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忘れられない55回の腕立て伏せ

皆さん。思い出に残る腕立て伏せはありますか?

僕は今まで何回もの腕立て伏せをやってきたが、あの時の55回のプッシュアップは今でも心に深く刻まれている。

それは先シーズンのこと。

この年に僕は初めてバレエ団で働く、という経験をしたのだが、振り返ってみて、まず、思うようにはいかなかった。
踊れる機会が全くと言っていいほど与えられず、果たしてディレクターは自分のことが見えているのか、、!?と思うほどだった。
それに加えて、来シーズンに向けてオーディションをしにアメリカやヨーロッパ各国へ赴いていたのだが、見事に全部落ちた。

最悪。
僕は一生懸命頑張っているのに。


練習中、夜寝る前、昼食休憩などのふとした瞬間、気づくと負の感情が頭の中をぐるぐると駆け回り、今まで苦労知らずで生きてきた自分にそれはコントロールできるものではなかった。

幸い、僕には相談できる人がいた。

日本人で何年も海外で踊ってきている先輩。
筋トレをこよなく愛するその先輩は、もやし体型のぼくをよくジムへ誘ってくれ、トレーニングのやり方を詳しく教えてくれた。

特に先輩がお気に入りのメニューはカウントダウンプッシュアップ。10回から1回まで数を一ずつ減らして腕立てしていく地獄のようなメニューで、トレーニングの最後はだいたいこれだったのだが、わりと僕はこれが好きだった。
数を一緒に数えて限界まで己を追い込んでいく。
筋肉という巨大な敵に力を合わせて立ち向かう感じが僕の中にあった。
変なのかな、自分。まいいや。

その日もいつものようにジムで一緒に汗を流し、カウントダウンプッシュアップに殺されかけたのだが、帰り道に悩んでいることを打ち明けると、
相談に乗るよ、
と快く言っていただき、先輩宅で話を聞いてもらうことになった。

僕は洗いざらい全部話した。

そっかー、つらかったねえ、
でもそのまま続けていればいつかいいことあるよ、

僕はそんな感じに言ってくれることを心のどこかで期待していた。
しかし違った。

もっとこうしたほうがいい。
ここがあまりよくない。

そんな調子がしばらく続いた。
説教かと思った。
その時の僕の顔はわかりやすくムッとしていたに違いない。
ありがとうございました、とは言ったものの、モヤモヤした気持ちいっぱいのまま先輩宅を後にした。


そのあとしばらく考えて自分の間抜けさに気付いた。
先輩は真剣に僕の悩みについて考えてくれた。
先輩の目からみて僕に足りないものや改善点を全て包み隠さずに僕に言ってくれた。

いつか報われるよ、頑張れ、

という当たり障りのない言葉は見かけはいい。しかしそんなこと誰でも言える。
そういうありきたりなポジティブ言葉は、ファンモンの曲を聞けばおおよそ間に合ってしまう。

一方で、一見鋭いナイフのようにみえた先輩の言葉の裏には僕のためを思う、とびっきりの優しさがあった。
他のだれでもない、先輩だけの「ことば」で真摯に本音で接してくれた。
こんなにありがたいことはない。

この人に相談してよかったと思った。


自分は十分頑張ってる

という僕が持ってる最強のディフェンス技を一旦忘れてみた。
すると言ってもらった問題点は、どれも心当たりがあった。
問題を他に押しつけて文句を言う前に、まだまだやるべきことはたくさんありそうだ、
と気づいた。

確かに僕は僕なりに努力はしてきたつもりだった。しかしその努力も時より裏目に出ていた。
何をするにしても努力は正しい方向へ、正しい方法でしなければならない。

まだまだ未熟だったなあ。自分。

うまくいかない時に
まず見るべきは自分自身。
僕のことが見えてないわけじゃない。何か理由が必ずある。誰かを恨む前に自分を見直すんだよ。おい自分。ディレクターだって僕に嫌がらせしようと思ってバレエ団に呼んだわけない。僕の可能性を信じてカンパニーの一員として向かい入れてくれたのだ。恨むどころか感謝しなければ。

ナカムラは 

自分は十分頑張ってる を忘れて

あたらしく 感謝する を覚えた

先輩との相談で得るものは大きかった。それだけに、あの時わかりやすいムの字を顔に堂々とはっ付けてしまったことを悔いた。その後すぐにお詫びのメッセージは送ったものの、
悪い印象を与えたのは確実だった。

数日後、バレエ団内のジムでトレーニングしていると、そこへ先輩がやってきた。

軽い挨拶を交わし、次に僕の口から出た言葉は
一緒にカウントダウンプッシュアップしたいです、、!
だった。

いいよー

先輩はいつもと全く変わらない様子で、気さくにOKしてくれた。

感謝😢


1、2、3、4、、、、

先輩と向かい合って、いつものように声を合わせて合計55回の腕立てを2人で黙々とやる。

こんなにどうしようもない若造とまたカウントダウンプッシュアップしてくれるなんて、、

嬉しくて申し訳なくて。口角は上がったり下がったりを繰り返した。それに加えてカウントダウンプッシュアップからくるシンプルなきつさが顔を歪ませ、いよいよキモい顔になりそうだったから慌てて顔を床に向けた。

今自分を取り巻いている環境に対して心の底から湧き出てくる感謝の気持ち。それをパワーに変えて一回一回のプッシュアップにぶつけた。

55回目はあっという間にやってきた。


僕はこの時の腕立て伏せを忘れることはないだろう。

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