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SPAC『アンティゴネ』空間デザインノート(5)「空間構成、封殺。」

「この場所は特別なんだ、フェスティバルの中でも最も重要だ。だから、客席も舞台もこの形のまま使う事、これは絶対条件だ」

こうして書くとフィリップ氏の言った事は至極真っ当である。というかわざわざそんな事言わなくても、当然の事である。しかし、はるばる日本からやって来た2人に、フィリップ氏はわざわざこの一言を言うために、法王庁で私たちを待ち構えていたのだ。そして、眼だけは笑わない笑顔で申し渡されたこの言葉に、私たちはガックリと肩を落とした。

当たり前の事を言われて何故落ち込むのか?この時の私の気持ちを理解してもらうためには、SPACにおける私の「空間構成」という役割について、少し長くなるが説明しておく必要がある。

通常、舞台空間をデザインする仕事は「舞台美術」もしくは「美術」と呼ばれる。ざっくり言うとそれは、戯曲の内容、演出家の解釈や演出意図に応じて舞台上の空間をどう見せるか、どのように使いこなすかを考え、舞台装置を作り込むことにより戯曲の中の世界をビジュアルに落とし込む仕事である。

これに対してSPACでの私の仕事は、舞台上に止まらない。舞台と客席を含めた劇場空間全体をデザインする事が私の役割なのだ。舞台上の装置をデザインする事ももちろんあるが、時には全くそれをしない事もある。

この一風変わった、いちいち大掛かりで関係者泣かせなやり方は、ク・ナウカ時代にいわゆる普通の劇場では無い場所を選んで作品づくりをして来た宮城さんとの、長年に渡るコラボレーションの中で培ったものだった。都心の公園や、旧華族の屋敷の屋根裏部屋、博物館の地下室などを相手に、「その場所の持つ力を最大限に利用し、作品に取り込む」手法として確立されて来たのだ。

その後宮城さんがSPACの芸術総監督に就任し、静岡県立芸術劇場をはじめとする常設の劇場を主戦場に移してからは暫く私の出番は必要無くなった。それでも時折、私に声が掛かった時には、劇場の舞台と客席を反転させたり(『黄金の馬車』)、劇場全体を横向きに使ったりして(『メフィストと呼ばれた男』)、既存の舞台と客席の関係を敢えて壊し、再構築する事でその作品に最適な空間構成を作ってきた。

「演劇とは世界を見せる窓である」とは宮城さんの言葉である。

「窓」を通して何を見せるのか、を考え表現するのが演出家を始めとし、キャストスタッフ総員のミッションである。では、その窓は出来合いのままで良いのか?ギリシア悲劇やインドの神話を始めとするあらゆる古典の世界観を表現するのに「いつもの窓」が最適解なのか?を一歩外側に踏み出して考える。「窓」の形、観る者と「窓」の関係をデザインし直す事で、観客と戯曲世界を最良の形で繋げることが、空間構成という私の役割なのだ。

そして、このやり方が見事に功を奏したのが、2014年のアヴィニョン、石切場での『マハーバーラタ』だった。

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その事はフィリップ氏も充分過ぎるほど分かってくれている。だから今度も何とかなるのでは、というのが私の密かな目論見であった。この法王庁中庭という難しい空間を味方とするには、客席と舞台の関係から見直す必要があるという事を、言を尽くして訴えれば突破口が開けるのでは無いか。と

しかしその淡くかつ甘い期待は、フィリップ氏の言葉で脆くも崩れ去った。

法王庁の壁は高く、堅牢だったのだ。さすがは世界遺産。などと感心している余裕はなかった。

万事休す、である。

〜つづく

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