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私が風に聞いたこと


 「ああ、そうです。丁度ほら、こんな風に雨が降り続いていた時のことでしたね。青い空がまるで思い出せなくなるほど、毎日毎日が雨でした。

 あそこの小さな公園があるでしょう。
 そこで赤い傘を持った子供と水色の傘を持った子供が楽しそうに遊んでいました。
 そう、子供は雨なら雨の、晴れなら晴れの遊び方をちゃあんと知っていますからね。ぬれることが嬉しくて、赤や水色の傘がうれしくて、どろんこがおかしくて、笑い転げていましたよ。

 でもね、ふいにひとりが思ったのです。
(いつから雨は降っているの? ずっと昔からのような気がする。) 
 空の色はどんより。もしかしたら、もしかしたらってね。

 そしてもうひとりも思ったのです。
(いつから雨は降っているの?もしかしたら、どこか知らない所で、見えない所で、とても悪いことがおきているのかもしれない。それか今、とても悪いことをしているのかも、いけないことをしているのかも?)
ってね。

 それから二人は、潰れたどろんこまんじゅうをしばらく見ていました。
カナシイキモチ。(悲しいってなあに?)
 ふたりは心の中で思いました。ひとりはもうひとりに、もうひとりはひとりに、何か言わなくちゃいけないと思っています。

「でも何を!?」 

 結局黙ってしまったまま、五時のサイレンが鳴りました。「もう帰らなくちゃ」「帰らなくちゃ」そう言ったきり、下を向いたままひとりは東の出口、もうひとりは西の出口から家へ帰ってゆきました。とぼとぼとぼと。


 その晩、お風呂に入って、ごはんも食べて、大好きなテレビアニメを見てベッドに入っても、あのもやもやとした不安はなんだでだろうって考えると、ふたりはなかなかねむれませんでした。

 窓を開けると、雨は少し休んでいるようで、雨雲と雨雲の隙間から小さな星がたくさんのぞいていました。ひとりは窓辺で、もうひとりはベランダにしゃがんでいました。私はふたりのそばをゆっくり届くように吹いて、そっと耳うちしました。

 「どうだい、見てごらん、星が見えるだろう。
  あれはゆっくりゆっくり回っているんだよ。
  君たちにはほかに色々と見なくちゃならないことがあるだろうから、
  わからないかもしれなくても、いつも同じようにまわっているんだよ。   
  いつも同じ光であって、同じではないさ。
  雨の時は雲に隠れて、昼間は太陽の光で見えなくても。
  感じていても、感じなくても。
  いつも光は、ここに届いてくれているんだよ。」

 私はひゅいっとひとつ音をたてて、またずっと上の方にかけてゆきました。
 違う場所で同じ声を聞いたふたりは、しばらくポカンと星空をのぞいていました。
 ふいにひとりはなんだかおかしくてヘヘっと笑ってベランダを降りて寝床につきました。もうひとりは優しい気持ちになって、嬉しくなってクマのぬいぐるみを抱きしめに、窓辺を離れました。

「そう、心配することなんてないの」

 次の日、やっぱり雨は降っていましたが、赤い傘と水色の傘を持った子供が、それぞれあの小さな公園へ駆けてゆくのを私は見たんです。」


(1999年著)


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