事業は法や税制の支援をなしに、利潤を獲得できたのか?
そもそも、世界の上位1%の超富裕層の資産は、世界全体の個人資産の40%ほどを占めるような格差になる程、能力主義は正しく正当化されるものなのか?
まとめ
歴史的な事実からすると、格差は正当化されてきました。
しかし、経済発展をした本質は富を正当化するものではなく、平等や教育に関する闘争です。
確かに、格差によって、イノベーションや成長を促進したかもしれないですし、個人の努力によるものも大きいかもしれないです。
ただ、そこには個人だけでない政治的な背景もあるのも事実です。
そうした時、世界の上位1%が世界全体の富の多くを占めてしまうほどの現在の格差が正当化されるべきほど、格差なのでしょうか?
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