本当は恐ろしい日本の昔話 第一話 限定公開 

注意:気分を害する内容です。


白羽の矢伝説
 
 「村の娘が生贄にされる。こんなことが許されるのだろうか。いくら神様の目に留まったといえど、私は絶対に認めない。」
 
 男はそうつぶやいた。
 
 ある村には昔からの風習がある。自然災害は神の怒りと考えられており、それを鎮めるために、娘が生贄にされるのだ。生贄、つまり殺されるのである。
 
 生来、理屈ばかりで物事を考えてきた男で、妖怪などの魑魅魍魎がいること、神や仏も含め、自分の納得できないものは信じてこなかった。
 武士であり、天賦の才能を持っており、剣の腕はすこぶる良い。だがたいそう変わり者で通っていたため、仕えるところではたちまち嫌われることが多かった。そんな性質(たち)だったので、浪人となり、全国を行脚し、日銭を稼ぎながら旅をしていた。
 旅は慣れれば中々楽しいもので、食うものさえあれば、仕官するよりもよっぽど良い人生を送っているように思えた。
 人は皆、謎を胸の中に秘めている。男は人の数ほどその謎を追いかけようとしてしまう。旅をすれば、それほど人と深く関わり合うこともない。
 それが却ってこの男と世俗との距離をいい塩梅に保つことになった。
 
 しかし、男がこの村に来て生贄の儀式を見てから、胸の中で燻っていた焔が、まためらめらと激しく燃え上ってきたのである。
 
 生贄を捧げれば神の怒りが静まり、自然災害が起きなくなるなど、信じることは到底できなかった。
 
 その証拠に、娘が生贄にされた次の秋、その村を訪れたが、嵐によってあえなく作物はなぎ倒された。これでも神の生贄に意味があると言えるのか・・・。
 迷信に決まっている。
 
 しかしその村の長老は、ただこうつぶやくばかりである。
 
 「神様の怒りはまだ静まっておらなかったようじゃ。」
 長老は、眉毛が白く、そしてとてつもなく長かった。その眉毛が両目にかかり、目からはその真意を読み取ることは難しかった。実に落ち着いた調子でそうつぶやいた。
 
 「ふざけるな。人が一人死んだのだぞ。」
 
 男は神を信じているこの長老の、この発言に不可解さを感じながら、憤った。しかしその憤りは、人が殺されたことに対してではなく、この老人の、非論理的なものに対する盲目的な信仰に対してであった。
 
 「だとしても、お主に何のかかわりがある?村のことに口出しをせんでいただきたい。」
 「なぜよりによって、美人を選ぶのだ。」
 
 「神様は美人を望んでおられるからじゃ。」
 
 「一体その話は、どこから聞いたのだ?お主が直接きいたことなのか?」
 
 そう聞くと、長老はじろりと男をにらんだ、かのように見えた。
 
 「さよう。私の夢枕に神様がお立ちになり、村の美人を生贄として捧げよと、そう申されたのだ。さすれば、災害は免れると・・・。」
 
 「(嘘だ・・・。)」
 
 男はこのような迷信を信じ、そして全く理屈を重んじない類の人間が大っ嫌いだった。自分がどう思われようと、その考えを改めさせたいという、彼なりの性癖があるのである。
 一方で、とても奇妙なことだが、この老人は盲目的な信者の類にも見えなかった。
 どこか理屈が分かる人間に思えたのだ。つまり、わざと盲目的にふるまっているように思えたのだ。
 
 その時、男はこの老人に対して、それ以上何も言うまいと我慢することができた。いつもならもっと踏み込んで話をしようとするのだが、男も経験から次第にわかってきたことがあるのだ。
 
 大抵人は理屈でものを分からせようとすると、目を背けて、つまらなそうな顔をし、「ああ、もういい、もうわかったから。」
 と、分かってもいないのに話を途中で遮るのだった。ひどいものは男と出会うなり距離を取り、そそくさと逃げ出していくことがある。男が必死で理屈をわからせようという気持ちなど、聞き手にとってはどうでもいいことだった。しつこくてうるさいやつ、ただそれだけだったのだ。
 
 人間は保守的な生き物で、自分が今のままの考えでも別に支障がないと思えば、なかなか新しい考えを取り入れないものだし、そうした新しい考えが入ってきて、自分の心の安定を崩されてしまうことを、どこかで恐れるものである。
 
 彼は黙った。それ以上何も言わなかった。しかし、胸の中では一つの炎がゆらゆらとゆらめき、轟轟と音を立てて燃え盛った。彼は犠牲にされた娘のためではなく、この不可解な人間の心理に対して、いつものような執着心を抱いたのである。
 
 「証明してやる。神様なんているはずがない。これは人間の仕業だ。だとしても、なぜこのようなことをする必要がある?」
 
 生贄は村はずれの洞窟に連れていかれる。その際は、神輿のような台の上に女をのせ、管楽器だのをピーひょろろと鳴らし、村全体で洞窟まで行進を行うのだ。
 
 その洞窟の中では何が起きているのか。それを突き止めてやろうと思った。
 
 男がこの村を訪れた時に、丁度その儀式が執り行われていた。旅人たちは、その行列を一種の祭りのような感覚で眺めていた。その中の一人の人間に何をしているのかと聞いてみると、大体今まで言った通りのことがよく行われるのだと言っていた。
 
 その時神輿に載せられていた女は、うりざね顔の、肌の白いたいそうな美人であった。男であれば、このような美人を生贄に捧げるのは、何とももったいないと・・・このまま死んでいくのは忍びない。神が相手であろうが何であろうが、どうにかして生き続けるようにするべきだと、そう考えてもおかしくはなかった。
 
 男がその神輿の上の女に、一種の恋慕を抱いたことは確かである。しかし、その娘はそれから全く村の中では見かけることがなく、どこに消えたかもわからなかった。
 
 「神様の元に召されたんす。」
 
 その娘の両親を訪れたとき、両親は迷いなくそのように語った。
 
 「お主たちは、本当にそう考えておるのか?」
 
 「はい。娘が神様の元に召されるというのは、おらたちとしても大変鼻が高いことだす。」
 
 男は神様などいない、と、つい自分の考えをいい、二人に説き伏せようとした。しかし、そのようなことをして何になるだろう。そして、神がいないという自分の方が間違っている可能性もなくはないのだ。いないものをいないものだと証明することはできないのである。
 
 この村の神と言われているものが、果たしてその娘をどうしているのか、そのことを突き止めることができればよい。神がいないことの証明にはならないが、少なくとも、この村の神が娘を生贄として求めている、ということを否定する証拠にはなりうる。
 
 この村の神がいなかったからといって、他の場所にはいるかもしれない。いないものをいないと証明することは到底できっこない。だがこれならば・・・。
 
 男はそこに焦点を合わせた。
 
・・・
 
 男が村内の道を歩いているときのことである。目の前に、4~5人の顔つきの悪いごろつきがいた。こちらをにらみつけている。その先に件(くだん)の洞窟があるので、何とか通りたいと思ったものの、ごろつきたちは、そこを通そうとしなかった。
 
 「私はその先に用がある。通してもらえないだろうか。」
 
 「用って、一体何の用です?」
 ごろつきの中の、ひと際大きな男が尋ねた。
 
 「お主らには関係なかろう。」
 
 そういっても、ごろつきたちは通そうとはしない。こんなごろつき、倒そうと思えば一瞬であったが、さすがに4~5人の村人をここで殺すのは目立ちすぎる。
 
 「あんた・・・あんまり深入りしねぇ方が身のためだぜ。こちらは神様の言う通りにしたがっているだけなんだからよ。」
 
 そうして、ごろつきたちはにやにやと笑い、
 
 「その通り。信心深い俺たちをつっつくのはやめにしてもらいてぇもんだな。」
 
 そう語って男に近づき、胸倉をつかんで、どんどどついた。
 「さっさとこの村から出ていきな。神様のお怒りに触れるぜ。命が惜しかったらな。神様はここまでは許してやると仰せだ。有難く思うんだな。」
 
 ぎゃははははとごろつきたちは笑う。
 
 「神様?お主らは神と話をしたのか?」
 
 「おうよ。誠に慈悲深い神様だぜ。俺たちはあの方のおかげでこうして暮らしには困っちゃいねぇ。」
 
 「拙者にもあわせてくれぬか?」
 
 「それは無理な話だな。神様はこの村のもんじゃねぇとあってくれねぇのよ。ごたごたうるせぇこといってねぇでさっさと村から出ていきやがれ!」
 
 ごろつきはそうまくしたてると、ぺぇっと痰を吐いた。
 
 男はこれ以上は無理だと思い、道を引き返すことにした。
 
 ・・・
 
 「やはりそうだ。どう考えてもおかしい。たいていごろつきが出てくるときは、嘘を隠そうとしているときと相場が決まっている。あいつらが出てきたから、却って自分の考えが正しいのだとわかったぞ。」
 
 男には、これから自分が見てはいけないものを見ることに対する恐れがあった。しかし、何としてでも、その先を見たいと思う気持ちの方が、その恐ろしさを上回ったのである。
 
 ごろつきたちがああして自分の目の前に現れたということは、私がこの村の秘密を探っているということが、村の噂になっているということだ。
 
 この村では、自分はもう目立ちすぎたのだ。
 
「調べにくくなった・・・。うかつだった・・・。」
 
 男は自分の行動の浅はかさを恨んだ。
 
 ・・・
 
 男はその村を出て、近くの村で小口の労働をしながらその日暮らしの生活をした。
 またあの村で儀式が行われるときが来るのを待っていたのである。その異常な執着心は、彼の美点でもあり、一方では彼の欠点でもあった。
 
 彼は富や名声を追いかけるのではなく、自分が謎だと思うことを解き明かすことに情熱を覚えていた。
 
 真実を知ることは、辛いことの方が多かった。
 
 だが、彼は謎と聞くと、それを解かずにはおけなかったのである。
 
 詮索好き・・・しつこいやつ、と小さいころは随分と周りから疎まれた。みな理屈よりも感情で物を感じた。こいつは嫌だと思ったら、何故嫌なのかわけもわからないなりに、男が仲間に入るのを拒絶した。
 
 しかし彼は詮索が好きなのではない。詮索をする人間は、たいてい他人の悪評となるようなものを期待している。そうして噂に花を咲かせたり、優越感に浸って楽しむのである。
 
 一方、この男はただ真実が知りたいだけであった。とてつもない変わり者であることは百も承知だった。
 
 男は真実を知ったときの、謎が解けたことの爽快感こそは覚えたが、それが他者の悪い情報であろうと、いい情報であろうと、そんなことはどうでもよかったのである。ただ、もやもやとしたものが頭の中で1本につながる。そうなることを求めていただけであった。
 
 たいていこういう男はどこでも疎まれやすい。ドラマでいえば、巨悪の謎と立ち向かう正義の主人公のようなもので、巨悪たちはその主人公の行動をあの手この手で封じ込めよう、排除しようとしてくるのだ。
 
 犯人を何としてでも捕まえようとする刑事にも似ている。とにかく頭の中で物事が一本につながるまで、容疑者や参考人がいやだといっても取り調べようとするように。
 
 ちょうどこの男も、そうした主人公と同じ立場に立っていた。しかし、この男は全くそんなことは意識してはいない。自分がどこかのヒーロ―や、偉人と同じなのだという子どもめいた陶酔すら、この男の心の中にはどこにもなかった。
 
 ただ、真実を知りたい・・・という強い欲があったのである。そうでなければ、もやもやとした、気持ちの悪いものが胸にたまる。そうして、夜寝る時に、ああでもない、こうでもないと考える。眠れなくなることもある。
 真実を暴くことは、この男にとって一つの生甲斐だったし、性癖でもあった。そして、そうしなければ精神的な健康にもよくないのだった。
 ただ自分のため。自分のためにこの風習の謎を暴きたかった。

(続く・・・)


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