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例えば、平服って書いてあったらどうする?外出が減った今こそ、未来の服装を整えておこう。いざというときの差、ドレスコードから学ぶ、基本を知って真の自由(らしさ)を手に入れるということとは。

「人は外見で判断され、知性で解雇される」とは、シェイクスピアの言葉。
古いよ!解雇されるなんて大げさな~外見から判断なんてことも物議を醸し出しそうですが、まぁ、読んでみてください。

ドレスコード、と聞くとちょっと引く、という方も多いと思います。
ファッションの決まりごとに対して「堅苦しそう」「間違えたら恥ずかしい」といったマインドが先走り、結果、大きな声でいえないけど「めんどくせーな」ですよね。

講演会などで、ドレスコードの意味、わかりますか?と質問すると、
ドレスの種類の話ですか?と聞かれたり、ドレスを着ることがないので知っていなくても大丈夫です。という返答もあったり。

身近なようで実は、あまり現実的でないのも ドレスコードなのかも。

基本を知ることは可能性の幅を広げること。

ただ、その面倒くさそうで、よくわからないことに蓋を閉めているかぎり、装いの自由は手には入らない、という話をしますね。

最近は特に、コロナでイベントなどが激減、仕事もリモートで、カジュアルベース、リラックスモードで過ごしている人が多く、ドレスコードなんて何年も意識したことがない、という声も多々。
まぁ それでも死にはしないし、生活を脅かすようなものではないのも、服。
自分の生活範囲で、お役目を果たしてくれる服がそろっていればOKで
それ以上もそれ以下もないというマインドがそのままクローゼットに入っている感じ。
でも、、、

「いざ」の差は 人生の差。

たとえ、「それ用」があったとしても、服が死んでいるケース。
借り物でいい、もそのマインドだけでは 自分流に「アレンジ」できず、ただの借り物。

冠婚葬祭用に何か一着あればなんとかなる、なきゃレンタル「で」いいか、的な、このかんじ、正直やばいです。
何がやばいって、その思考からの装いの、「とりあえず感」や「フェイク感」。自分はよくても他者や場に対する思いやりはゼロだから。

そして、想像出来る範囲でしか「機会」を考えていない人生には、絶好の機会は決してやってはこないということ。ほんとうに会いたい人に会うとか、行きたい場所に行くなどの、真の自分らしさを表現する場には届かない。たとえその場にいても、例えば、運命の出会いなどは起きないわけ。

チャンスを自らが葬っている可能性が高い つぶやきはこんなかんじ。
「素敵な出逢いがない、仕事がうまくいかない、自分はついてない、ありきたりの日々がつまらない、コロナで疲れ果てた。自分の人生こんなもん」などなど。。

ガラスの靴を置いてきてしまったシンデレラを思い出してみましょう。
いざ(機会)は魔法で手に入れた。
いざを制するひとは、結局人間の中身も整っているから、王子もそりゃ
射止めたくなるわけです。

私自身、
ちょうど感染状態が落ち着いた昨年末には、数々のお食事会やパーティーに出向いたし、大事な方を亡くしお通夜にも行きました。
いずれも いざに対しての準備ができていることが、「基本」をマスターしているということ。
怖気づかず、ストレスゼロで、その場をしっかり楽しんだり、悲しんだりすることができるということ。

お悔やみのほうの解説はまたの機会にして(超いろいろある)
ドレスコードを段階別に見ると
・フォーマル
・セミフォーマル
・インフォーマル
・スマートエレガンス
・カジュアルエレガンス
・ビジネスアタイア
・スマートカジュアル

という7段階があるわけだけど、(まぁこれも、7つと断定されているわけじゃないです、ネーミングも色々・日本語だと正装、略礼装など、)この言葉の意味と代表的な服装が知りたければ、ググればなんぼでもでてきます。嫌というほど同じような表や、文章、画像が出てくるのに、実際の現場では「間違ってはいなさそう」なだけの、いけてない感じ、に踏みとどまってしまうんだろ。??

間違ってなければいい?

ドレスコードについては、仕事柄、執筆することも多いのだけど
ただ決まりの説明をするくらいなら、プロじゃなくても十分あちこちに資料はある。私が書いた事例でいうと、、例えば、このときの昭恵さんは、日本国民全体にバッシングされたけど、変だの恥ずかしいだの感覚的にかなり叩かれてしまいました。批判するだけなら簡単なのよね、、

でもやっぱり その理由が説明できたほうが親切なんだよなぁ

ニッケイさんのは、途中から有料。
プレジデントさんのは全文読めるかな。


ドレスコードの落とし穴
デイドレスの謎

このときの解説、もの凄い反響があって「すっきりしました」とか「違和感があっても、なぜなのか?を丁寧に説明くださってありがとうございました」という声が沢山届きました。ただ、招待状に書かれていた「デイドレス」に沿ったのよ、と昭恵さんは思っていたかも。
平服で、と書かれて普段着で行ってしまう感覚で デイドレスを少し軽めに考えたのでしょう。
しかしいざ 参列なさって焦られたはず。

まず、私がこのとき一番焦点に上げたのは、
場を思う、感じる、想像力の大切さ。
と、知識においては、
男女の格式を揃える、ということの重要性
です。

安部元総理大臣がホワイトタイでの正装ですから、その横に立つ場合、何が相応しいのかを考えるのがドレスコードなんです。今どき、男とか女とか、その考え古くないですか?といわれても、多様性とドレスコードの話をごちゃ混ぜにしてしまうのは違う。今・現状での基本を知った上で「未来をどうしていくのか?」を考えていくのはスマート。しかし何も知らないで、自分基準でだけの服装を語るは、こうした恥をかく原因になる、やっちまった!じゃ遅い、後の祭りってやつです。

こちらのワンピース、シーンが違えばコードも変わるので、相応しい場が他にいくらでもあります。「もの」だけを見れば、おかしなものではないし、デザイン的に好みがあるとしても、それは自由にしてよい部分。昭恵さんを批判した多くの人に私が問いたかったのは、人のことは置いといてもいざに備えた自分自身のラインナップのチェックしてますか?ってこと。

それを書く自分はどうかということで、ちなみにメディアでも解説した麻生太郎氏の奥様・ちか子さんのワンピースはロングドレスの袖付・ローブモンタンテで正解。そんなの着る機会がないわよ!と決め付けないで、
私の場合は、丈はフルレングスではないけれど、こうした基本型の、ウールのロングワンピースを愛用
こちらは23歳のときから大切に着ています。登場する機会は結構あって重宝していますが、35年も変わらず着ることが可能なのは、

◆飽きがこないシンプルなAラインデザイン。フレアーが重過ぎず、また寂しくない分量であること。袖つきで一枚で品よく着れる。
◆ハイウエスト気味で切り替えがあり、ウエストを締め付けないパターンメイキングで、出産後体系の変化があっても、サイズに問題がない。
◆アレンジが効く。きちんと着たいときには画像のようにベルトでメリハリをつけるなど小物でシーンに相応しいコーディネートが可能
◆黒・ではなくネイビーという色。
◆永く愛用を決めていたので上質な生地。

といった、長く愛用できる条件が揃っています。

娘の成人式の日も活躍の図。麻生婦人は画像一番左。グリーンドレスのイラスト参照。
大宮八幡宮にて。夫はウインドウペンのネイビージャケットなので、フォーマル度は高くないのです。ベストにスラックス,手結びの蝶ネクタイですが、正装ではありません。カジュアル要素を加え、(セットアップというだけで、まぁカジュアル)娘の若さに寄せたスタイルです。もちろん、型を知ってのドレスダウン。私はショールを加えて3人のバランスを取りました。柄が入ると無地よりドレスダウンになっていきます。
私がかぶっている帽子は、キャノチェ型といってフォーマル度が高いもの。そう、よく雅子皇后様をはじめ皇室の方々が被っていらっしゃる形で、記憶に浮かびませんか?。
真冬なので、毛皮のコートを着てますが、サステナブルな時代、もう本皮、ファーは新調しませんが、持っているものは長く一生愛用するつもり。


平服って書いてあったらどうする?

例えば、ビジネスアタイアは平服でいい?



前出にあったビジネスアタイア、であれば 例えばこんな装いになります。
ビジネスアタイアは会社関連のパーティやレセプション、株主総会などで要求されることがあるドレスコードですが、この日は帝国ホテルでの、時事通信社さん主催・内外情勢調査会にて、講師で登壇した日の様子です。
長年、こちらの会では登壇させて頂いている中でも、この日は講演会後にパーティーもある、という特別な新年会。以前投稿した、コシノジュンコ氏も登壇なさるような(内閣総理大臣も毎年登壇されます)歴史長き、由緒ある会にて、視聴者は全員・会社経営者、会長の立場に在られる皆さま。

講演会は帝国ホテルの広間で。ほぼ全員がダークスーツでご視聴です。フォーマル帽子は女性に限って室内でも外さなくてもいいけれど、この日の講義では雰囲気を見ながら脱帽しています。パーティーでは着帽しました。
講演会後のパーティーでもご挨拶。こうしたお席では男女共、少し華やかさを加えてもOK!ただあくまでも講演会・ビジネススタイルの場なので遊び心というより品性が重要。紳士服の中において女性性の誇張はせず、夕方以降のこの時間、スカートもロング丈で落ち着かせています。それでも華やかなブラウスの刺繍柄や、パールデザインが個性的なジャケットでテンションはマックスあがってます。ここ大事。失礼がなければそれでいい、はギフトになりません。
社長・会長のお供でいらっしゃっている若い世代も。「めちゃくちゃ勉強になりました、もっと早く学びたかったです。なぜこういう教育が高校や大学で受けられないんでしょうか?」と。

で、ここで気をつけて欲しいのは ビジネスアタイアをぐぐってみたら「平服でいい」と書いてあること。実際この質問、何度もうけてます。
平服の解釈が、めちゃくちゃになってる。

辞典には“普段着ている服”と書いてあるけど、普段着でいっちゃえ、ではない。これマジか!な話なんですが、教え子の結婚式で、その「平服事件」を目撃。ジーンズで参列、はい、コードは平服で、でした。汗。
最近ではデニム生地でお着物を創るなどした、新郎新婦の衣装などもあるので一概には言えませんが、少なくとも出席した披露宴は、白無垢の正当派なお衣装でご親族も全員がお着物)

その場の格を下げるような行為は、正直悪気がなくても悪目立ち

迷ったときはフォーマル度を上げる、

これも「基本」


私の事例では、フォーマル度は上げ、
ジャケットを着たスタイル&スカート丈長めのビジネスフォーマルで登壇&パーティーを過ごすことがスマートと判断。決してカジュアルなビジネスアタイアではなく、ダークスーツ着用の聴講者との格を合わせて、出席しました。

平服は、正装でなくてよい=正装を略した「略礼服」と捉えることが一般的、上記7つのインフォーマルのあたりになると捉えておけばいいでしょう。なのでカジュアルよりになればなるほど、場合によっては「しまった!」がおきやすい。ビジネスアタイアの幅は、上記画像のビジネスカジュアル~ビジネスフォーマルまでOKなので、その場と集う人を想像し、格を見定めることが肝心。
平服で、と書かれているのは、服の説明というより、主催者側の気持ちの表明なんですよね。
いつもあなたでいてくださいね、楽しんでくださいね、ってことで、カジュアルないつもの服装で来いなんて誰も言ってないのです。

型があっての型破り。

ドレスコードをはじめ こうした基本を型だとしたら マスターして初めて
その「範囲」でも自由があることを体感できる。
結果、工夫し、らしさをも手に入れることができるのであって、基本なしは、ただの型なし。
型があって、あえて破るから型破り。
そこには メッセージがあったりするので「説得力」にもなり、多くの人の心をつかむ行為にもなるのです。

正しい、正しくないを超えた、ストーリーやメッセージを服装から感じる人は必ず基本を知っていて格好いいものです。

例えば、オバマ元大統領が大統領に就任された際のパーティーでは、ホワイトタイにタキシードという型破りなスタイルでの登場でしたね。
正直 間違えたのか!という声も上がりましたが。。。


これには
暗黙のメッセージがこめられていたはずです。私はそう思いたい。
一言で言えば、自分は自分の考えでいくということの現れでもあったのかなと。
ミシェル婦人も、ファーストレディーでありながら当時では珍しいリーズナブルなファストファッションなどを身につけるなど、国民に寄り添う気持ちを服装に乗せ、アピールされてきた方です。

型があっての型破りなのか
カタナシの説得力ない装いなのか

次回は、こんな学びを「実践してみた」我がスクールの昨年末のブラックタイディナーの様子を紹介していきますね。

どうぞお楽しみに。

追記
ドレスコードって、やっぱりかたくるしー!!となったかもなぁ
例えば 昨年末、コロナが落ち着いていた時期、リアルで会えた友人たちとの忘年会は、前日急に私が投げた「赤」がドレスコード。
そういうのもたのしく連帯感を持つことができます。前日に、赤にしない?だけでも成立するドレスコードで、場の価値もコミュニケーションも上がります。

赤分量が少なかったしょこちゃんにスカープをプレゼント。
彼女、仕事で独立したのでそのお祝いも兼ねて。
こうした思いをドレスコードにのせて。装いはギフト。






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