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ヘルスケアとデザインをつなぐ: #01 安全と倫理

はじめに

「ヘルスケアとデザインをつなぐいくつかの本」が2週間で18000viewもアクセスいただき、これまで書いたnoteの中で一番多く読んでもらえました。シェアやフィードバックくださったみなさん、ありがとうございます。

ヘルスケア領域とデザインの領域は実践的に行っている人はいるもののまとまった情報がなく、「興味はあるけど学び方がわからない。」「医療のデザインって興味があるんだけど不安」という声も寄せられました。

そこで、拙い文章ではあるかとは思いますが、この周辺領域に関して知っている限りまとめて発信して行けたらと思っています。
※なるべくソースは示していこうと思いますが、解釈違いなどあれば是非教えてください!!

#01 安全と倫理

今回は医療やヘルスケア領域でのデザインで最も難しい領域である「安全と倫理」について触れていきます。

医療・ヘルスケアとデザインは相性が良い

医療とデザインの古典的な事例として、クリミア戦争での負傷した兵士の死亡原因をグラフにしている「鶏のとさかグラフ」があります。このグラフでは、兵士の死亡原因が怪我であったと思われていたものが、療養環境の不衛生による感染症が原因ということを統計的に推測し、円グラフに落とし込んだものです。このグラフを用いて、ヴィクトリア女王に上申し、病院の環境改善につなげ、結果的には死亡率を減らしたと言われています。この事例は、医療の情報を整理し、デザインによって当事者ではない意志決定者にわかりやすく伝えている事例の一つであると言えるでしょう。

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古典的な事例ではありますが、医療の数値的な情報のみでは伝えることが難しい領域でも、デザインによって、「理解を促し、行動にうつし、改善までつなげる」ことができる力があるということを知ることができる事例であるといえるでしょう。

このことから、「医療・ヘルスケアとデザイン」はとても相性が良く、力強く影響を与え、価値を届けることができると考えられるでしょう。

余談ではありますが、この時代では医療の情報を統計的に処理するも一般的ではなく、ましては医療職がインフォグラフィックに落とし込むことは学んでいるわけではないです。そのため、ナイチンゲールは新しい知識を現場に生かし、領域を越境していくシリアルアントレプレナー的な存在であったといわれています。

なぜ安全と倫理?

医療・ヘルスケアの領域でデザイン実践は、人に与える良い影響を与えることやソーシャルグッドな側面に注目されることが多いですが、"安全"や"倫理"もこの領域ではとても重要な考え方です。

この領域の難しさの一つは、デザイン実践の参加者のみで検討・評価が完結することはなく、医療専門職・患者・環境の変化・時代の変化...など様々な要素によって変化していくことなのではないかと考えられます。

※医療現場でのデザインの複雑性に関しては、「ヘルスケアとデザインをつなぐ、いくつかの本」で紹介している、NomanのDesignX: Complex Sociotechnical Systems(※1) を読むと良いです。また、ヘルスデザインシンキング(※2)のあとがきの章にも詳しく書いたので、良ければ読んでください。

安全に関しては、デザイン実践に関わった関係者の中では十分に議論・検討されていたはずが、ユーザーの想定外の使い方や担当者の交代などによる管理体制のサイレントな変更など様々な要因によって影響してくることがあります。

倫理に関しては、時代の変遷や個々人の捉え方によって変わるものであるため、"正しさ"自体が変動するため不安定です。しかし、実際の医療現場では、多様性に向き合っている医療専門職がほとんどであるため、デザインも共に向き合っていくことが必要であるでしょう。

デザインと患者安全

医療においてデザインが災いした有名な事例として「セラック25の医療事故」があります。(※3,4 / image by CC.BY-SA 4.0 A Radiotherapy Machine similar to the Therac-25(Catalina Márquez))

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これは、セラック25という放射線治療機器です。高出力のX線のビームを患者に照射することにより治療をする機器ですが、ソフトウェアのバグや使用者のためのデザインが十分にされていなかったことから、患者に過剰に放射線が照射され重篤な火傷や死亡までつながった事例です。

原因の一つは、ソフトウェアの設計の問題として、前回のバージョンを引用することによりデバッグが不十分だったことや、デバッグをする人が操作に習熟している人だったため見逃されてしまったと調査されています。
※デバッグ:プログラムの間違いを修正するための作業

加えて、X線の照射文脈で押してしまう「xキー」の対応とユーザーの操作とミスマッチな設計がされていたことなどが挙げられています。また、今では多くの方が、画像をクリックして操作するGUI(Graphic User Interface)に慣れているかと思いますが、当時は下の画像のような文字を入力して操作するCUI(Charactar User interface)だったことも操作の難しさに起因している可能性も大いにあるでしょう。(※5 Image: Capture by. Leveson, Nancy G.; Turner, Clark S. (July 1993). "An Investigation of the Therac-25 Accidents" )

スクリーンショット 2021-01-24 11.22.33

極端な事例はありますが、医療に関わるデザインでは特に、"誰かのために作ったものであっても、誰かを傷つけてしまう可能性がある"ということと向き合うことが必要とされます。

他にも多くの事例を知りたい方は「悲劇的なデザイン」(※6)がおすすめです。

デザインと医療倫理

サービスデザインの好事例としてあげられることのある「臓器提供意思表示カード」があります。改定臓器移植法に伴い、カードのデザインが変更されたというものです。法律の変更もあるもののデザインの変更も起因し、臓器提供者数が増えたといわれています。

デザインの変更としては、「提供したい臓器に○」をつける方式から「提供したくない臓器に×」をつけるという方式に変更したところです。デザインの用語でいうと「オプトイン方式からオプトアウト方式に変更した」と言われます。これによってどちらでもないのような曖昧な判断、保留される判断は除外されなくなり、結果的に臓器提供数が増えるようなデザインになったといわれています。(オプトアウトは、デフォルトの回答を変更することで影響を与えるため行動経済学のナッジとしての効果も得られます。)

"デザインによって臓器提供者数が増えた事例"と言えるでしょう。

改定臓器移植法の前のバージョン(※7 画像引用)

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改定臓器移植法の後のバージョン(※8 画像引用)

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さて...

「臓器提供者は増えること良いことでしょうか?」


この質問の回答は、非常に難しいです。

医療専門職として偏ったパターナリスティックな回答をすると「臓器提供によって救われる命が増えるから良いことである。だから、臓器提供者は増えるべきである。」という形になってしまう。そうならないために、臓器移植法の基本理念の「本人の意思の尊重」に則って亡くなった後の本人の意思をくみとるために臓器提供意思表示カードがある。
しかし、本人の意思がデフォルトの回答が保留になっていたために、意思を反映できていなかったするとと...本当にそれは本人の意思なのでしょうか?

繰り返しになりますが、この質問の回答は、非常に難しいです。

「医療における意思決定に関わるデザイン」は非常にパワフルに影響を与えて数値的な評価を得ることはできるでしょう。一方で、「デザインが医療の専門領域に踏み込んで影響を与えている」ため、本当にそれで良いのか、促している行為は倫理的に捉えるとどうだろう?と立ち止まって考えることが重要なのではないでしょうか。

臓器提供の倫理については、この辺りに基本的なことが書かれていました。(※9)

また、他の事例を学ぶ場合は、「エホバの証人と輸血」にも触れておくと良いと思います。個人の宗教的価値観と医療職として最善を尽くすべきという倫理観の間で、時間の制限がある上に判断に悩む事例であるといえます。

医療・ヘルスケア領域のデザインで安全と倫理の実践のあり方

医療・ヘルスケア領域のデザインにおいて、「安全と倫理」の重要性を書いてきましたが、実践するときはどのようにすると良いでしょうか。臨床で研究を行う場合は、倫理審査委員会がその判断を担うことが多いです。
しかし、医療・ヘルスケアとデザインに関しては、ガイドラインや該当する組織は、現時点ではありません(もしあったら教えて欲しいです...。)。

共創する医療専門職やデザイナーの個々人の力に一任されることになります。最終責任者はいても、デザインのプロセスの中に隠れている議論は、最終責任者には見えないわけです。

では、どのようにすると良いでしょうか。
筆者から全ての事例のユニバーサルな対応を提示することは難しいですが、このnoteを通して、以下の3点はいえるのではないかと思っています。

1. 共創した医療専門職以外からも組織をこえて、レビューをもらう
2. 運用に関わる様々な人(医療専門職以外の人も含む)にも意見をもらう
3. デザインされたものが手放されたら終わりではなく、継続的に繰り返し、評価を行う。また、得られた評価からデザインを変更することを恐れない

ヘルスケア・医療のデザインに関わったことがある、もしくはこれから関わる方は振り返りながら実践をしていくと良いかもしれません。

あとがき

医療・ヘルスケア領域のデザインの安全と倫理に関しては、このnoteだけでは議論が足りていないことが多いとはわかっていながらも概要としてまとめました。

安全と倫理は答えがないため、大変歯痒いところではありますが、安全や倫理に関する議論は、医療とデザインが盛り上がっているところに水を刺すような行為でもなく、むしろ歩み続けるために重要な議論です。より良いデザイン実践を続けられるように議論していきたいですね。

また、noteを書きながら気付きましたが、最後の章に関連する、"デザインを医療・ヘルスケアの領域にリリースするときのガイドライン、もしくは第三者機関"のようなものは、現時点では存在していないかと思います。この辺りの議論と情報の公開が今後の実践においては求められていく可能性が高いと感じています。医療・ヘルスケアとデザインの領域を越境しながら検討しなければいけなさそうですが、情報をまとめたり、勉強会ベースなどコンパクトなところから進めていくことも必要かもしれないですね。

筆者:吉岡純希
Twitter: https://twitter.com/Junky_Inc
ポートフォリオ: https://technurse.jp/

Reference

0.ヘルスケアとデザインをつなぐ、いくつかの本
https://note.com/junky/n/n20326ac247da
1.DesignX: Complex Sociotechnical Systems
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S240587261530037X
2.ヘルスデザインシンキング
http://www.bnn.co.jp/books/10780/
3.セラック25(Wikipedia)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AF25
4.ICE62304実践ガイドブック(e-book無料公開ページ内)
https://www.jiho.co.jp/Portals/0/ec/product/ebooks/book/48780/48780.pdf
5.Leveson, Nancy G.; Turner, Clark S. (July 1993). "An Investigation of the Therac-25 Accidents" . IEEE Computer. 26 (7): 18–41.
https://web.archive.org/web/20041128024227/http://www.cs.umd.edu/class/spring2003/cmsc838p/Misc/therac.pdf
6.悲劇的なデザイン
http://www.bnn.co.jp/books/8989/
7.山梨県 臓器移植(峡南保健福祉事務所)
https://www.pref.yamanashi.jp/kn-hokenf/61768405294.html
8.公益財団法人 日本臓器提供ネットワーク 意思表示の方法
https://www.jotnw.or.jp/learn/method/
9.公益社団法人 日本看護協会 臓器提供と倫理
https://www.nurse.or.jp/nursing/practice/rinri/text/basic/problem/zokiishoku.html
10.日本医師会 エホバの証人と輸血
https://www.med.or.jp/doctor/rinri/i_rinri/b06.html

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病院にデジタルアートを届けたり、3Dプリンタを使ってケアの現場を支える実践や研究をしています。 Digital Hospital Art / FAB Nurse/ vvvv Japan Community

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看護師で救急/在宅領域の看護師経験を経て、デザインやプロトタイピングを学び・実践しています。病院にデジタルアートを届けたり、3Dプリンタを使ってケアの現場を支える実践や研究をしています。 NODE MEDICAL代表 / 慶應義塾大学SFC研究所 上席所員