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新「公用文作成の要領」影響その2 企業はお役所文章を真似ている?!(前編)

「公用文作成の要領」は、学校の教科書にも影響がある。
今、「新「公用文作成の要領」(仮)」(案)
に関する意見募集をしている。
そんなことを、前回の記事に書きました▼

今回は、企業への影響を書いてみたいと思います。

といっても、以前、
週刊東洋経済「2021年8/7-14 合併特大号 無敵の文章術」
に寄稿した記事の「元原稿」(編集・校正前)です。

隙がないビジネス文書は役所の文章を研究せよ


役所の文章は手本となるのか

役所の文章は、非の打ち所がない。
真似ておけば、格式高く、隙のない文章が書ける
――もし、そう思っている方がいたら、
それは非常にキケンであることを、まずはお伝えしたい。

筆者は元公務員であり、数多くの「お役所文章」を
読んだり書いたりしてきた。
現在は独立し、文章の危機管理コンサルタントとして、
文章の書き方に関する書籍を書いたり、
講演を行ったりしている。

そんな中で繰り返し目にするのは、
ちょっとした勘違いによって、
突っ込みどころのある「隙のある文章」を
書いてしまっているケースだ。
これは役所だけではなく、企業も同じである。
いったい、どこがキケンなのか、以下に解説する。

「お役所文章」のルールは法律と同じ

国や自治体の業務はすべて、法律に基づいて執行されている。
そのため、行政の文章は、法律の書き方と同じルールにする
という「お約束」が半世紀ほど前から存在する。

例えば、「申し込み」を「申込み」と書くなど、
世間一般とは異なるルールもある。
学校教育では「申し込み」と習うが、
法律・行政の業界では、執務効率を優先するため、
送り仮名を省略するケースが多くあるのだ。

このような特殊なルールの一つに、
「又は」「及び」といった接続詞の使い方がある。
社会一般でもよく使われる語ではあるが、
これが法律や行政の文章で使われたときには、
特定の意味を持つ。

考えてみれば当然のことだ。
言葉の定義や明確な規則がなければ、
人によって解釈が異なってしまう。
それでは、法律や条例、各種規則が存在する意味がない。

しかし、こういったルールは、世の多くの人が知らない。
そのため、安易に行政の文章を真似ると、
理解してもらえなかったり、誤解されたりするのだ。

特定の意味を持つ「又は」「及び」

法律や行政の文章では、「及び」「並びに」は「A and B」、
つまり「AとB」という添加・並列の意味だが、
「並びに」は単独では使わない。
「及び」が使われている文で、
結びつきに大小があるときにだけ「並びに」を使う。

例1:
支給の始期及び終期

(人事院規則)
※「支給の始期並びに終期」とは書かない

「又は」「若しくは」は「A or B」、
つまり、「AかB、どれか一つ」を意味するが、
「若しくは」は単独では使わない。
「又は」が使われている文で、
結びつきに大小があるときだけ「若しくは」を使う。

例2:
人を殺したものは、死刑又は無期若しくは三年以上の懲役に処する

(刑法199条)

この条文では、刑罰として、
「死刑」か「懲役」のどちらか一つを選択する。
「懲役」を選択する場合は、「無期懲役」か「3年以上の懲役」か、
どちらか一つを選択する。
これが正しい解釈となる。

このようなルールを知らずに、法律や行政の文章を真似ると、
人によって解釈が異なる「隙のある文章」となるおそれもある。
それが例3-Aである。

例3-A
お子さま向けプランにご加入いただける方は、満期日において満23才未満の方または学校教育法に定める学校に在籍する方および入学手続を終えた方で扶養者がいる方となります。

(ある保険の重要事項説明書)

安易に行政の文章を真似る落とし穴

例3-Aは、「お子さま向けプラン」の加入条件を説明したものだ。
では、「学校教育法に定める学校に在籍する方」で、
扶養者がいない人は加入できるのか、できないのか。



・(シンキングタイム)


実は加入できないのだが、
加入できると解釈する人もいるであろう。
なぜならば、「又は」や「及び」が
どのような意味を持っているか、
言い換えれば、どこに係り、どういう文章構造になっているのか
がわからないからである。

結果、トラブルとなることも予想される。
これは「隙がある文章」の典型だ。
ビジネス文章は、「誰が解釈しても答えが同じ」
になるよう書く必要がある。

一般的な会社員が、法律や行政のような文章――
例えば契約書や約款を書く機会は極めて少ないであろう。
しかし、それらをもとに、顧客向けの説明をしたり
パンフレットを作ったりするときには注意が必要である。
契約書や約款にある「又は」を「または」に変えたり、
「です」「ます」などの敬語表現を追加したりするだけでは、
正確に伝わらない可能性が高い。
例3-Bのように大掛かりな書き換えをするのがお勧めだ。

例3-B
お子さま向けプランにご加入いただける方は、満期日において、以下の①~③いずれかの条件を満たす方です。
 ①満23歳未満の方
 ②学校教育法に定める学校に在籍する方で、扶養者がいる方
 ③学校教育法に定める学校への入学手続を終えた方で、扶養者がいる方

特に、加入や申請などの条件、
「~の場合」といったケースごとの説明などは、
箇条書きにすると、解釈の「揺れ」をなくすことができる。

国の文章の「あるべき姿」に学ぶ

この箇条書きによる書き換えは、
国語分科会からの提案に書かれていることでもある。
国語分科会とは、文化庁文化審議会に属する会議体で、
日本の国語施策をテクニカルな側面から検討する、
いわば「専門家会議」である。

その国語分科会から、令和3年3月12日に、
「新しい「公用文作成の要領」に向けて(報告)」が提案された。
これは、国の文章の書き方を見直したもの(70年ぶりに!)だが、
自治体や企業など社会一般でも役立つ内容となっている。

ここに記されている新しいルールは、例えば、

  • 1文が50~60字程度になってきたら、読みにくくなっていないか意識する

  • 厳密さを求めすぎない

  • 文書の目的や種類、読み手にふさわしい書き方をする

など、具体性の高いものや、時代に即した画期的なものも多数ある。

例3-Aは一文が81字で、例3-Bは一番長い文でも49字である。
このように、一文の長さが60字程度に収まるよう意識すれば、
複雑な文は書けない。
これは、誰でも使えて、客観性の高い「わかりやすさのモノサシ」となる。

また、前述の「又は」「及び」などを使って厳密に書いても、
そのルールを読み手が知らなければ、結局は正確に伝わらない。

稟議書や企画書など社内文書であれば、
社内でだけ通用する言葉を使っても、
むしろわかりやすくなるかもしれない。
しかし、組織外部に出す文章は事情が異なる。
文章の目的は何か、読み手は誰なのかによって、
ふさわしい表現、選ぶべき言葉が異なる。

「隙がない文章」とは、「格調高く厳密に書いた文章」ではなく、
読み手が理解できて、誤解のしようがない文章である。

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