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ともすればセーヌ川沿いの喫茶店
「やれやれ」
街中の青信号をくり抜いてグラスに注いだような色をしたメロンソーダを眺めながら、僕はまるで4メートル先のろうそくの灯を消そうとしているかのような勢いのため息をついた。
新しいとも古いとも言えない喫茶店には、見る人によっては初老とも中年ともとれる、男性とも女性ともつかないマスターが黙るでもしゃべるでもなく立ったり座ったりしている。
店内には、めったに来客のないビルの警備員が管理室で退屈しのぎにつくえを突くような小気味よいとも悪いとも言える秒針の音が響いている。
明日へ命をつなぐためには、いくらかの量の物体を、口を通して体の中に入れておく必要がある。いや、厳密にいえば既にある程度の蓄えはあるので、今日その行動を取らなくてはいけないということはない。止めてしまおうかとも思った。
「私、あなたは食事をとるべきだと思うわ。だって、あなたは別に太平洋の真ん中で沈没寸前の手作りボートに乗っているわけでもないのだから」
近所の小学生が2時間かけてノートにかいた迷路のようなシワを全部寄せ集めた顔を僕の方に向け、老婆はそう言った。トレンチコートとソフト帽を身に着けていたら、その人は私立探偵だ。と言われているような安直さだった。
コーヒーカップを持つ老婆の腕は、スーパーで買ってそのまま3日間テーブルに放っておいたゴボウのようだった。老婆はコーヒーを啜ると、まるで皿につけられた溝以外の部分に触れると電流が流れると思い込んでいるように慎重な手つきでカップを皿に置いた。
その瞬間、老婆はまるで手のひらに乗った雪が体温で解けていくときのように、音もなくじんわりと消えてしまった。
いつの間にか僕は眠っていたのかもしれない。さっきまでここに老婆がいたかどうかをマスターに聞いてみようとも思ったが、立ったり座ったりが忙しそうだったので声をかけるのは遠慮しておくことにした。
すっかり炭酸が抜けたメロンソーダは、まるで据え置いてある個包装のガムシロップをあるだけ入れて無理やり緑色に染めただけの液体になっていた。それをなかばむりやり流し込み、僕は席を立った。
ごちそうさま
財布から数枚の紙幣を取り出し、まるでトランプの束の中からハートのエースを探し出す時のように、親指と人差指で紙幣をめくる。その中から1000円札を選んでレジスター横に据えられてある銅製の受け皿に寝かせた。
350円のお釣りです。
じゃらりと受け取るときに気づく。
SUICA使えるんかい
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