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ザ・たこさん@渋谷クラブクアトロ

2023年12月11日(月)

渋谷クラブクアトロで、ザ・たこさん。
「ザ・タコサンアワー~ザ・たこさん結成30周年記念ワンマン~」。

あまりにも素晴らしいライブだった。
こういうザ・たこさんを僕は観たかったのだ。

生聞161分(2時間41分)。
ヨシ・オカダが2022年3月に(サポメンを経て)正式加入し、今の体制になって1年と9ヵ月。このメンバーによる東京での長尺ライブは、これが初だった。

現体制になってからの、これが間違いなくベストライブ。2004年のフジロック・苗場食堂で初めてザ・たこさんを観て衝撃を受け、以来19年間追いかけて観てきたなかでも、このライブはトップクラスの出来だったと僕は思う。

まずメンバーそれぞれのプレイヤビリティ。活動休止前の最後の東京、最後の長尺となるこのライブに臨む意識/気の持ち方がそれに反映され、4人ともが十二分に実力を発揮していた。イケイクゾーとヨシ・オカダはそれぞれソウルなどブラックミュージックのノリをよく理解して出せるスキルを持ったミュージシャンでありながら、歌手の“歌“を引き立てることも自分のバンドなどで長くやってきた。そのふたりの嚙み合わせがここにきてますますよくなり、ザ・たこさんの過去楽曲のリズムとグルーブの強度が一層増したように感じられた。山口しんじは、浮かれすぎることなくプレイに集中し、キレキレの演奏をしていた。楽しさに持っていかれることなく、1曲1曲気持ちを入れて弾くときの山口のギターはやはり相当いい。そして安藤八主博。声の出力とコントロールの仕方が素晴らしく、161分の長尺でありながら最後まで少しも掠れなかった。そこにプロの歌い手としての矜持が感じられた。そんな4人のアンサンブルのよさを感じながら、ああ、これがバンドなのだ、バンドの強さとはこういうことなのだと僕は思った。

それから、長い尺ながら(熱心なファンじゃない人も)飽きぬようによく練られた構成が見事だった。ざっくり言うと、前半戦を歌ものの名曲でかため、後半戦は怒涛のファンク攻勢、アンコールで再度歌ものの名曲という作り。そこには物語性があった。

「ザ・たこさん 年内をもって活動休止」。前の週に突然発表されたそのニュースに全てのたこ好きはショックを受けた。が、それを公演数日前に発表し、それを前提として安藤を中心にセットリストが組まれたことは、結果的にこの公演の物語性、ドラマチック度数を高める方向に作用した。いつもなら終盤かアンコールで歌われる「我が人生、最良の日」を頭にもってくることも、「サヨナラ生活」でアンコール(1回目)を締めることも、さらにつけ加えるなら登場前に浜田省吾「路地裏の少年」を流すことも、最後の東京公演であるということをみんながわかった上だったからこそ効果があった。通常のライブでそれがその位置に置かれたとしても今回ほどの感動には至らなかったはずだ。

前半から名曲のつるべ打ち。開始早々“人生“やって、“テーマ“挿んで、早くも“猪木“。“ダニエルさん“やって、“中之島公園“もやって、“愛の讃歌“もやって。と、珍しく序盤からバラードまたはミッドテンポ多めで、それも珍しかったが、この公演の意味を考えると、そこにも重みを感じることとなった。そして“バラ色“からの“漂流記“という2大名曲の流れには血が滾った。ああ、いい曲ばっかだ。名曲ばっかだ。ザ・たこさんにはこんなにも多くの名曲があるのだ。と、改めてそう思いながら、僕は落ち気味のときに“猪木“や“バラ色“や“漂流記“を聴いてどれだけ救われたかを考えてもいた。

ちょっと久しぶりの“馬場“に続いて、“オナラ“は現メンバーによる新アレンジがやけにかっこよくて新鮮だった(オナラがかっこいい、オナラが新鮮、ってなんやねん?!って話だが)。それに“初期のRC“からのRC“君僕”の歌詞がこの日はなんとも言えない感じで胸に刺さり、そこにこれまた初期の名バラッド“麻酔で眠らせて”が続いたのだからたまらない。“麻酔“の山口のギターソロには痺れた。

後半の“尾花““ナイスミドル““夫婦茶碗““チキンポーク“と続いたファンク攻勢は凄まじく、さらに烏賊様ホーンズ(梅津和時、多田葉子)を迎えての“QI(求愛)ダンス“はザ・たこさんのロックンロールサイドのひとつの骨頂であるようにも感じられた。

鳥賊様ホーンズとザ・たこさん(イカとタコ)の相性のよさはコロナ禍にムジカで行なわれた初共演を配信で見たときから感じていたが、先頃の晴れ豆公演からより呼吸の合い方が強まったように思えたし、なんたって梅津さんと多田さんのおふたりの、ザ・たこさんと一緒にやるのが楽しくてしょうがないといったその様子が、見ていて嬉しかった。しかもおふたり、晴れ豆でのイカ帽子に加えて、今回は白いビニールポンチョを着用し、かっこもイカに近づけていて。そのように遊び心が溢れ出るのもザ・たこさんとの共演が楽しくてしょうがないからに違いない。この日は“求愛““コッチマーレー““ケンタッキー“の3曲で共演。ホーン入り“コッチマーレー“のディープさは相当やばい。

鳥賊様ホーンズ(多田葉子さんと梅津和時さん)

そんな怒涛のファンク攻勢は、再び4人になっての“女風呂“(マントショー)で堂々、締め。最近になってセトリに復活した“女風呂“は、イケイクゾーとヨシ・オカダのリズム隊によってかつてよりも強度のあるものになっていて凄まじかった。

延長戦で久々に歌もの名曲“モ・ベターライフ“が演奏されたのも嬉しかった。山口さんがやりたいと言ったのかな。言うなればオーサカ・シティ・ポップ(ソウル)。今こそこういう曲がちゃんと再評価されるべきなのに、なんて思ったりも。

といった感じで、ソウルサイドとファンクサイド、過去の名曲群と音源化もされてない新曲群(“尾花““チキンポーク““もうええんちゃいまっか”)、その両方の混ぜ加減が絶妙であり、そこに30年の歴史がギュッと凝縮されているようにも思えたこのライブ。音響のよさも相まって、横綱相撲の如く圧倒的なバンドの強さを見せつけるものとなったのだった。まさにキング・オブ・キングス! 

正直言って、僕は当日までどんな気持ちでこのライブに臨んだらいいのかわからずにいた。このライブを観ながら自分がどんな気持ちになるのかもわからなかった。が、どうこう言ってもしょうがない。とにかくこのライブをとことん楽しもう。そう決めて会場に向かった。

感情は、言葉にするのが難しいし、したくないという気持ちもある。ただ、安藤が登場したすぐあとに気迫をこめて「我が人生、最良の日」が歌われたとき、自分でもどうしようもないくらいに涙が出てきて、おいおい始まったばかりなのにどうすんだよ?!と自分で自分につっこんだ。最後に歌われるとばかり思っていたので、不意を突かれたというのもあったかもしれない。それから「バラ色の世界」と「漂流記」が続いたところで昂まったらまた涙が出そうになり、延長戦で「サヨナラ生活」をやられたときにはボロ泣きした。涙をふきながら「さよな~ら~」と歌って大きく手をふった。あまりにもこのタイミングにもってこいの歌すぎて、まいった。ずるい。

でも再延長で「カッコイイから大丈夫」が歌われ、オーライ・オーライ・イッツォーライと一緒に歌っていたら、全てはオーライ、大丈夫なんだと意味もなくそう思えて、一気に清々しい気持ちにもなった。泣いて笑って昂って泣いて。何やら気持ちの動きの忙しいライブでしたわ。

ずいぶん昔にも書いた気がするが、僕は10代の頃、1979年に初めてRCサクセションのライブを観て衝撃を受け、以来、しばらく追いかけた。86年頃からはJAGATARAにハマり、江戸アケミが亡くなってバンドが終るまで追いかけた。ほかにもCharとかPANTAとか泉谷とか長い間追っていたアーティストは何人かいるが、バンドではRCとJAGATARAがなんといっても特別だったし、多大な影響を受けた。が、両方とも活動期間はそれほど長くなく、追いかけたと言っても数年のことだ。ザ・たこさんを初めて観たのは先にも書いた通り2004年のフジロックで、そこから19年間追い続けた。10代20代ではなく、40代のいい大人になってからこんなにハマったバンドはほかになかったし、こんなに長く好きでい続けることができたバンドもほかになかった。

30周年にして、活動休止。そりゃあ残念だけど、50代の大人が悩んで考えて決断したことだ。バンドは一丸となってこそバンドなのであり、ガンガン突き進めるときもあれば、休まないとダメなときもある。そういうものなのだ。それに、時間は必要だけど、全てが終りだとは僕は思ってない。動きを止めるのと動きを終えるのとでは意味が違う。止めるのは、終りにしないための選択なのだと、僕は勝手に解釈する。だから元気でいればOK。前さえ向いていればOK。

そんなふうに考えられるのも、この夜のライブがあまりにも素晴らしかったからであり、ザ・たこさんというバンドが他の追随を許さない唯一無二の存在であることを改めて実感したからだ。

こういうザ・たこさんを観たかった。そう思えるライブを最後に観ることができたので、僕は満足。何年か経ってまた、“人生ワンダフォー おおビューティフォー“とピースした腕をみんなで一緒に高く突き上げている、その絵を想像しながら、くたばらないよう生きていく。

DJはお馴染み、あうんさん・すうじぃ
呼出は、キチュウ
活動休止のビラを持ってフロアを歩く白塗り女将



●ザ・たこさんの過去作のライナーノーツ。この機会にご一読を。


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