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対話企画:障害者雇用の『ここっておかしいよね?』 #2平野 裕人さん

障害がキャリアを積む上で”障害”にならない社会を実現する会社、Connecting Pointの阿部潤子です。

対話企画「障害者雇用の『ここっておかしいよね?』」の2回目は、平野裕人さんです。
平野さんと初めてお会いしたのは、2017年日本人材マネジメント協会(Jshrm)の勉強会で、私が障害者雇用に関するお話をさせて頂いたことが始まりです。その後も、平野さんにしか出来ない活動、発信を積極的に展開されていらっしゃることを知り、今回、「障害者雇用のこれから」について、平野さんの正直な想いを語って頂きました。
どうぞ最後までお楽しみください。

まずは、平野さんに寄せて頂いたプロフィールから。

平野 裕人さんプロフィール:
1990年宮崎県都城市生まれ。仮死状態で出生したことにより、生まれつき脳性麻痺の障害となり車いすユーザーとなる。鹿児島大学法文学部を卒業後、2014年に日本電気株式会社(NEC)に入社。2017年よりパラスポーツであるボッチャの選手としても活動。パラスポーツの普及に取り組む。2018年、兼職制度を活用して、NPO法人 国際障がい者活躍社会創造協会の副代表に就任し、現在は理事。また、東京オリンピックパラリンピックのボランティアユニフォーム選考委員やパラリンピック開会式・閉会式のアシスタントキャストも務めた。府中市コミュニティFM「ラジオフチューズ」でラジオパーソナリティーとしても活動。会社員として働きながら、車いすユーザーとして当事者の立場で、障がいの有無に関係なくみんなが輝ける未来を創る活動をしている“Challenged Hero”(チャレンジド・ヒーロー)

対話相手:平野 裕人さん

① 平野さんにとっての「『障害者雇用』のここっておかしいよね?」とその理由を教えてください。

平野:私は、本業の他にNPO法人で当事者の方から就労の相談を受けることがあるのですが、最近、当事者の方とお話していると相手の納得感を得られていない…と感じることがあります。

阿部:それはなぜですか?

平野:どうやら私が、障害者の中で“リッチ”であると思われてしまうからです。
私は、社会人になってから10年程経ち、いま年収600万円の境にいます。残業代とかを含めると“少し”超えるくらいなのです。この金額は、たしかに、障害者の中では高収入とされるのかもしれません。しかし、だからといって不自由がないのか、といったら、そうではありません。計算式はやや複雑なのですが、だいたい年収600万円を超えると、障害年金の支給停止や、福祉サービスの負担金が増える等の境目になります。今年、それに引っかかってしまい、障害年金の支給は止められるし、福祉サービスの負担額が増えることになりました。

よって、可処分所得で計算したら、今年は、150万円くらい年収が減ってしまいます
この社会保障制度の仕組みが、私にとっては、障害者雇用のこれからを考えるにあたっての「これっておかしいよね」です。

阿部:そうなんですか!そのような仕組みと所得による制限を初めて知りました。もう少し教えてください。

平野:はい。いま現時点の障害福祉サービスでは、利用者の自己負担金額は所得範囲によって「4段階」の負担金が設定されています。まずは、①生活保護世帯や②市町村民非課税世帯は無料、その次が③市町村民課税世帯で月額9300円、そして負担金が最も多いのは、④収入が概ね670万円を超える世帯で月額37200円です。

参考:厚生労働省HP「障害者の利用者負担」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/shougaishahukushi/service/hutan1.html

今回、私は、④の基準に引っかかったことで、月額が37,200円になりました。
ちなみに、先日、障害者の統計白書で調べてみたら、障害福祉サービスにおいて、私のような④の自己負担金額になる人は、身体障害者(436万人)の中の1%しかいないようです。だから、数字だけで判断したら、確かに“リッチ”なのかもしれません。

阿部:平野さんは、障害者の中でもマイノリティなのかもしれないということですね。
障害福祉サービスの利用とそれに伴う利用者の自己負担金の仕組みを具体的に教えてください。

平野:はい。障害福祉サービスを利用する方の事情によって、どんなサービス(居宅介護サービス等)を利用するのか、そのサービスを利用する時間(支給時間)は変わってきます。基本的には、サービス利用時間とサービス単価をかけて自己負担金を算出、その自己負担金の上限額が月額37,200円ということです。

例えば、私の場合は、1日3回、朝1時間、昼1時間、夜2時間です。朝は、身支度(着替え、歯磨き、洗顔)、朝ごはん(1人分の調理)で1時間。食材購入は、移動支援サービスを使ってヘルパーさんと買いに行ったり、ネットスーパーを活用しています。利用者さんによっては、「私はXXが食べたい」とか、「お味噌汁は薄目」とかリクエストする方もいらっしゃいますが、私は、肉か魚くらいの要望で、あとは冷蔵庫にあるもので作ってください、と伝えるくらいです。在宅勤務の日であれば、お昼ご飯を作ってもらって1時間。夜は、入浴と夕飯があるので2時間、ヘルパーサービスを利用します。

阿部:つまり、1日の中で最低4時間は、サービスを利用するってことですよね。

平野:そうです。1日4時間×30日なので、月に120時間になる。よって、私の場合は、上限額を簡単に超えるので、上限負担金が大事になってきます。ヘルパーさんを利用する時間数は、昨年と何も変わらないにも関わらず、今年は収入がやや増えたことによって、月額負担料金が9,300円だったものが、今年は37,200円の負担にまで上がってしまいました。

阿部:都内中心部の1カ月の駐車場代ですね。

平野:そうなんですよ。ちょっとグレードの良い部屋に住み替えられるくらいの負担増になりました(笑)

阿部:平野さんの場合は、一般的な生活を送るだけでも、他者(ヘルパーさん)の時間を120時間要するわけですよね。そう考えると、パート・アルバイトの人たちにとっての103万円の壁とも似たお話で、多少の年収オーバーであれば働き方の調整で防げないのかなと思いますが、どうなのでしょうか?

平野:そのとおりです。私は、昨年の時点で、これは600万円の壁を超えそう…と心配になり、直属の上司に相談しました。600万円を超えるか、超えないかのラインだから、残業時間分をフレックス勤務等で相殺するなど、上手く活用しながら働きたいって伝えてみたんです。それは、私の働き方に関することで、重要だと思ったので。

阿部:どうでしたか?

平野:当然ですけど、上司は、福祉サービスの負担金が増えるとか、障害年金が支給停止になることの意味を全然理解してくれなくて…。むしろ、

「平野さん、仕事やる気ないの?」って言われてしまいました。

やる気があるからこそ、相談しているのに「国からの補助金をもらわずに生活出来ているなら逆にいいことでしょ」みたいな。もちろん、理想は補助金等をもらわずに生活することかもしれないけど、現実的には、厳しいなと思います…。

阿部:でも、生きていく上で必要なサービスを使っているだけで、それは理想云々ではなく、サービス提供を受けて当然なのだろうと思うのですが…。生きるために必要なサービス負担金が増えて、かつ障害年金も支給停止になったら、大変ですよね。

平野:そうなんです。可処分所得として150万円くらいのダメージなので、「では、今すぐ年収を750万円くらいにあげてくれますか?」と聞いたら、それは無理、となりますよね。それならば、年収が600万円を超えてしまう期間については、自分なりに調整して働こうと思っている、というだけの話なんです。しかし、それを「やる気がない」って言われてしまうのは、少し心外だなって思います。

阿部:たしかにそう感じてしまいますね。

平野:仕方ないから働き方を変えずに働くと、いまの会社では年功序列で賃金が上がるのもゆっくりですが、賃金が下がることもないので、転職するしか手段がないのか…と今は思っています。

阿部:600万円を少し上回るくらいの年収では、実質的な負担が増えて、これまで当たり前に送れていた生活水準を下げる必要が出てくるということですよね。そもそも、利用者の自己負担金に関する所得基準が、4段階しか設定されていないのも少ないですよね?

平野:本当にその通りです。障害者福祉サービスが無料になって欲しいとまでは望みませんが、「4段階」しか所得基準の設定がないのは、おかしいと思います。もっと多段階に所得設定があるべきだと思うのです。

阿部:平野さんのような方が、これまで全体の割合の中で少なかったからこそ、ですね。

平野:そうだと思います。しかし、こうした話を他の当事者の人と話すことが出来ないのも寂しいなと思います。それを相談すると、平野さんは“リッチ”な悩みだね。平野さんは贅沢なんだよって言われてしまう。僕らは、平野さんの今の年収や働き方が最終ゴールぐらいのイメージで、今そこにいる平野さんが、わざと年収を下げるようなことをなぜ相談しているの?みたいな感じになってしまいます。

阿部:あぁ考えたことのない世界観です。

平野:そうなんです。障害者の中にあっても、嫉妬とか、格差とか、そういう話が出てきます。だから、僕は誰かに相談しづらい。NPOで相談員として、私が相談を受けている時でも、平野さんのご経験や悩みなんて、私にはステップが上過ぎて…なかなか参考にはなりません、と言われてしまうことが多くて。

阿部:そうした仕組みが影響して、平野さんは「リッチな悩み」の持ち主と思われるんですよね。ただ、私も移行支援事業所で働いていたので、平野さんの悩みを伺って、「リッチな悩み」と答える人の気持ちも理解できる気がします。

平野:あと、私には、もう一つ「おかしい」なと感じるポイントがあって、それは私自身が、勤続10年になりますが社内でのキャリアチェンジが出来ないことです。経理部から人事やダイバーシティ関連部門への異動を長年出してきていますが、なかなか実現しません。理由は様々かと思いますが、一つ実際に言われたのは、

「受け入れ側が、障害者の受け入れを躊躇する/不安がある/決断ができない」

ということです。
障害を理由にキャリアチェンジがしにくく、経験の幅を広げられないことはおかしいな、と思います。とはいえ、今の会社は、良くも悪くも、異動できない理由を正直に私に伝えてくれているので、私もその背景を把握できますし、本音を言わず、隠される方が嫌だなと思います。 

② その「おかしい」ポイントは、なぜ変わらないままなのでしょうか。

阿部:それでは、「利用者負担の上限額の設定(所得基準の問題)」や「障害を理由としたキャリアチェンジの難しさ」について、これまでなぜ変わらずに来ているのでしょうか?

平野:特に「利用者負担額」に関しては、これまでそのような課題意識を持つ障害者が少なかったのだと思います。
一般の人と同じくらいに稼げる人がいなかったからではないかなと。

阿部:確かに1%って少ないですけど、外資系で働いている障害のある人の中には、同じように悩む人はいるのかなと思います。今まで、なぜ声が上がらなかったのでしょうか…。

平野:外資系は、年俸制度が多いから、計算がとても楽だなと思いますし、結果、私のような事例を事前に回避する行動がとれるのかなと思います。私の会社は、旧来の日本企業だし、月収をベースに残業代で年収が変わるので、それによって税金も変わる。よって、予測がとてもしにくいのはあるなと思います。あともう少し働いて大丈夫だったな、とか、あぁ、もう少しセーブすれば良かったとか、色々考えるのが面倒です。
だから、僕が外資系企業に転職するならば、750万円以上の年収で探すと思います。750万円以上もらえるならば、今までと同じ生活水準で暮らせるので、どれだけでも働きますよって言えるので。

阿部:そうですよね。600万円以上になったら自己負担金は変わらないので、800万円でも、900万円でも同じですよね。では、平野さんが先ほど、仰って下さっていた2つ目の「おかしなポイント:キャリアチェンジがしにくい」については、なぜ変わらないままだと思いますか?

平野:それは、受け入れ側の「無知・無理解」、「恐怖」、あとは「責任回避」じゃないでしょうか。
例えば、部長が変われば、また新しい部長に考えてもらえば良いかといった具合の責任回避です。それがずっと続くから、結局、何も変わらない。皆が、正面から向き合わないで逃げてしまっていると思います。自分が異動したあとに、障害者が入るのはいい。要するに、

「自分が引き受けた」と言われたくないし、その当事者になりたくない

何か問題があった時に、「お前のせいだ」と言われたくない。
今が一番であり、そのような安定を求めているのだと思います。

③ 「おかしい」ポイントは、どうしたら解決できると思いますか?解決には何が必要だと思いますか?

阿部:まず「利用者負担の上限額の設定(所得基準の問題)」については、どのような解決策があるでしょうか?

平野:まず1つ目が、私自身が750万円稼げるようになることだと思います。
もう一つは、行政側の枠組みの調整ですよね。3段階の所得水準から、5段階でも、10段階でも、多段階の基準を設けることが必要だと思います。
そして、会社側も、フレックス勤務や週4日勤務を活用しながら働き方を各社員が調整出来るような働き方の変化を実現することが必要だと思います。

しかし、1つ目については、実現に向けて様々な難しさもあると思っています。
なぜなら、障害者が転職・就職するにあたって、採用側が、「障害名」だけで「この人ってどんな人なのだろう…」とネガティブに認識してしまいやすく、それが障害者を雇用しようと一歩を踏み出すときの大きな壁になっていると思うのです。
だから、私は最近、「レンタル移籍」みたいなサービスがあったら良いのになぁと思ったりしています。

阿部:「レンタル移籍」というのは?

平野:例えば、3か月間、XXX社で働いてみて、自分にあえばレンタルから正規雇用、あわなければ次の移籍先、もしくは元の会社に戻る。
僕みたいに経理の仕事をしたい人もいれば、人事の仕事をしたい人もいる。
特に障害のある人の場合、自分が人事の仕事をしたいと思っても実際、自分でやってみると、やっぱり自分には物理的に(アクセシビリティの観点から)、精神的に厳しいなとか感じることってありますよね。

例えば、障害の有無に関係ないかもしれないですけど、外資系ってどこまで英語のスキルが必要なのだろうか、とか、営業だったら外回りはどの程度あるのだろうとか、それを分からないまま、「私は出来ます」と言っても、「それって本当に出来るの?」となる。意欲はあっても、それって実際に働いてみないと分からないですよね。

それを分かるようにするためにも、レンタル期間があるといいなと思うんです。
もちろん、その間も、しっかりと法律で保障された収入を得ながら、例えば3か月間、XXX会社の1つのプロジェクトに加わってみる。それでもし自分が出来そうと思えたり、XXX社のこの部署でやれそうだと思ったら、そのまま転職ができるといったイメージです。

そのような機会があったら、雇用側も受け入れる前は不安もあったけど、実際に3か月やってみたら、「この人出来るじゃん!」と前向きに受け入れたくなる。そんな仕掛けが、社会にあったらいいなと思います。

阿部:たしかに、そのようなサービスは障害のある人の「体験の幅」を広げることになりますし、まだ私たちが気づいていない「可能性の幅」を広げることにもなりそうですね。

さて、ここまで、3点、平野さんが解決策としてお話して下さっていますが、これまでのお話を伺っていると、もっともっと「当事者の声」が必要なのだろうとも思います。

平野:そうだと思います。ロールモデルが必要だと思います。
私にとっての憧れの人は、乙武さんだったんです。障害があっても、テレビにでて、政治家や有識者と対等にお話している。スポーツ選手にも取材して、本も出している。かつ、女性にモテる!すごいですよね。

乙武さんが出来るなら、私も、夢をもって頑張ることで出来るのではないか?と思えたのです。

知的障害のある人も、きっと同じで、ロールモデルがなかなかいないのだと思います。ロールモデルとなると、芸術家・パラスアスリートになってしまって、自分の身近にロールモデルがいない。自分の身近にロールモデルを色々と作っていきたいし、等身大の存在が必要だと思います。

阿部:平野さんが2点目に「おかしなポイント」としてあげてくださった「障害を理由としたキャリアチェンジの難しさ」については、どのような解決策がありそうですか?

平野:まずは、障害のある人とない人が、無理やりでも「接点」をもてる場、プラットフォームをつくることだと思います。そして、その場に当事者も経営者側も入り対話を重ねていく。もちろん、経営者だけに限らず、人事部長とか実権限のある人、実務者が入った方がいいだろうとも思います。

阿部:その場での対話を通じて、障害を知ってもらうことも大事ですが、権限のある人に、その権限を使ってもらう場でもある、ということですね。

平野:その通りです。DE&Iを現場レベルで進めていく上でも、実務者の人が大事かなと思います。

④ 「おかしいポイント」を越えた先にある社会/障害者雇用の姿として、どのような絵を描かれますか?

阿部:これまで「利用者負担の上限額の設定(所得基準の問題)」であったり、「障害を理由としたキャリアチェンジの難しさ」について語って頂きましたが、それを越えた先にある社会の姿を教えてください。

平野:きっと「誰一人取り残されない社会」です。
それを、いまの私の言葉でいうと

「稼いでも嫉妬されない社会」

かなと思います。

お互いが、これが今、自分にとって一番いい働き方であり、ライフスタイルだと思っている

そう言える、ということだと思います。
一人ひとり、納得できるライフスタイルは異なりますよね。
例えば、仕事だけじゃなくて、家族との時間を大切にしたいと思って地方に移住する人もいる。一方で、キャリアを築いて収入を得て、六本木に住みたいと思う人がいるように、そのライフスタイルは、人それぞれで、それで良いのだと思います。
大切なのは、「選択できる社会」であって、いまは、それが「選択できない社会」だと思っています。

私は、特例子会社の存在についても、同じことが言えると思います。

阿部:どういうことでしょうか?

平野:特例子会社が悪いわけではないと思いますけど、特例子会社がある背景には、障害のある人たちにとって、特例子会社しか選択肢がないのだと思います。特例子会社ではない一般の職場に生きづらさ、働きづらさがあると感じているからではないのかなって。

また、特例子会社があることで、良くも悪くもその枠にはまってしまう人が現れるなとも感じています。その存在によって、ある意味、守られる。当事者自身も、痛い思い、傷つく思いをしなくて済む。ある程度、ガードの中でいられるから居心地がいい。結果、一般的な職場ではやっていけないから、分けてもらった方が有難いんだよね…と感じている当事者の方もいらっしゃいます。

でも、それだけでは、真の意味では、「選択できる社会」にはならないのではないかと思っています。

それは、一般的な職場ではうまくやっていけないという前提になっているからです。私たちはそこを変えていきたいと思っています。そもそも、当事者の人たちが、そこであきらめてしまうのはどうなのだろう…と。一般的な職場が働きにくいなら、一般的な職場を働きやすくしていくことが良いんじゃないかなと、私たちは思っています。

阿部:現実的には、障害のある人たちにとっての選択肢がないから、特例子会社だよね、A型事業所だよね、になってしまうということですね。その中で、平野さんは、なぜ一般枠での採用になったのでしょうか。

平野:たまたまですね。障害者の就職情報サイトに応募したところ、担当者の方から、障害者を雇うから今日の説明会に来ているけど、採用するときには、「一般枠」で雇うから頑張ってねと言われました。特例子会社に就職したいなら、特例子会社の求人にエントリーしてくださいとのことでした。

阿部:そこで平野さんは、「一般枠」を選択されたということですね。
これまでのお話伺って、「選択できる社会」というのは、「600万円の壁」を超えることも選択できるし、超えないことも選択できる社会なのだなと感じています。それに対して、やる気があるとか、ないとかも言われない。
そして、障害の有無に関わらず、仕事を選ぶ時にも、希望する仕事にトライアル出来るような機会があったら、自分らしく働けていける人が増えていくのだろうなと思いました。そうしたら、一人ひとりが充実感を得るステップに立てそうです。

平野さんの仰っている「選択できる社会」というのは、「自分らしく働ける社会」とも言い換えられるのですね。

平野:はい、まさに「十人十色」だと思います。同じ会社に勤めていても働き方が違う、そして、その違いを許容できる社会、とも言えると思います。

阿部:その意味でも、ロールモデルが必要ですね。

⑤ 様々にある「おかしい」を抱きながら、平野さんにとって、何をしたら今の仕事をやり遂げたと思えますか?

阿部:最後の質問です。平野さんは、これまで当事者の視点から社会/障害者雇用に対する「これっておかしいよね」をいくつも感じてこられていると思いますが、平野さんご自身は、何をしたら、今の仕事をやり遂げられたと感じられそうですか?

平野:今の仕事も含めて、今後も「自分のキャリアつくっていくこと」が、後の人のためになっていくと信じています。自分のためというより、誰かのためって思っています。

阿部:すごいですね。既にそのようなマインドになっていらっしゃるのがすごいです。

平野:私が以前、尊敬する人に言われたのは、「平野さんは発信できるから、発信できる人が発信して、行動できる人が、行動していく必要がある。それによって、発信や行動が難しい人に波及していくことになるから」ということです。私は、とくに野心家ではないですが、誰かのため、後輩のため、と思えると頑張れるんです。

阿部:まさに利他の心ですね。昔からですか?

平野:うーん、たぶん、小さい時から自分より先にロールモデルがいなかったことが関係しているかもしれません。私は小学校3年生の時に乙武さんの本を読んで衝撃を受けて、ロールモデルを見つけられたけど、田舎に暮らしていたから、身近に活躍している障害者もいない。外出している障害者すらいないような田舎で育ったから、身近にいないなら自分がロールモデルになろうと思って育ってきました。

阿部:きっと平野さんにとっては、利他でもあり、利己でもあるんですよね。自分がロールモデルになることは、自分を満たす作業でもあり、それがあるから、誰かのために活動しようと思える。

平野:そうですね。私は、障害のある人は、生活していく上でいろいろとサービスを受けるから、TAKEが多いと思っています。だから、まず私はそこに感謝して、それがあるから生活が出来ていると感謝しつつ、恩返しではないけど、社会にGIVEしていきたいと思っています。それが、あとに続く人への道づくりだと思っています。それが社会の循環だと思っているし、それがより良い社会を作っていくことだと思っているのです。

阿部:平野さんのお話を伺っていると、「自分らしさとは何か」、「DE&Iとは何か」について、具体的に理解できました。実体験のある語りの大切さですね。

平野:そうです。会社にあるダイバーシティのスローガンよりも、私の実体験を交えて話す機会があった方が、もっと説得力があると思うのです。

私の話を聴いて下さった方が、「そうか!それが『自分らしく』ってことなのか!」と、思って下さったら嬉しいなと…。「自分らしく働く」ってスローガンで言われても、抽象的で、理解に困るなって思う時があるので。

阿部:仰る通りですね。平野さん、本日は本当にありがとうございました。

インタビューを終えて:

インタビュー当日、インタビュー場所に行くまでに、平野さんとエレベーターに乗りました。その際、平野さんから「私が上の階に行くには、エレベーターに乗るしか手段がありませんが、だからといって、健脚の人たちに譲って欲しい…とは思わないのです。もちろん譲ってくれたら有難いですけどね。エレベーターに乗るときは、誰しもが順番通りに並ぶので、それと一緒だと思っています。ただ、これは私の意見であって、譲るべきと考える当事者の方ももちろんいらっしゃいます。」というお話を伺いました。最近は、商業施設に“優先”エレベーターが登場したり、「譲るのが良いこと」であり、「車椅子ユーザーの人たちが望んでいること」と思いがちですが、周囲に何を求めるかは一人ひとり異なり、「理想とする社会」の描き方も一人ひとり異なることを改めて感じました。
「正解」はない。
だからこそ、「これからの障害者雇用」を考えるにあたって、様々な想いのあるプレイヤーと対話し、未来図を描いていく作業が大切なのだなぁと思いました!

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