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Stefan Hofmann先生の1日ワークショップ体験記②:「Process-Based Therapyのネットワーク図は,クライエントが描くもの」

※トップの写真は,2023年6月2日にWCCBT@韓国ソウルで撮影されました。左から,Stefan Hofmann先生 (Philipps-University Marburg),筆者=樫原 潤 (東洋大学),Steven Hayes先生 (University of Nevada, Reno),筆者の共同研究者の菅原 大地 先生 (筑波大学)。

2023年6月,世界の認知行動療法家が集まるWCCBTという大会に参加してきました!この大会には,筆者たちが翻訳を進めている『Learning Process-Based Therapy』の著者であるStefan Hofmann先生 (Philipps-University Marburg) やSteven Hayes先生 (University of Nevada, Reno) が登壇する企画も沢山あり,共同研究者の菅原先生とわくわくそわそわしながら参加してきました。

なかでも,初日のHofmann先生の1日ワークショップ『Process-Based Therapy』は格別でした!そこで学んだことを伝えるために,先日は下記の「ワークショップを通じて見えてきた,Hofmann先生のPBTにかける思い」の解説記事をアップしました。

本記事は,その続きです。「ワークショップでわかった,実際のケースでのPBTの始め方」について情報共有しようと思います。




前提情報:ワークショップの構成

私がWCCBTで体験したHofmann先生の1日ワークショップは,午前が座学の部,午後が実践の部という形でくっきり色分けされていました。

午前の座学の部では,『Learning Process-Based Therapy』の前半の章に沿った形で,PBTの大枠の解説がなされました。拡張進化論メタモデル (EEMM) や,書籍に載っていた「マヤ」という架空のクライエントのケースの解説などもあったのですが,ネットワークモデルについての解説がまあ熱い熱い。笑   よほどネットワークが好きなのだろうなということが伝わってきました。

そして午後の部では,「インテーク面接で,どのようにしてクライエント個別のネットワークモデルを描いていくのか」というポイントにワークショップの焦点が絞られていきました。セラピスト役のHofmann先生とクライエント役の協力者1名のやり取りをじっくり観察したあと,フロアの参加者同士で4~5名程度の小グループを組み,ロールプレイと振り返りのディスカッションを2セット体験しました。

上記のうち,午前中の座学の内容は,『Learning Process-Based Therapy』の書籍や国内外の学会発表を通じてある程度出回っているかと思います。一方で,「PBTの枠組みに沿った臨床を実際に始めるにはどうしたらいいのか?」という情報はまだまだ乏しいです。私自身,ロールプレイで自分なりに四苦八苦して「ああ,PBTってこういうことなのかな」と実感したことが多かったので,以下ではロールプレイの体験から学んだことをまとめていこうと思います。


PBTのインテーク面接のロールプレイから学んだことのまとめ

ネットワークモデルは,インテークをやりながら,クライエントが描いていく

Hofmann先生が実演のなかでもロールプレイの指示でも強調していたのは,「紙とペンを渡して,クライエント自身にネットワークモデルを書いてもらおう」ということでした。これがまず何よりも新鮮でした。

『Learning Process-Based Therapy』の書籍は,セラピストとクライエントの会話が一通り展開されたあと,「それでは,いまの会話をまとめてみよう」という段落が配置されています。現場の臨床実践でも,多くはこれと同様の進行を取ってきたことかと思います。たとえば認知行動療法のケースフォーミュレーションの場合,基本的には「セラピストとクライエントでひとしきり会話したあと,セラピストのリードのもと,会話を要約して図にまとめていく」という進行になるかと思います (「同じ用紙を2人で眺めながら会話を進める」という場合もありますが,「この図に沿ってものごとを整理しましょう」とセラピストがリードしていく点ではそんなに違いはありません)。

一方,PBTのロールプレイは,「話の途中で,クライエント自身がどんどんネットワークモデルを描いていく」という進行になっていました。「最近何をするにもおっくうなんです・・・外に出る機会も減っちゃって・・・」とクライエントが発言するそばから,「では,それをまずノードにして描いてみましょう」とセラピストから促していきます。さらに,「それらのノードと関連しそうなことは他にありますか?」「このノードとこのノードはどうつながっていそうですか?単方向ですか?双方向ですか?」「この関連とこの関連だと,どちらが強そうですか?」等々の質問を投げかけていきます。

つまり,「用紙のどこに,どんなノードをどのぐらいの数配置するか」という判断の主導権は,常にクライエントの手の中にあるわけです。セラピストの問いかけは,あくまでクライエントの熟慮を促すためのものです。そして,「そういえば,ここの関連は双方向といえなくもないな」「もともとあるこのノードに対して,新しいノードをどのぐらいの距離に置くのがしっくりくるかな」と試行錯誤するなかで,「クライエントの,クライエントによる,クライエントのためのネットワークモデル」が徐々に形作られていきます。

ネットワークモデルの一例 (『Learning Process-Based Therapy』のFigure 2.5を筆者訳)。たった5個のノードでも,「こんがらがった複雑な事象」というの感じを視覚的に表現できます。実際のセッションでは,「反すう」といった学術的タームよりも「ぐるぐる考えて止まらない」とかでノードを作るのがベターでしょう。

ちなみに,ロールプレイ後Hofmann先生に「(通常のインテーク面接と同様,ひとしきり話をしたうえで) セラピストがネットワークモデルを描くというバリエーションもありですか?」と尋ねたところ,明確にNoというお返事でした。あくまでクライエントに主導権を委ねるべきだという強いメッセージ性が,そのお返事から感じられました。『Learning Process-Based Therapy』の書籍にも「クライエントの言葉と体験を,そのままネットワークモデルに反映させよう」という主旨のことが書いてありましたが,まさにそのマインドを地で行くHofmann先生の姿勢が強く印象に残りました。


セラピスト側の様々な先入観が,ネットワークモデル作成の邪魔になり得る

「クライエントの言葉と体験を,そのままネットワークモデルに反映していってもらう」というのは,いざ実際にやろうとするとすごく難しい!これがロールプレイを通しての第二の気づきでした。

筆者自身がセラピスト役を実際にやってみると,自分で自分が情けなくなるぐらい,「インテークだからこうしないと」という先入観と闘いながらのぎくしゃくしたやり取りになってしまいました。また,ロールプレイを同じグループでご一緒した他の先生方からは,「認知行動療法でよく用いるあの図式に誘導したくなってしまった」といった感想も聞かれました。

でも,そういった様々な先入観をぐっとこらえて「じゃあそれを (ノードとして) 紙に書いていきましょう」「この2つ (のノード) はどうつながりますかね」という言葉を投げかけていくと,案外自然に時間が流れていきました。考えてみれば,「インテークはこうやるもの」等々の先入観はセラピストが勝手に作り上げたもので,初めてのクライエントさんからすればむしろPBT式の方が「自分の問題をじっくり取り扱えた」という実感を得やすいのかもしれません。過去に心理療法を受けた経験があるクライエントさんにとっても,「ありがちなインテーク面接」とは違う導入が新鮮に響くかもしれません。

クライエント独自のネットワークを描いていくためには,まずはセラピスト側が余計な先入観を捨て去り,クライエントの話をまっすぐ聴くべきだ――そのような教訓が,普段のインテーク面接とは大きく異なるこのロールプレイ体験から導けるかもしれません。


「クライエントの体験や言葉をそのまま形に」というのを実現できれば,本当の意味での「その人固有のモデル」が出来上がる

ここまでまとめてきたやり方に沿って進めていくと,「モデル全体がどのような大きさ・形になるかも,目の前のクライエント次第」ということになります。

これって,実はすごいことだと思うんです。従来の心理療法であれば,セラピストの側がそれぞれの学派に則って,何かしら形の定まったモデルを提示してやり取りを進めることが多かったと思います。たとえば,認知療法の伝統的なABC図式のシートを提示して,クライエントから「出来事 (A)」「信念 (B)」「結果 (C)」についての情報を収集していくといった具合いに。これに対して,PBTではモデルの大きさや形を事前に定めない。モデルの形を決めるのはクライエント自身なのだという,「徹底したクライエント中心主義」とでも呼べそうな姿勢がこの辺りからうかがえます。

モデルの大きさや形を事前に定めないというのは,数量データを用いた心理ネットワーク分析と比較しても大胆な試みといえます (心理ネットワークアプローチ/理論/分析についても解説したいけれど,記事が長くなりすぎてしまうので,リンク先記事の樫原の話題提供スライドを適宜参照してください・・・!)。

心理ネットワーク分析では,「いまからPTSDの諸症状で構成されるネットワークを実データに基づいて推定する」「PTSDの諸症状は,17項目の質問紙尺度で測定する」といったことを研究者側が事前に決定します (そうしたことを決めない限り,データセットのうちどこからどこまでの変数を推定に用いるかが定まらないので,分析を実行できません)。つまり,「一般論としてPTSDってこういうものだから,あなたの問題をぴったり言い表しているかはわからないけれど,このモデルをあてがっておきますね」というのをここではやっているわけです。

PTSDの個別症状17種類の相互作用を図示した偏相関ネットワーク。詳細については,下記リンク先の論文を適宜ご参照ください。

もちろん,上記のように心理ネットワーク分析を実施する場合であっても,ノードの配置やエッジの太さ等々まで研究者側が事前に指定することはありません。この分析をうまく導入すれば,「あなた個人からデータを反復測定して,あなたの場合にPTSD症状のネットワークモデルがどんな様相を示すか確認しましょう」というクライエントに寄り添ったやり取りもできるでしょう。しかし,「目の前のクライエントの問題を『PTSDの諸症状』だけで言い表すのが本当に適切なのか」という根っこの部分は,上記のやり方では検討されていません。こうしたやり方と比べると,「ネットワークモデルにどのような要素を何個含めるか」「ネットワークモデルを全体としてどのような形にまとめるか」という土台の部分までクライエント主導で考えてもらうPBTのやり方が,いかに徹底したものか実感していただけるのではないでしょうか。「目の前のクライエントに固有のモデル」をクライエント自身の手で描き出すことに徹底的にこだわるところに,PBTのインテーク面接の独自性があると言えそうです。


おわりに

本記事では筆者が体験したPBTのインテーク面接のロールプレイをもとに,「PBTってここがすごい!」と思ったことをシェアさせていただきました。

なお,ひとつ断っておきたいのは,ここで紹介したのはインテークという「PBTの一端」に過ぎないということです。PBTのセッションはインテーク以降も何度も続きますし,「クライエントが手作りしたネットワークモデルだけを頼りに進める」ということではセラピーが途中で頭打ちになってしまうことでしょう。そうした事態を回避し,かつネットワークモデルをより洗練させてセラピーに役立てるための工夫 (例:EEMMというメタモデル,EEMMグリッドというツール) がPBTには詰まっているので,『Learning Process-Based Therapy』の書籍などではぜひそこにも目を向けてみてください。また,それらを実際の臨床現場でどう活用すればいいのかも,みなさんと一緒に今後議論していければと思います。

ただ,「1回目のセッションにこそ,そのセラピーの一番大事な本質が詰まっている」というのもまた事実だと思います。『Learning Process-Based Therapy』の書籍で示されているモデルやツールの数々を表面的になぞり,「クライエントの体験や言葉をそのまま形に」という根本の部分をおろそかにしていたのでは,なかなかよいセラピーにはならないでしょう。これからPBTがどの程度広まっていくのかは予測できませんが,この記事に書いたような「PBTの姿勢」は,ぜひ多くの人に大事にしていただきたいと願っています。


おまけ①:翻訳書『プロセス・ベースド・セラピーをまなぶ』が発売されました!

本記事でもたびたび言及されている『Learning Process-Based Therapy』の書籍ですが,2023年10月18日に,翻訳書『プロセス・ベースド・セラピーをまなぶ』が金剛出版より発売となりました!出版に至るまでにいただいた,沢山の方々からのお力添えに感謝します。

金剛出版の書籍サイト上では,Hofmann先生とHayes先生からのビデオメッセージや読者特典など,様々なコンテンツを配信しています。ぜひ,書籍と一緒にお楽しみください!


おまけ②:『PBT勉強会』の参加者募集

筆者 (樫原) たちのグループでは,『PBT勉強会』というオンラインコミュニティを運営しています。PBTについて興味のある人たちが,ゆるーく交流して情報交換するためのコミュニティとなっています。概要や参加方法は下記の記事にまとめましたので,少しでも気になる方はぜひ積極的にご参加ください!


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