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【132.水曜映画れびゅ~】『PERFECT DAYS』~昨日も今日も明日も~

『PERFECT DAYS』は、12月22日から公開されている映画。

巨匠ヴィム・ヴェンダースが主演に役所広司を迎えて製作され、今年のカンヌ国際映画祭で男優賞を獲得した作品です。

㊗️ アカデミー賞 ノミネート!

☆ノミネート
国際長編映画賞

第96回米アカデミー賞 結果一覧

あらすじ

東京渋谷の公衆トイレの清掃員、平山は押上の古いアパートで一人暮らしている。その日々はきわめて規則正しく、同じことの繰り返しのなかに身を置いているように見えた。ルーティンは孤独を遠ざけるものかもしれない。けれど男のそれはどこか違ってみえた。夜が明ける前に近所の老女が掃除する竹ぼうきの音が響く。それが聞こえると男はすっと目をあける。少しのあいだ天井をみつめる。おもむろに起きあがると薄い布団を畳み、歯を磨き、髭を整え、清掃のユニフォームに身をつつむ。車のキーと小銭とガラケーをいつものようにポケットにしまい部屋をでる。
ドアをあけて空をみる。スカイツリーをみているのか。光を見ているのかはわからない。缶コーヒーを買うと手作りの掃除道具をぎっしり積んだ青い軽にのって仕事へむかう。いつもの角でカセットテープを押し込む。カーステレオから流れてくるのはThe Animals のThe House of Rising Sun。
いくつもの風変わりなトイレを掃除してまわる。その日はひょっとすると声をひとつも出していないかもしれない。掃除を終えると夕方にはあのアパートに戻る。自転車に乗り換えて銭湯へゆき、いつもの地下の居酒屋でいつものメニューを頼み、そして寝落ちするまで本を読む。そしてまた竹ぼうきの音で目をさます。男の人生は木のようだった。いつも同じ場所にいて動かない。
同僚のタカシのいい加減さをどうして憎めないのか。いつものホームレスの男が気になる。清掃のあいまに見つける木漏れ日が好きだ。フィルムを現像してくれるこの店はいつまであるだろうか。
銭湯で出会う老人が愛おしい。古本屋の女性の的確な書評を聞くのも悪くない。日曜だけ通う居酒屋のママの呟きが気になる。今日はあいにくの雨だ。それでも予定は変えない。そんな彼の日々に思いがけない出来事が起きる。そしてそれは彼の今を小さく揺らした。

公式サイトより一部改編

ダメ元でオファーしたら…

パルムドール受賞作『パリ、テキサス』(1984)などで知られるヴィム・ヴェンダース。そんな巨匠が役所広司を主演に迎え、日本を舞台に公共トイレの清掃員の日常をつづった物語。

そんな本作は、製作経緯からして異色でした。

企画の発端は、プロデューサーの柳井康治氏が中心として取り組んだ"THE TOKYO TOILET"。渋谷区の公共トイレを素敵にリデザインしようという試みです。アーティスティックな建築によって、公共トイレを大切に使ってもらおうという発想から始まったことでした。

そこから、それを映像として残してみようという話になったときに監督として上がった名前が、ヴェンダースでした。

その段階で、役所広司にも声を掛けていたらしいです。「もしヴェンダースが監督をやるといってくれたら、受けてくれますか?」と問いかけられた際、役所さんは「そんなの断る人いないでしょ」と返し、「ヴェンダース監督とならやる」と言っていたようです。

そして断られることを覚悟でヴェンダースにメールを送ると…

I’m in参加するよ

と返ってきました。

昨日も今日も明日も

そんな本作で描かれるのは、役所広司演じるトイレ清掃員平山の日常。

彼の日々は、決して裕福には見えません。まだ外が薄暗い時間に起きて、古びたアパートを出る。そして東京の公共トイレを清掃。極めて丁寧に仕事をこなしていきます。

お昼になったら、ちょっと休憩。神社の木漏れ日を眺めながら、昼食を摂ります。

それからもう一仕事したら、夕方前には終了。それからは銭湯に行って汗を流し、呑み屋で晩飯を食べ、一日が終わっていきます。

ちょくちょくサブプロットも組み込まれていますが、基本的にはこのリズムで物語は進んでいきます。

無口な平山を中心に描かれる彼の日常。そこには「なぜ平山がこの仕事を選んだのか?」とか「この仕事をどう思っているのか?」といったことは空白となっています。

ただ描かれるのは、淡々と繰り返されているように思える日々。しかし、昨日は今日の複製ではありません。そして今日は明日の複製でもありません。一日一日同じことの繰り返しのようで、実は毎日に別々の物語があります。

人と人との関わりの変化、新たな学びとの出会い、そしてかれる想い…。

この映画からわかることは、そんな生活に平山は十分に満足しているということです。

憧れる"何か"

トイレの清掃員なんて、正直言って誰もやりたくない仕事です。エッセンシャルワーカーと言っても過言ではないと思いますが、その労働者の多くは生活的に困窮していて、仕事はきついにもかかわらず生活が苦しいという方も少なくないと思います。

しかし劇中で描かれる平山の姿には、そんな悲哀は全くありません。むしろ充実感がにじみ出ているようにさえ思えます。仕事を丁寧に行い、多くの人から好かれ、趣味と言えば読書と洋楽。

そんな平山の姿を、私は羨ましく思ってしまいました。そうは言っても、実際にその生活になったら「Netflix契約したい~!」って発狂したり、「こんな朝早くに汚れ仕事したくない」って愚痴ったりすると思いますが(笑)、でも「こんな生活できたらいいな」って思わせる”何か”が平山の生活にはありました。

今後の動向と、本作の問題点

そんな本作ですが、メディアで多く紹介されているように昨年行われたカンヌ国際映画祭にて役所広司が男優賞を受賞するなど、世界的にも評価が高い一作となっています。

そして今年行われる米アカデミー賞の国際長編映画部門に日本代表として選出。先日、発表のあったショートリスト入りも果たしています。

ただ、すでにノミネートの発表のあったゴールデングローブ賞には選出されなかったので「どうかな…?」と不安には思っています。ノミネーションの発表は日本時間で1月23日の夜なので、その時を待ちましょう。

・・・

そして最後に、本作の問題点に関して触れておきたいと思います。

といっても、私自身は2023年のベスト映画10選に選ぶほど本作を傑作だと思っています。ただ、SNS等ではいくつかの点が指摘されていました。

本作の最大の問題点は「トイレ清掃員の仕事を美化しすぎている」ことだと言われています。劇中に出てくる公共トイレは、アーティスティックにリデザインされた小奇麗なもので、汚物にまみれたような荒れたトイレは登場しません。確かに、私の地元にはあんなトイレはありません。入った瞬間にしょんべん臭さが鼻を突き、コバエが舞っているようなトイレばかりです。

しかし本作の企画元"THE TOKYO TOILET"に立ち返れば、汚いトイレが出てこないのには理由があると思われます。それでも、やはり現実離れしている部分は確かにあります。

その他にも、トイレ清掃員の待遇についての描写の少なさ、平山の高尚さを引き立てるために利用されている女性の登場人物、といったことが指摘されているのを散見しました。

そういった点に対して私は完全に同意するというわけではありませんが、一理あるとも思いました。なので、この記事でも紹介させていただきました。

一方で本作は、これはこれで1つの視点として物語を完成させています。あくまで1つの視点であり、そこに全てを内包できるわけではありません。それが映画であり、物語だと思います。

ただ重要なのは「これが全てではない」と心得ておくことだと思います。だから私は本作で描かれなかった物語が知れる機会があれば、積極的に学んでみたいと思っています。

そのきっかけになっただけも、価値のある映画だと思います。


前回記事と、次回記事

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次回の更新では、杉咲花の演技輝く『市子』を紹介させていただきます。

お楽しみに!