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真冬に思い出した夏祭りの思い出

新しい仕事の面接で「浴衣の着付けは出来ます。」と言った瞬間、突然思い出した。

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老人ホームの夏祭りで、ファションショーに出るおばあちゃん、おじいちゃんに浴衣を着付けたこと。


夜のお店で、華やぐキャストさん達に浴衣を着付けたこと。


地元の盆踊りに向う、キラキラ目を輝かせる近所の女子高生達に浴衣を着付けたこと。

京都でお寺にお参り行くために、ウキウキしながら自分で自分に浴衣を着付けたこと。

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「は???浴衣のファションショーですか?」

老人ホームに働き始めて3ヶ月目に、フロアリーダーの司令で私はなぜか夏祭り委員会の委員になった。

委員会の初回、お祭りの企画会議でウッカリ
「高校生の時に文化祭でファションショーをやってとっても楽しかったんですよねー。」
と発言したら、
「それだ!やろうよ、おばあちゃん、おじいちゃんのファションショー!!」

「担当は○○さんね!」私のことである。

冷や汗どころではない、背中にビッショリ汗をかいて、「む、無理ですよー。」と苦笑いして言った。

私の不安とは裏腹に話はどんどん進み、浴衣のファションショーが決定した。
出演するのは入居者さん達である。

開催までたったの3ヶ月。

決まったからには、
「入居者の高齢者の方達、施設のスタッフさん達、見に来られるご家族の皆さんに思いっきり楽しんでもらおう!」
と腹を決め、仕事の通常業務、家での家事の合間にどんどんイメージを膨らませ、企画書を作成した。

台本作りから、舞台設定、タイムシート、調子に乗った私は、スタッフみんなで踊る始まりのアップテンポなダンスまで考えてしまった。

司会、進行も自分だったため、司会のパートナーは別部署で以前お世話になったイケメン上司を掴まえて無理やりお願いした。
音響も、別の上司が快く引き受けてくださった。下手っぴな私の説明を理解してくださり、自前のCDを渡したら、プロの様なセッティングをしてくださった。

夏祭り委員メンバーは、団結し、委員以外の沢山のスタッフさん達にも協力してもらった。
ポスターは美術高校に通う息子に依頼した。

私は基本、「人見知りで上がり症。」である。

裏舞台でサポートするのは大好きだが、表舞台は苦手というか極力避けて生きてきた。
慣れない職場で、いろんな持ち場のスタッフさん達と話合い、協力し合って作り上げる事は至難の業だったが、次第に楽しくてしかたなくなっていた。

ヘロヘロの体で委員みんなでダンスの練習を重ねたら、思っていた以上に盛り上がったし、委員ではないのにダンスだけ参加します!と手を挙げてくれる若いスタッフさんもいた。そして、私は2kg痩せて腰回りの贅肉が取れてニンマリした。

夜勤明けに、舞台に掲げる大きなポスター作りで、「FashionShow」と描いたら猛烈な眠さで一文字間違えていて直前まで気付かなかった。トホホ。

ショーに出演する入居者さん一人ひとりのストーリーを各階のフロアスタッフに聞きまくりまとめた。

委員で最年少の可愛らしい女性スタッフさんと、「あの入居者さんには、こうゆう浴衣が似合いそうだね!」とウキウキスタイリングした。

夏祭り当日、
出演者の入居者さん達を猛スピードで着付け、ヘアメイクした。
認知症で普段じっとしていられない方や不安性で険しい表情をしている時間の多い方も「着物は良いわね。恥ずかしいけど。」とニコニコして鏡に映ったご自分の美しい浴衣姿をウットリ眺めていた。

いよいよ音楽が鳴り響き、
委員達のダンスでファッションショーは始まった。

緊張で頭が真っ白になりながら司会をし、浴衣姿の本物のモデルさんさながらの美しいおばあちゃん達がランウェイを歩き始める。
私はモデルさんのストーリーを語りながら見守る。
トップエリアでモデルさんにインタビューするとステキなポーズをきめ、嬉しそうに答えてくれる。

見に来ていたご家族で、モデルのおばあちゃんの息子さんに駆け寄りインタビューすると、
「お母さん、きれいだ…。」と涙を流しておられた。
浴衣を着たおじいちゃんモデルも、丸い背中がピーンと伸びてカッコイイ!!

途中で、ショーを見ていたご家族が、
「ウチのおばあちゃんも出演させてください!」とステキなお洋服を着たおばあちゃんの飛び入り参加まであった。

いろんなアクシデントを乗り越え、ファッションショーは終わった。

フロアに戻り、通常業務の介護をしていると、出演した入居者さんも、ショーを見ていた入居者さんも、何があったかは覚えていない人もいたが、ただ楽しいことがあったみたい。という穏やかな表情でフロアの中は和やかな雰囲気だった。

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数年後。

ガンと別のお腹の手術で体力が著しく低下し、介護の仕事が出来なくなった私は、一年間だけパブのキャストをやっていた。

着たことのない、きらびやかなドレスを纏い、普段スニーカーしか履かないのに慣れない10cmヒールの靴を履き、おめかししてお店に立った。

いろんな努力をしたが、男っぽい性格で恋愛経験の少ない私は、指名は少ないが、ヘルプに着くと喜ばれる、お店の盛り上げ役となり、常連さんに「チーママなの?」とからかわれつつ可愛がられた。

お店の恒例の夏のイベントで、キャストさん全員が浴衣を着るお祭りがあった。

浴衣の着付け担当の一人となり、ポスターも描いたりした。
お店から帰宅し、何日も夜中から朝方まで着付けと帯結びを再度勉強し、お祭り当日は自分の着付けをしてから、肩にタスキを掛けて気合いを入れ、美しいキャストさん達の浴衣の着付けをした。
着付けが終わると私もキャストに戻る。

私を指名してくださる貴重な数少ないお客様の一人が「浴衣は興味ないんだよねー。」と言っていたのに、サプライズでご来店してくださった。
別の指名のお客様も、昼の着付けの後、ご来店してくださり、「夜の着付けも頑張ってね!」とノンアルビールで激励してくださった。

夏祭り3日目の最後の着付けが終わり、お店にキャストとして戻ると、ある美人売れっ子キャストさんのお席に呼ばれた。
そのキャストさんの着付けも担当したのだが、お客様に私の描いたポスターを見せ、着付けの様子をお話してくれていたようで、
「よく頑張ったね!お疲れ様。好きなものを飲みなさい。」と、お客様が握手してくださった。

3人で乾杯し、感激して嬉しくて、お席で号泣してしまった。

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高校の授業で自分の浴衣を縫い、着付けを教わった。

それから、何十年か経ち、生活状況の変化や病気などで、いろいろな仕事をしたがそれぞれの職場で私の着付けが喜ばれる場面があった。

何かあって転職する度、とても心が苦しかったが、
全て繋がっているのだな、無駄なことはないのかもしれない。と思った。

盆踊りに向う、息子の同級生の仲良し3人組の女のコ達の浴衣を家で着付けしたり、

憧れの京都で自分の着付けをしたり。

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面接で「浴衣の着付けは出来ます。」と言って、
夏祭りを思い出した。

新しい職場で浴衣の着付けをする機会は無いかもしれない。
でも、今までの私の歩いてきた歴史や様々な経験は、何かしらの役に立つのだろうと思った。

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(老人ホームの入居者さん達を「おじいちゃん、おばあちゃん」と書きましたが、実際には、一人ひとりの入居者さんを尊重し、「○○さん」と呼んでいました。個人名を書くことは出来ないので、ご了承ください。不快な気分になられたら申し訳ございません。)

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始めの絵は、タスキを掛けて気合を入れている私の絵を描きました。

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追記

「真冬に思い出す夏祭りの思い出」を読んでくださり、ありがとうございます。信じられない数の方々に読んでいただきビックリしております、心より感謝申し上げます。
「ファッション」というカテゴリーでnoteでピックアップしていただき、とても驚きでしたが、
私は服(洋服も、和服も)が大好きで、様々な年代、色んな生活環境、お仕事や好きな人のためにとか、服には人の心の気持ちや体の動きを変える力があると信じています。
その時々に、お気に入りのその状況に合った服を着ることで、明るい気持ちになったり、リラックス出来たり、ここぞ!というときに気合が入ったり。自分のために、自分と接する方々のために、はたまた寒いから厚着したり。

この記事では、おじいちゃん、おばあちゃん、華やぐキャストさん達、自分自身も、浴衣を通じていつもより背筋がシャンと伸びたり、ウキウキしたり、心地よく過ごしていただけた、そしてそのお手伝いが出来た!ということが私の嬉しかった思い出であり、自分自身にあまり自信のない私にとって財産であります。

この記事を読んで、ほんの少しでも皆さんに何か伝わったら嬉しいです。

ありがとうございます。




読んでくださりありがとうございます! 嬉しくて飛び上がります♪ 私の心の中の言葉や絵を見て何か感じてくださればいいなと願いつつ。