HIPHOPブーギー 第6話 Love@first sight

 そっからすぐ、俺には彼女ができた。MY BABY。マジ熱い女さ。
ハーレムでの最初の俺のマイクパフォーマンスを見てたってんだ。名前は明子。ちなみに俺の本名は明人。間違いねえ。二人で迎えようぜあの夜明けってなもん。初めて話したのは週末のいつものイベントだった。
 俺はクレイジーに負けた日から変わった。まずはイベントのスタッフに受け入れられ、このイベントをでっかくすることから始めようって思ったんだ。
だから必死にフライヤーも配ったし、人も呼んだ。盛り上げる為に普段はやらねえオープニングのDJのサイドMCだってやった。それこそがオーデイエンスを沸かすリリックを生む事に繋がるって思ってた。多くの仲間を味方につけたクレイジーの勝利がだいぶ影響してた。
 B‐BOY PARK後って事もあって、その日の集客はハンパじゃなかった。偉そうに仕切ってるDJ YOSHIも満足気。俺は気が抜けた。バトルの準備に追われて、負けて、イベントの集客に走って。
 正直負けた事でスタッフにはお前らはそんなもんだって空気流れてたし、それを払拭する為に必死に媚も売った。言い方は悪いがな。
とにかく受け入れられたかった。このイベントを自分のホームグラウンドにしたかったんだ。そんでまたB‐BOY PARK出て、仲間の歓声の中でリベンジしようってな。
 DJ HASEGAWAの出番の時には、フロアは超満員。その光景を見ながら俺はバイブと乾杯した。バイブも必死だった。まあ、あいつはモテるからいろんな女を集客したおかげで違う意味で気が気じゃなかったんだがな。
 コロナに口付けたらけっこうすぐ酔ってきた。まだまだ何も始まっていなかったが、ここ数カ月には駆け抜けた感があった。フープラとのバトル。イベントスタッフへの入閣。クレイジーとのバトル。スタッフへの気づかい。バイブもそれは一緒で乾杯した後、俺らはしばらく無言だった。そんな時に女神の声が響いたんだ。
「ねえ。ワールドでしょ?」
 ホットパンツにキャミソール。黒いフードを被っててその顔は見えなかった。だけど、その声は何故か俺の鼓膜に響いた。ジャネットみたいなウイスパーボイスに聞こえた。
「そうだけど」
 B‐BOY PARK出演後、俺に声をかけてくる女は多くなった。そこそこ名前は売れてたんだ。だけど俺はどの女にも興味が持てなかった。だってよ、負けたとこ見られてんだぜ?そんな女達にかっこつけられるかよ。
 それになぜかどの女もなんて言うかSO BAD・・・まあ、世の中なんてそんなもんよ。集客の為に何人か繋げてたりしたが、それ以上の事はなかった。
だけど明子だけは違った。俺はその声を何故か無視できなかった。
 「煽り。やんないの?」
 おいおい。煽りだってよ。普通の女じゃねえって思った。ただのフライガール気取ってる女だったら煽りなんて言わねえ。俺はフードの耳元に近づいた。
 「ああ。今日は疲れてんだ」
 「なんだ。つまんない。見に来たのに」
 尖がらせた口がグロスで光ってた。俺は思わず彼女のフードに手を掛けた。ィイェエ。そしたらすっげーかわいいじゃねえか。J‐LOみたいに唇がセクシー。目が異常にでかくて、額に垂れたロングヘアーが光って見えた。俺はすぐにFALLしちまった。
「じゃあ今日はラップしないんだ」
 なによりその声だぜ。彼女が喋るたびに俺はなんだかアガった。その声をずっと聞いていたいって思ったんだ。
「なあ。いい声してるな」
 すげーキザだと思ったって明子はいつか言ってた。だけどそれは俺のマジの気持ちだった。
 「そんな事言われたの初めて。ヘンなの。私、明子」
 もっと傍でその声を聞きたくて俺は聞こえないふりをした。そしたら、明子のセクシーな唇が耳に触れるくらい近づいた。
 「明子」
 OK。俺はそん時に運命を感じた。同じ明のつく名前。雲雀みてーな声。こいつに決めたって。バイブは気を利かしてもういなかった。さすが最高のブラザーだぜ。
 「俺の事知ってんのか?」
 「知ってる。B‐BOY PARKはユーチューブでね。この前フープラさんにぼろ負けしてる時はフロアにいたし」
 笑いながら言われてもムカつかなかった。その笑顔はもうすでに俺の中でLIKE A ANGELよ。
 「でもおもしろかったし、ちょっとかっこよかったよ。なんでワールドって言うの?」
 「ああ。相方がつけたんだ。世界を俺のフロウで揺らすって意味」
 「はは。バーカ」
 明子は俺の被ってたNEW ERAの帽子の鍔を掴んだ。
 「おい。やめろって」
 そしたらDJ HASEGAWAが丁度R&Bセットに切り替えたんだ。SWV、ETERNAL。当然ジャネット、OMARION、NE‐YO、CHRIS BROWN。
 俺達はフロアに向かった。実は俺はダンスは得意じゃねえ。ちょっと恥ずかしくってな。だけど明子はマジホットなダンスをしてた。俺はそのくねる腰に手を掛けて、彼女の髪の匂いを嗅いで、甘いリズムに、三連のギターリフに、ピアノネタに浸った。
 酒のせいだったのか?そんな事はねえ。俺達は時折り笑い合いながら、汗の匂いとタバコの煙と、胸をつくビートの中で恋に落ちた。まるで向こうのPVみたいに。まさにLOVE @ FIRST SIGHT。
 そんでもちろん道玄坂直行。軽い気持ちだったんじゃねえんだ。確かにおれは童貞だった。それを捨てたい気持もあったが、その日に明子を抱かないと誰かに取られるような気がしたんだ。
 最高だった。ただでさえヤバい声が囁きに変わり、溜息に変わり喘ぎに変わり。こいつをずっと聞いてたいって思ったんだ。朝までぶっ通しよ。
次の日、シャワーを一緒に浴びながら明子は言った。
 「私、シンガーになりたいの」
 イエエ。だったら俺はその声のフックの後、甘いリリックでライムする。
 「だったら今度レコーデイングしようぜ」
 俺達はもう一度抱き合った。完璧だと思った。シンガーとラッパー。ビギーとエヴァンス。これ以上の組み合わせなんてあんのか?すぐにリリックは降りてきた。

 お前は俺の手に降り立ったジャスパー

 出会いからベッドまではマジファスター

 だけど本気だぜこの気持ち

 不埒な気持ちなんて一ミリもなし

 離れねえんだその囀り

 離すわけねえ俺のBABY

 ハードな毎日 お前がいれば問題ない

 OK 話そうこれからの事

 長く続く俺達の今後

 二人につく名前の如く

 語り合おう 夜が明けるまで

フック
 LADY MY LOVE ずっとこのまま女神の如く

 お前の囀りに人生を捧ぐ

 LADY MY LOVE もっと近く一つになる

 このまま離さない 愛してやまない

 はは。初めて書いたラブソング。俺はラップと同じくらい明子にハマっちまったんだ。

 その日から、毎日明子とJOINよ。バイブは呆れてたな。曲作る時だって一緒。飯食う時だって、もち寝る時も。姉ちゃんと明子はけっこう気が合ってた。まさにSWEET MEMORYってやつよ。
 フックに明子のヴォーカル入れた曲も作った。こればっかりはバイブもヤベえって言ってた。あいつの声はその辺のJR&Bデイーバのコピーみたいのとは全然違った。なんつーかちゃんとR&Bしてんだ。ダンスもやってたって言うから、多分いいリズム感が備わってたんだろう。
「一緒にシーンを駆け上がろうぜBABY」って何回言ったかわかんねえ。こいつとJAY‐Zとビヨンセみたいになるんだって俺は心に決めた。
イベントのスタッフにも公認の中。明子は当然顔パスになった。俺のMCにも力が入った。明子は俺にとってのミューズになった。
 朝方の渋谷。イベントの帰り道。カラスの鳴き声しか聞こえねえスカスカの渋谷の街を二人で歩く時が一番幸せだった。駅に向かって歩きながらアカペラで俺がラップを始める。すると明子は恥ずかしそうに笑ってフックを歌う。

 EVERYTHING GONNA BE ALLRIGHT

 EVERYTHING GONNA BE ALLRIGHT

 雲雀が囀る様な声はアホみたいに叫ぶカラスの声をかき消してゆく。2VERSE。俺はさらにノッてラップする。渋谷駅には人っこ一人いなかった。寂しそうなハチ公の背中に俺はジャンプして乗っかった。
「バーカ。何してんの?」
「うるせえ。お前ももっとでっかい声で歌え。そのうち俺らのトラックがこの街に響くんだ」
 明子は恥ずかしそうに笑うとハチ公の隣に立った。ペットボトルをマイクにしてフックを口ずさむ。

 EVERYTHING GONNA BE ALLRIGHT

 EVERYTHING GONNA BE ALLRIGHT

 「YHEA YHEA」
 アドリブで煽ると、明子は声を張り上げて歌った。
 たった二人だけの明け方のPV。いつかこのコンクリートがステージに変わる。
俺はこの一時が終わらない様にと願いながら未来の成功を信じていた。だけど、不確かな未来に期待を持っていたのは俺だけだった。それをあざ笑うかのように、遠くではカラスのかん高い鳴き声が響いていた。

僕は37歳のサラリーマンです。こらからnoteで小説を投稿していこうと考えています。 小説のテーマは音楽やスポーツや恋愛など様々ですが、自分が育った東京の城南地区(主に東横線や田園都市線沿い) を舞台に、2000年代に青春を過ごした同世代の人達に向けたものを書いていくつもりです。