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どうしていきなり城郭検定2級を受験しちゃったか考えてみた話

日本のお城の基礎知識からさまざまなエピソードまで、お城を知ることで日本の歴史と文化を掘り下げる「日本城郭検定」を受験しました。

お城が好き?

「嫌いじゃないけど好きなのは神社」

戦国が好き?

「歴史は好きだけど戦国は入ってこない」

『麒麟がくる』は桶狭間までは見た。松本城には何度か登っているけど、あとは同じく国宝の姫路城、彦根城に行ったことがあるレベルのお城ビギナーの私が、なかなかの難易度の2級にエントリーしてしまったのは本当に血迷ってというか、ステイホーム中だったからに尽きるのですが、結局なんだか忙しくなって勉強時間がなくなってしまい、もう後の祭りでしかありません。

2級が一体どんなレベルなのかというと、たとえば過去問から…

次の戦国武将の中で、居城が山城でなかったのは誰か。
①真田昌幸 ②毛利元就 ③上杉謙信 ④尼子経久

なんか全員山っぽいし!!(正解は①)

とか、

黒船の来航後、沿岸防御が急務となり、大砲を備えた砲台「台場」が盛んに築造された。江戸湾の台場担当は三つの譜代藩だが、江戸湾海防の任ではない藩はどれか。
①会津若松藩 ②忍藩 ③川越藩 ④佐倉藩

江戸湾にいちばん近いの佐倉ちゃうんかー!!(正解は④)

とか、初めて過去問をやったときはもう「知らんし!!」の嵐。お城の構造や築城~廃城の歴史はもちろん、武将・大名の知識も求められますが、何となくでも地理や地形が頭に入っていれば正解を導きだせる問題もあるので、やっぱり社会の勉強って大事。

どうして、今まで手つかずゾーンだった城、そして戦国相手にこんなことをしているのか? 考えてみました。

御朱印めぐりがままならない

そもそも古代史が好きで、神社が好きで、旅=神社で、ここ数年は御朱印をいただくのが目的のひとつにもなっていましたが、そんな御朱印めぐりも軒並みできないコロナ事情で、旅の代りになるのが「城」だった(なぜ神社検定ではなかったのか)。

船が来ない

そもそも船も好きで、1年前は「ふねの文化検定」を受けていました。海上自衛隊のイベントも毎年行ってたのが今年はないし、「客船友の会」にも入会したのに、コロナ事情で船が来なくなってしまったのです。それで船の代りに「城」。

石が好きだった

そう、石が好き。だから石垣を間近で見たくなって江戸城に行ったりはしていました。石垣を見るとざわざわするのです。2年ほど前には突然、江戸の治水ブームが訪れたりはしていたので、きっと少しずつ「城」へ近づいてはいたのだと思います。一応出身も城下町だし。

という、概ねコロナのせいで、思い立っていきなり2級受験にいたったのではないかと思います。ちなみに初級でもある4級の過去問を3回やった結果がこちら。

3級からは問題数が100問になります。3級、2級ともに初回はひどいものだったけど、それぞれ4回分の問題×3、試験前日までには90点台をマークできるように!という具合に直前に過去問をやり込んで臨んだのですが、実際の試験問題は、

初めましてのお城

初めましての写真問題

過去問は、過去問はどこ…?

時事問題として明智光秀おさえておいたけど、どこ…?(去年だった?)

そんな1時間で疲れきったので甘いものを買って帰り、

自己採点をしたら58点…

甘くない。

冷静に、じっくり考えたら正解できたのが4問+勉強したはずのお城だからもっと細部まで頭に入れていれば正解できたのが10問。合格ラインは70点なので…次は受かる。

ねこねこ日本史から出直します。

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