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紫陽花の花

街を歩いていると、道路沿いやビルの敷地内など、かなりの確率で紫陽花に出会う。

あ、これ紫陽花の木だったんだ、あっちの木も紫陽花だったんだ、と知る機会がなんと多いことか。

花が咲かないと気づかないからだろう。

植えられている種類も色もさまざまで、バリエーション豊かだ。

植物は、植えられたところでしっかり根を張り、誰に教えられなくともちゃんと季節を知って、花を咲かせる。

そして、花を咲かせる(実をつける)ほかはただただ無欲だ。
競わず、奢らず、自分は自分とわかっているかのように精いっぱい咲き誇る。
人が気づこうが気づくまいが。

花が美しいのは、
花が人の心を裏切らないのはそのせいか。

花はシーズンになると、よくその名所が紹介される。
紫陽花で言えば、関東では鎌倉の明月院、関西では宇治の三室戸寺などが上位にくる。厳かな環境がとてもよく似合う。

そんな名所とは圧巻さが違うけれど、名所でなくとも、街中や軒先に咲く紫陽花もまた風情がある。
そのフォルムに “いいコいいコ” したくなる。

ただ、ひとつ残念なのは、見頃が過ぎると哀れな姿になってしまうこと。でも、それが “季節が過ぎる” ということなのだ。儚いから尊い。

彩り豊かな紫陽花の花。
今年も開花ピークのこの時期に、たくさん愛でよう。