尾道猫道中
コロナ禍中の夏の終わりのある日、私は広島から尾道駅へと降り立ちました。
瀬戸内海に面したレトロな風景が魅力の尾道は、猫の町としても有名です。
猫好きとしては一度は訪れたい憧れの場所でありましたが、山陽新幹線からローカル駅までやや距離があるなどの不便からなかなか訪問には至らず、今回広島旅行の帰りに、ようやく立ち寄る機会を得たところでした。
尾道~坂と猫の町~
駅舎を出ると、さっそく道端に3匹の猫が身を寄せあって昼寝しているのが目に入りました。
知らない人間が通りかかったことで、みな一応は気に留めたようですが、すぐに昼寝を再開しました。
「のどかな町だけに、尾道の猫はみなのんびりしているみたいだな」
私はそんな印象を受けました。
尾道駅の南側には瀬戸内海が広がり、北側には山が聳えています。
山の斜面には、古い伝統ある寺院仏閣がいくつも点在していて、その間を細い坂道が通っています。
この坂道から見下ろす景色が、とても素晴らしい。
尾道が「坂の町」と呼ばれる所以ですね。
そして坂道を歩いていると、至る所で猫に遭遇するんです。
山の斜面、標高144メートルの辺りに、緑豊かな「千光寺公園」の敷地が広がっています。
公園からは眼前に広がる瀬戸内海が見晴らせ、市民の憩いの場となっています。
その千光寺公園の中に建つ、一際目立つ寺院が「千光寺」です。
その千光寺をお参りしながら、ふと坂道から下を覗くと、石段の上に昼寝する猫の姿が見えました。
私は石段を下りて、猫の元まで駆け寄りました。
近寄っても、のんびりマイペースな尾道の猫は、なんの警戒もすることなく、昼寝を続けています。
坂道を散歩しながら周りをふと見渡すと、あちこちに猫の姿が見られます。
坂道の背景の、風情ある町並みの中に溶け込む猫たち……。
どれもなんと絵になる風景でしょうか。
猫の細道とその周りを歩く
千光寺の東側には、「猫の細道」と言われる路地が、200メートルに渡って縦断しています。
薄暗い路地には、石でできた猫のオブジェが置かれていたり、地面の石に猫の顔が描かれています。
さしずめ、屋外猫ミュージアムです。
コロナ禍中のため、通りを歩く人の姿はほとんどなく、視界の狭い通りをゆっくり撮影することができました。
ただ、「猫の細道」では、なぜか生の猫は1匹も見かけませんでした。
猫の細道の下方には、三重塔で有名な天寧寺が建っています。
ちなみに、このときはコロナ禍で行けませんでしたが、千光寺公園のすぐ下に建つのは、猫と警備員との攻防で有名な「尾道美術館」です。
千光寺公園から猫の細道、そして天寧寺にかけての200~300メートル四方の中に、尾道の主要な見どころがギュッと凝縮されています。
猫の細道から天寧寺の方へ下りてくる途中の坂道で逢った黒猫の首輪には、「ダイエット中です」の文字が書かれていました。
尾道の猫に逢いに来た観光客が、猫にごはんを与えていき、食べすぎや肥満の問題が発生しているのかもしれません。
やんわりとした問題防止策ですね。
なおこの日の宿は、千光寺から600メートルほど西にある「尾道ホテル・ビュウセイザン」という中級ホテルを取りました。
このホテルの客室からは、素晴らしい尾道の夜景が臨めます。
なお、ビュウセイザンの1階には、タイレストランが入っています。
宿泊客じゃなくてもレストランへ入れば、同じような夜景を眺めることができます。
謎のシェルター発見?!
そんな尾道の観光名所から、ちょっとだけ外れた通りを歩いていたときのことです。
この辺りには、地元の人々が暮らす住宅が並んでいるようでした。
その中に、まるで小さなテーマパークのような空間を見つけたのです。
これは一体……?
正面から見ると……
これは、保護猫シェルターでしょうか?
スペース全体が、ウェルカム状態。
雑然とはしていますが、屋外猫カフェに見えなくもない。
すると中で、年配の夫妻が談笑している姿が見られました。
私はご夫妻に向かって、
「すみません、ここは保護猫カフェですか?」
と尋ねてみました。
すると奥様の方がが、
「私がここで、猫の避妊手術と保護をしています」
と答えました。
個人でやっている保護猫シェルターということです。
奥様は続けました。
……この辺には、もともと野良猫が多くいたそうです。
が、自治体はそれを放ったらかしで、野良猫は増えていく一方……。
見かねた奥様は、自腹で猫たちを避妊手術して、地域猫としてここで保護しているそうです。
奥様は、さらに憤ってこう言いました。
「役所は何にもしないんですよ。とんでもないでしょう?猫の町で売っているのに」
私は激しく同意しました。
そして、入り口に設置されていた募金箱にほんの少しカンパし、中へ入れてもらいました。
中にいたのは、1匹の大きな茶トラ猫。
シェルターの一番人気、チャースケくんです。
少しモフらせてもらいましたが、何事にも動じないどっしりした存在感を感じました。
その他にも、シェルター周辺をうろうろしている数匹の猫たちの姿が見られましたが、すべて奥様が避妊手術させた、シェルターの保護猫だそうです。
現在ご夫妻のご自宅にも、ご夫妻が保護した猫たちが11匹暮らしているんだとか。
ご夫妻の猫愛には、頭が下がります。
猫が好きなだけでは、なかなかできることじゃない。
私はしばらく猫たちと戯れて過ごすと、ご夫妻に挨拶してお暇しました。
……坂道の陰から顔を出した猫たち、猫の細道、その他あちこちで見かける猫仕様のものたち……。
尾道は確かに猫の町で、観光のコンセプトとして、明らかに猫を前面に出して売り出そうとしています。
「役所は何にもしないんですよ。猫の町で売っているのに……」
さくらねこシェルターの奥様のセリフが、頭の中で繰り返されます。
確かに猫の町を謳って、猫で利潤を得ているなら、行政はもう少し管理責任を負うべきでしょう。
猫と観光業で潤った分、地域猫の避妊手術費用を行政が負担するとか、公営の保護猫カフェを創るとか、何かできることはないものかと、よそ者ながら考えてしまいました。
猫の多い町は、猫好きにとって癒されるしワクワクするけれど、人と猫が共存していくための課題も見せつけられた尾道猫歩きでした。
猫好きなら行ってみて!尾道へ来たら外せない店
ここで猫好き必見の、尾道でお勧めしたいお店を2軒紹介しておきます。
まずはここ。
尾道商店街の入り口手前にある「おやつとやまねこ」。
瓶詰めプリンを販売するスイーツショップです。
瓶にはかわいらしい猫のイラストが描かれています。
魚の醤油さしのようなものに入っているのは、レモンのソースです。
自然の素材の、懐かしくて素朴な味わい。
レモンのソースが、また瀬戸内海っぽくてよい。
プリンの甘さと、酸っぱいレモンソースのコントラストは、一度食べるとやみつきになります。
食べ終わったら、瓶も再利用できそうですね。
なお、「おやつとやまねこ」は月・火が定休日です。
次は、かわいい猫雑貨の店です。
「あめかんむり」は、尾道商店街の先にあります。
お店にいらしたのはオーナーの奥様でしたが、奥様の許可を得て、店内を少し撮影させていただきました。
ハードなものからソフトなものまで、大小さまざまな猫雑貨が取り揃えられていて、お土産選びにも最適。
……尾道には、猫を目当てに訪ねてくる観光客が大勢いる。
しかし、猫は持って帰ることができない。
そこで、持ち帰れる猫を提供しよう、というコンセプトで立ちあげられたのが、ここ「あめかんむり」だそうです。
猫好きには外せないお店ですね。
私は、棚に並んでいるまんまる猫のぬいぐるみと、小さな猫のマスコットを尾道の記念に購入してお店をあとにしました。
最後に猫がお見送り?きっとまた逢いましょう
こうして1泊2日の滞在を終え、私は宿をチェックアウトし、山を下山しました。
そして坂道を下りてくる途中、前日逢った黒猫と再会しました。
あとから白黒猫もやってきます。
私は足を止めて、身を屈めて2匹をモフッてやりました。
この子たちが、また大変人懐こいのです。
すると……
なんと2匹同時に、膝に乗ってきました。
両者譲りません。
さすがに2匹同時は重い!
しかしまた、なんと幸福な瞬間でしょう(笑)。
可愛さも2倍、癒しも2倍。
2匹の猫に同時に膝に乗られるなんて、生まれて初めての経験でした。
そのとき坂道を一人の女性が下りてきましたが、身動きが取れず道を譲ることができなかったら、さりげなく脇道に逸れて通っていってくれました。
私が
「すみません……」
と詫びると、
「大丈夫ですよ」
と答えて立ち去りました。
やがて猫たちも膝を下りたので、私は立ち上がって坂道を下って駅へ向かいました。
……あれからコロナも落ち着き、尾道の町はどのくらい活気を取り戻しているでしょうか。
観光客が戻ってきても、尾道の猫は今もマイペースで暮らしていることでしょう。
宿泊した「尾道ホテル・ビュウセイザン」の年配のスタッフが、
「春になると、この辺たくさん桜が咲いてきれいなんですよ」
と言っていました。
桜が舞い散る坂道を通り過ぎる猫の姿を頭の中で思い浮かべると、なんと美しい風景でしょうか……。
今度は春先に行ってみたいと、密かに希望しています。
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