精神覚醒走女のオオサキ ACT.33「伝説の決着」

前回までのあらすじ

 ウメとの差を大きく開けられた智。
 しかしジグザグゾーンへ突入すると眠っていた実力を出していく。
 バトルはいよいよ終盤に入り、ウメとの決着に挑むのだった。  

 見えていきたウメのJZA70ケツを追いかけながら、緩い右高速コーナーを過ぎていく。

 直線がやって来ると、R35に鉄属性のオーラを包ませる。

「<蜻蛉切>!」

 槍で突き刺すような加速をさせながら、JZA70のテールに接近していったが……。

「近くにいさせないわ、<捨て奸>!」

 土のオーラを纏い、ケツ進入からのスライドで私の走りをブロックする。

 そのブロックはR35の超加速を一瞬で減速させていく――。 

「けど、これぐらいなら痛くないぞ!」

 さっき使った<蜻蛉切>という技は、ある作戦のために使ったことはウメは知らないだろう。

 直線が終わると2連続ヘアピンに入る。
 先行する葛西ウメと70スープラは技を使用せずに抜けていった。

 さっきの所で大きな技を使ったから、しばらくの間使うことができない。

「技を使わず攻めよう」

 1つ目の右、R35とガールレールに接触寸前のドリフトで攻めていく。
 2つ目の左もさっきと同じ走りで攻める。
 
 これらの後、先行中のJZA70が覚醒技で放ったオーラを吸収していた。

「<チャージ・フロー!>」

 人間の精神状態のひとつに、フローという物が存在する。
 それは……。

 明確な目標……。
 専念と集中……。
 自己に対する意識の低下……。
 時間間隔の歪み直接的で即座な反応……。
 能力の水準と難易度とのバランス……。
 状況や活動を自分で制御している感覚……。
 他の人に妨害されない環境……。
 
 といった条件を満たせば発動し、完全に精神の世界に浸って集中することができる。

 フローを使ったウメは、前よりキレのある走りを見せていき、2連ヘアピン直後のS字コーナーを見事なライン取りで抜けていく。
 
 私は直線へ再び出ると、速くなったJZA70を追う。

 R35の加速力によって、ブロックで広がった差を縮めることが出来た.
 左ヘアピンへ突入すると、相手は夜の空より暗いオーラを纏っていく。

「葛西血玉流<上州の月>!」
 
 オーラを身に付けた70スープラは、凄まじい速度でケツ侵入しながら月を描くように攻める。

「んぐ……中々近づけないな」

 直線で縮めた距離はまた離されてしまう。

「どうしたの? ブロックされまくって? 私のライバルはこうでなきゃ」

 ウメはヘアピンから直線に入ると、わざとスピードを落とし、今度は茶色いオーラを放つ。
 
「葛西血玉流‹封印のタートルヘッド›!」
 
 コーナーから出た私は、岩で塞がれて頭が出ない亀になった感じでブロックされてしまう。
 前を走る70スープラが小さく見える。

「よし、これで勝ったわね……。残り少ないから、逆転できるの?」

 これぐらい私を苦しめると、ウメは勝ち誇った余裕を見せていた。

 直線の向こうにあるコーナーを抜けて第3高速セクションがあり、その後には赤城最後のコーナー5連ヘアピンが待つ。
 伝説のバトルは大詰めに向かっている。

「有利に進めている葛西ウメ……いつ罰が当たるか予想しておけ……」

 トランシーバーでバトルの情報を聞いた熊久保は焦り始めた。

「もう後がねーべ! 智さん! どうすればいいだ~」

「けど、もうすぐ来るかもしれんで。あの能力が発動すれば絶対負けんと思っとる」

「なんだって、発動するってホントなの!?」

「その時が近いかもしれへんで」

「おーい、智さん! 能力が発動した状態で負けだら承知しねー!」

「言っていることは分かるんだけど、クマさん落ち着いて」

 左コーナーに突入する。
 ここは中速コーナーだ。

 そのヘアピンにて、この前のバトルでオオサキが習得した技、<スティール·ブレード>を使おうとした。

 しかし、使えない。
 さっき喰らった<封印のタートル·ヘッド>の影響で、技が封印されていた。 

 先に第3高速セクションに入った葛西ウメは精神を集中させ……。

「この技を使えば、勝てるわ! 葛西血玉流<奇跡の祈り>!」

 フロー状態に入ることで、オーラを身体に吸収する。

 この技は<チャージ·フロー>をパワーアップさせたような技であり、フローの力で精神の回復と集中力を強化させるだけでなく、その状態の間は精神ダメージを受けなくなる。

 ただし一部の技は除くようだ。

 私がさらにピンチになりそうだと思われた、その時……! 

 私の脳裏に言葉が過る。

 声の主は、低い声をした女性の声だ。

「覚醒しろ……智」

 私の師匠·飯富院イチさんの声であり、あの人から覚醒技を教わった。
 私が敬語で話せる数少ない人物だ。

「飯富院さん……行かせていきます」

 あの人の声を聞いた私は、R35と共に萌葱色と白のオーラを鎧のように纏い、通常より速くなった速度で走行する。
 
「葛西ウメ、私を追い詰めようとしたら,、お前が追い詰められたな。お前の作戦は私にお見通しだ」

「斎藤智、ついに能力を発動させたわね?」
 
 そうだ、これが私の能力だ。
 ただしオオサキとは違うところも結構多いぞ。

「私がお前に追いついた時、<蜻蛉切>を使って接近したものの……あれを使ったのは技を使えなくなる時間が長い強力な技をわざと間違って使う事で、自分を追い詰めたからだ。能力が発生したのは、これだ」

 トランシーバーでゴール地点にバトルの状況が伝えられると、おれとサクラはこんな話をしていた。

「――斎藤智が能力を使っても……母さんのフローには歯が立たないぞ……精神力を回復させると同時に……ドライビングの腕を上げる……一石二鳥だ……」

「けど、対策を考えているけどね……」

「なんだ?」

「車のあるものを使うんだよ」

 さらにヒント。
 エンジンを掛けている時しか出ない物だ。

 第3高速セクションの終盤、ウメのフロー状態を止めるために、こんな技を発動させた。
 VR38の音を出しながら走行しているR35がさらに吠えていく。

「<GT-Rサウンド>!」

 この技は、S20·RB26·VR38のエンジンを搭載しているクルマに乗っている覚醒技超人しか使えない技だ。
 精神の力で大きくした音で相手の鼓膜を攻撃し、混乱状態にさせることもある。

 技で激しくなったエンジン音を聞いたウメは……。

「うう……耳が痛いエンジン音ね――運転しづらくなるわ……」

 集中力を保てなくなり、フローを止めてしまう。
 
 <GT-Rサウンド>を初めとする、音を使った技にはフロー状態を止めるという効果を持っているんだ。

「こうなったら……もう1回!」

 フローを止めてしまったウメは、再び<奇跡の祈り>を使おうとした。
 が、使えなくなっている。

「フローになりたければ、<奇跡の祈り>ではなく<チャージ・フロー>を使えばいいぞ」
 
 使えなくなった原因は、私の能力で封印したからだ。

 私の能力は、ピンチの時にクルマの性能やドライバーのテクニックを上げるだけでなく、相手が今使った技を封印する効果を持つ。
 それを5つ封印すると相手の能力を封じることができる。
 
 第3高速セクションを終えて5連ヘアピンに突入し、1つ目の右ヘアピンを抜けていく。
 その間の直線にて、ウメは<チャージ·フロー>を使って再びフロー状態へ入ったものの、2つ目に当たる左ヘアピン後の直線にて<GT-Rサウンド>がその状態をぶち壊し、私の能力によって技は封印されてしまった。
 
「フロー技はどちらも使えなくなったわね........これ以上、智とどう戦えって言うの?」

 フローを発生させる技を両方共封印され、後がなくなったウメは顔から焦りの表情が出る。

 3つ目に当たる右ヘアピン。
 コーナー侵入前に何度もドリフトさせて、JZA70にフェイントモーションを発生させながらウメは攻めていき........。

「葛西血玉流<フェイント·モーション·ダンス>!」

 萌葱色のオーラを纏って、速度を大きくする。

「このフェイントモーションはお見通しだ! 小山田疾風流<フェイント·バスター>!」 
 
 こっちも技を発動させて萌葱色のオーラを纏って外側からケツ進入で攻めていくと、70スープラのフェイントモーションに変化が起きていく。

 R35の纏った萌葱色のオーラはJZA70に襲いかかった。

「う……何しているのよ、JZA70!」

 ウメが制御できないほどJZA70はふらつく。
 再び制御ができるようになるのは、3つ目のヘアピン後の直線が中盤になってからだ。

 4つ目のヘアピンを抜けた後、ウメはヘアピンを脱出してすぐに<封印のタートルヘッド>で私をブロックする。
 <GT-Rサウンド>が封印されたものの、既にフロー技の2つを封印しているため怖くない。
 
 残るコーナーは1つ。
 おれはあることを心配していた。

「智姉さん……ずっと後ろのままバトルを終えるのかな……?」
 
 あの人が行うバトルって、ずっと後ろについていくだけではないはず。 
 けど、ある目的から最後のコーナーで抜くと決めているかも……。

「母さん、最後まで粘れば勝てる……!」

 サクラの方は勝利を祈っていた……。

 最期の戦いはどちらに勝利の女神が微笑むのか!?

 5つ目のヘアピンまでの直線。

 先行していたウメは、JZA70をわざと私とR35の横へ並ばせるほど遅らせ……。

「こっちも音の技を使えるのよ。葛西血玉流<WIN350の音波>!」

 激しい音波を持つ透明なオーラを発生させ、私の鼓膜を攻撃していく。

「うう……こっちも音で攻撃か――」

 うるさい音波を耳で受けるとアクセルを踏む足の力を弱くし、R35を後退させてしまう。

「いよいよ狙う時が来たぞ。最終コーナーでは一か八かの走りを見せてやる………失敗できないぞ――」

「このコーナーを抜けて、このまま耐えたら勝ったと同然よ!」

 前に出ることができたウメはそう感じたものの、この後想像できない展開が起きる!

 私はウメの前にいて、しかもかなり先の所にいる。

「い、いつの間に抜かれたの!?」

 これにはウメは目を大きくしてしまう。
 
 なぜ、私はウメの前に出ていたのか?
 それはある技を使ったんだ。

「ふぅ、時の力を借りて前に出れたな………」

 技の名前は<オール·アラウンド>。
 強烈なタキオン粒子の力で周囲の時の流れを遅くすると同時に、異次元を越える加速力で走行するという技であり、使うことには力がいる。

 私の走っている姿が光のように一瞬だったため、ウメは自分が抜かれたことに気がつかなかった。 

「私は最後まで後攻だったのは一発逆転を狙っていたからな」

「ごめん――希……最後まで粘れなかった――」

 ウメの目には、亡き夫·希が現れる。
 彼女の敗北は彼に対して申し訳ない物だったが、彼の顔は「頑張ったね、ウメ」と表情で迎えていて優しい物だった。

 先行した私は、JZA70を引き離しながらゴールした。

 勝者:斎藤智

 ゴール付近の駐車場、ここにR35を停車させる。
 クルマから降りると、オオサキが私の身体に抱きついてきた。

「智姉さあああああああああああああああああああああああああああああああああああん!! おめでとうございまあああああああああああああああああああああす!!」

「よしよし、祝ってくれてとても嬉しいぞ」

 抱きつくオオサキの顔を優しくなでる。
 よしよし、これぞ私の娘で妹だ。

 遅れてJZA70が駐車場へ入って来て、クルマからウメが降りる。

「負けたわ……あなたには勝てないと分かったわ――」

「いや……私は「次で負けたら引退する」という気持ちで挑んだからな」

「私も必死だったけど勝てなかったわ。あなたはまさに、「伝説の走り屋」ね」

 頂上。

 智の勝利を聞いて、プラズマ3人娘は喜んでいた。

「やったべ、やったべー! 智さんが勝ったベー!」

「うちの言う通り、能力が発動したで」

「まさに智さんは伝説の走り屋だよ!」

 
 一方、敗北を聞いた雨原は……。

「ウメさん、破れたって」

「今回も勝てなかったか……あの人を止められる人ってもういねーぜ」

 感情では表していないが悔しい気持ちだった。

「さぁ帰ろうか」

「うん」

 雨原と名衣はそれぞれのクルマに乗り込み、帰っていく

 敗北してしまった私は、ゴール地点でギャラリーしていたサクラにお詫びをする。

「負けてごめんね………」

「――いいえ……今度はオレがリベンジするから――」

「大崎翔子とのバトルはあと1週間ね――母さんの無念、果たしてほしいわ。

 久しぶりに行われた伝説のバトルは斎藤智の勝利で終わった。
 しかし、戦いはこれだけではなく、1週間後にバトルも控えている。

 5月13日水曜日の午後8時。
 闇の夜に包まれた赤城山のダウンヒルスタート地点付近の駐車場。

 オレと雨原さんは、それぞれの愛車のボンネットに腰を降ろしたまま会話していた。

「――大崎翔子という走り屋を初めて見たとき……オレはこんなことを思った……」

「どんなことを思っていたんだ?」

「凄く怯えていた……彼女のオーラが怖かった……あの時……オレはビビっていた――」

「オーラに怯えていたのか」

「――そうだ……年齢の幼さのあまりだ」

 雨原さんは缶ジュースを口に入れ、ドリフト走行会のオレについて話す。

「ドリフト走行の時、なんか少し顔色悪かったな。あれはもしかして負けそうだと考える顔だったのか――」

「そうかもしれなかったな……この時……負けそうだという予感を感じてしまった……」

「オオサキちゃんには年齢が幼い割に伝説の走り屋と言われている斎藤智の弟子だから普通の走り屋より物凄いオーラがあるからな。その後、WHITE.U.F.Oの2人組、お前の妹2人を倒す凄い走り屋になるとはな……」

「そのオーラは本物だな……」

「大崎翔子のオーラは伝説の走り屋に近いものだった……けど……次のバトルは相手にビビったりしてないと決めている……もうそのようなことはしない……」

 さらに続き、次のバトルへの決意を固めた。

「それより……相手のことと自分に勝つことを考える――オレは前のバトルの時と違う……腕も覚醒技も車も……違うし……心も違っている……」

 缶ジュースを全て口に入れて立ち上がって、JZA80のドアへ向かう。

「走ってこいよ……オオサキちゃんにビビらない走りをしてこい」

 練習へ向かうオレへ雨原さんはエールを送る。

 オレはJZA80に乗り込み、赤城の道路へ飛び出す。

 オオサキに抜かれたことを思い出していた。
 脳内に、<フライ・ミー・ソー・ハイ>で追い抜く大崎翔子のワンエイティの姿が焼き付く。

 前のバトルの風景が心で甦る。

「大崎翔子――オレが負けたのはお前のオーラに怯えたことと……お前が速い走り屋だと分からなかったからだ――今度は負けないからな……」

 アクセルを飛ばし、JZA80で赤城の山を下りていく――。


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