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サポートを得るー鴨を背負った葱

 さて、意地汚いハンティングから日の目を見た訳書のご紹介です。
 昔いただいたアドバイスのなかに「韓国の文芸書は映像化の予定がないと翻訳は出せない」というものがありました。正直いうと〈書籍でバズったら即映像化〉という流れには今でも抵抗があるのですが、どの業界もボランティアではないので、助け合って食べていかなくてはなりませんよね。
 今では逆に「映像化されるような韓国のエンタメ文学は厳しいですね」と言われたりします。「映像化されたら純文学じゃないのか?」という疑問はさておき、物事にはタイミングがあるのですね。前作は最初の持ち込みから刊行まで6年かかりましたが、今回はなんと15年。実は途中であきらめて何年も放置していました。本書を五十嵐真希さんが紹介してくださっています。

 著者は本作で〈文学トンネ小説賞〉を受賞して単行本デビューを果たしました。韓国の出版社と文芸誌、文学賞については、すんみさんが紹介してくださっています(20-27p)。

 著者の2年前には親しい作家仲間である先輩が同じ賞を受賞しています。

 いずれの受賞作も荒唐無稽で映像化できない長編ですが、面白くて先が気になってバーッと読んでしまうんですよね。読んだときの自分の置かれた状況や心境によって刺さるシーンが違ったりします。

 放置していた作品を再び手にとったのは現地での原書ハンティングがきっかけでした。ソウルの大型書店でも文芸書のコーナーは小さくて、国内文学はびっくりするほど少ないんですよ。ジャンル別ランキングにはずっと同じ本が並んでいたりします。「文芸書ってどこでも贅沢品なんだな」としょんぼり棚を眺めていたら、見覚えのある黄色い背表紙があるではないですか!
 例によって奥付から見ると、地道に版を重ねています。むかし捨てた子どもが立派に育った姿を目の当たりにしたようで泣きそうになりました。
 ちなみに修道院のゴミ箱から拾われて殺し屋になった主人公の物語はこちらです。本作はフランス推理文学大賞の候補になり、著者を〈韓国ノワールの旗手〉たらしめるきっかけとなりました。

「もうあれこれよそ見をして逃げるのはやめよう」と腹をくくり、現在の日本のマーケットに合わせて企画を練り直して向かったのは日本の出版社ではなく、国内作品の翻訳出版を支援してくれる韓国の非営利法人でした。

 韓国では日本の小説がよく読まれ、翻訳された作品がなぜか〈国内文学〉のカテゴリーに入れられてランキング上位を占めていたこともありました。  韓流ブームで映像コンテンツの輸出は順調でしたが、文芸部門は輸入超過だったので、国家事業としてサポートに乗り出したわけです。私は仕事で韓国の法律の改廃をチェックすることが多いのですが、とにかくロックオンしてからの行動が早くて趣旨が一貫しています。”走りながら考える”弊害はあるものの説得力があるんですよね。
 話を戻すと、サポートを受ける方法は二つ。一つは定期的に行われるコンペ(現在は半年ごと)に応募して選ばれる方法、もう一つは先に出版社を決めてから申請する方法です。出版さえ決まれば支援内容は同じです。
 コンペではあらゆる言語を同じテーブルに載せ、応募者の名前を伏せて四度の審査が行われます。もちろん試訳や企画書の質も問われますが、韓国における作品の重要性や支援言語のバランスといった要素も加味されます。支援が決まってもイコール訳者に選ばれたわけではありませんし、作家によっては著作権を管理しているエージェンシーが決まっており、なかには応募できない作品もあります。

 ほぼ実績がない私はコンペ一択でした。支援が決まった作品の約1/3に相当する訳文(すでに提出した試訳を含む)を新たに提出して日本の出版関係者の審査を受けます。「もう少し詳しい企画書か全訳がほしい」との意見にしたがって全訳を進めました。この作品は文体の面白さも大きなポイントだからです。
 コンペのよいところは、直接的な経済的支援もさることながら、作品と訳文の質がある程度担保されて持ち込みのハードルがぐっと下がることです。場合によっては、翻訳を出す国の売れ筋のジャンルや検討してくれそうな出版社などを教えてくれることもあります。

 版権が空いていることを確認して、いよいよ売り込み開始です。持ち込み先の目安として「先行する類書がある」があげられます。編集者でもある斎藤真理子さんから「まとまったシリーズでないと書店の棚が取りにくい」というお話を聞いて辿り着いた作品がありました。

 同世代の作家による社会風刺も込めたファンタジックな長編です。イラストも描くし音楽評論も書くマルチプレイヤーで、小説一本に絞って活動している著者とはかなりタイプの違う書き手ですが、社会に対するスタンスというか距離感が似ている気がしました。
 訳者解説に載っていた編集者に連絡をとると検討を快諾してくださり、三週間後に出版が決まりました。ひそかに「シリーズものぽく見えたらいいな」と思っていたところ、同じ方に装幀を担当していただけることになりました。

 これでもかとゲラに手を入れながら思ったのは、訳文の出来云々よりも〈輸出すべき作品〉という位置づけのほうが大きかったのだろう、ということでした。現地の版元が『韓国型スリラーが25ヶ国に輸出された理由』という動画で作家の創作活動を紹介しています(字幕つき)。

 作家はメディアのインタビューで「基本的に自分が生きてみたい人生を書いている」と答えています。作品の舞台を訪れるのは、ディテールを取材するというよりも、その場所が醸し出す空気を浴びて着想を得るためだそうです。実際に半年ほど遠洋漁船に乗り込んだりもしています。
「文芸作品には忠武路(映像制作に関する施設が集まる区域)的な要素があるべき」「短編をいくら書いても長編を書ける筋肉は育たない」と述べているように、作家の真骨頂は映像が鮮やかに浮かび上がってくる長大な物語です。エンタメ要素がふんだんに盛り込まれながら純文学にとどまり、いつのまにか分厚い本を読み切らせてしまう不思議な世界を、これからも紹介できれば……と思っています。

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