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「ラストレシピ」極東の理想と現実

ドイツクラスタなんですが、実を言うと(ドイツ追っかけてるとソ連と無関係でいられないので)シベリアからウラル以西まで広くロシアに関心があります。ロシア語は数単語くらいしか喋れませんが。
ハロー、ズドラーストヴィチェ、ドブリーデン。色々混ざりましたが今日もよろしくどうぞ。

「ラストレシピ」を見ました。
いつもの綾野さん巡礼だったんですが、想像以上に素晴らしくて心が満たされたので、テンション上がりまくってこの文を書いています。
なんぼか年齢的に??? となる部分はありましたが、それはそれ。時代のカオスを感じるめちゃくちゃイイ作品でした。30年代のハルビンの混沌がいい感じに再現されててブチ上がりました。最高。
→よーく見てみたら2002年設定だったそうです。充、30前後! 納得。なんでも制作年基準で考えちゃうと良くないね。楊さんや鎌田さんも、1937年当時20歳前後だとすると80〜90代、まあまだ生きてても不思議ではな…い! たぶん。やや元気すぎる感もあるが。

ヨーロッパは1920年代の話が個人的には最高なんですが、アジアは1930年代だな…と思います。日本がやってきたことを不当かつ過剰に正当化するつもりは全くありませんが、政治的な見解とは切り離したところで「時代の持つギラギラした熱量」が眩しく見えることってままあると思います。そのギラギラが最も映えるのは、30年代ならば大陸極東。思惑と陣営が多層に入り混じる租界、国際都市。「五族協和」を信じた人、利用する人、踊らされた人。あら…これ意外と面白いのでは…というか私が好きなやつだな……面白かったです。
でも冷静に考えたら、二宮和也出演作って「硫黄島からの手紙」なり「青の炎」なり、ジャニーズ映画のやや軽薄で大衆迎合した、みたいなステレオタイプの印象を打破するようなものばっかりで、今回の映画の出色の出来も何も意外じゃなかったわハハハ。二宮和也氏、気難しい役似合うよね。偏屈でとっつきにくくて、周囲に対して壁を作るような役。ちょっと偉そうで、一言目から喧嘩売っていくような。でも、心の底から人を信用しないのではなく、大事な人だからこそ保険をかけて自分の心を守るような、そういう少し臆病な立ち振る舞いが似合ったりもして。今回はその良いところがめちゃくちゃ出てました。

あらすじや設定は、まああるかなぁ…って感じでしたが落とし所が上手い。盧溝橋事件は結局起こってしまったわけで、マジで日本は開戦の理由があればなんでもよかったので、天皇の料理に毒を入れてました、それは満人の料理人のせいです、という企ても稚拙で馬鹿げているがなんら不自然に見えない。そういう力技、あの日本のかつての軍隊なら全然突飛じゃない…国の命運傾けてる時ほど力技で変なことしたがるよね。わかるわ。とインパールの失策を思えば苦く納得するしかなく。
それよりもマクロな、目の前の料理を一生懸命作って歴史に名を残さんとするいち個人の仕事ぶりが光るつくりは、ストレスなく見られてとても良かった。西島秀俊氏はわたし日本で一番公安警察が似合う役者だと思ってるんですけど(こんど綾瀬はるか氏とそういう映画やるらしい、たのしみ)、御用料理番も板についてました。孤高の料理人なのに高圧的ではなくて、しかし妻にはその排他性を指摘されたりもして、つまり他者からわかりにくいんだけど自意識はしっかり高いような、使命感を一本軸にしていくらでも心を装ってしまえるような、そういう穏やかなのに難しい役をやらせたらピカイチだなと。穏やかに笑ってくれるけど心のうちではすべてを受け入れたわけではない、しかし最終的には人を捨てきれない。情に厚い。その複雑なパーソナリティを見事に表現されていた気がします。最後のシーンの笑顔に凄みがあってめちゃくちゃよかった。
(「MOZU」とても良いので見てください!)


未だ罪の意識に苦しむ鎌田、とても言い表せない恩のある楊、そして人知れず充を最後まで愛した園長。このあたりの、大人たちの苦しみや悲しみ、喪失感、愛情は胸を打つほどでした。失われ(てい)たレシピもさることながら、点と点を結んだのは他ならぬ線の役割を果たした彼らであり、その苦しいほどの山形・佐々木父娘への感情を思うとこのへんはほんとに胸が苦しい。いろんな立場があっただろうに、その収束先がひとつであるところに山形の人徳と4年間の幸福を思う。料理してるシーン、本当に楽しそうでしたし。上位下達に終わらない、職人間のリスペクトフルなやりとりを感じました。「山形さんが言ってるのは理想だよ、五族協和は日本人を一番上に置く」と率直に語る楊に、料理人である山形が真摯に料理で折衷を進めていくのも綺麗事でなくて良かった要素。良い意味で無力感、限界、そして個人があの時代に表明できる真摯さの限度を見せられた気分で、物語の解像度が上がったように思いました。楊がアレンジごはんを炊くシーンもよかったです。日本人がいちばん受け入れにくい米アレンジ食を「美味しい」と言わせるシーン。あそこは象徴的でした。あと「中国人が喋る日本語」うますぎてビビりました。絶対中国人の役者さんだと確信していたらエンドロールで二度ビビるという。すみません。でも本当に上手かった。この作品に出てくるロシア訛り、中国訛りの日本語、それから中国語ロシア語を喋った山形、みんな上手かった……演技とはいえ凄すぎます。西島さんは公安だからそのへんの言語はしゃべr(ry

で、今回の綾野さんなんですけど

だよな〜!!! そこに綾野剛を起用するならそういうことだよな〜!!!

ただのチャーハン作り続けてる雇われ中華料理屋👨‍🍳みたいな顔して絶対なんかあると思ってたら思ってた以上の「なんか」でたいへん嬉しかったです。キーマンじゃん。言うなれば黒幕じゃん。(良い意味で)
盟友ゆえの、充の行動パターンを熟知するがゆえの、本気で将来を案じるがゆえの、手の込んだ行動。さりげなくいつも示唆を与え、内外でサポートし、寄り添い、全てと疎遠になった充がそれでも関わろうとする、それを当然のものとするあったかさ。チャーハンの味を変えて出せる器用さ。鍋を振るう腕。己の無力さに最後、涙する人の良さ。男気。男気がありました。柳澤がいたことが充の人生における最大級の幸福のひとつだと確信できる。チャーハンの加熱具合に文句言われてもまたチャーハン作ってくれる人、世の中にそうそういないよ。
良い役でした。贅沢な綾野剛の使い方してるな…と当初は思ってましたが、この役は綾野さんだったからこそですね。ありがとうございます。山形にとっての千鶴が充にとっての柳澤です。
どうでもいいけど調理場が暑いからか胸元めっちゃ開いてて目のやり場に困りました。色気のピーキングぶっ壊れてる。出そうとしてない色気がいちばん厄介。
でも竹野内豊の使い方はちょっと贅沢すぎた。「孤狼の血」でもそうなんだけど、めっちゃチラッと出てくれますよね、いつも! 竹野内さんもっと大々的に出てくれて良いんですよ!


予想外に得られた収穫が最高だったのでまた熱っぽくなってしまいました。よく見たら監督、滝田さんか。良くないわけがなかったわ笑 私のリサーチ不足ですね。

20年代のヨーロッパ、「バビロン・ベルリン」に関してもどこかでまた書きたいと思います。
30年代の極東アジアを取り扱った作品、どんどん増えてほしいなあ。そういう切り口では「ジョーカーゲーム」も好きなんですよね。原作で惚れ込んで、アニメもよかったし、映画もまあまあ嫌いじゃないです。またこのへんも書きます。

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