HIPHOPブーギー 第11話 成功の代償
CMが流れ始めると、俺らの曲はなんと次の週にはトップ10に入り、週ごとにどんどんその順位を上げていった。それを契機にコンビニの有線でも曲が流れるようになると、とうとう一位になっちまった。
YEAH。シンデレラストーリーの始まりさ。俄かに周りが騒がしくなった。TV出演のオファーもガンガン来るようになった。取材もハンパない。怒涛の如く俺らの日常は変わっていった。
これは舞い上がった。今まで画面でしか見た事がなかった有名人と一緒に子供の頃から見てた番組に出演。司会者はサングラスのベテラン。
車移動になって、ファンにおっかけられる毎日。そりゃそうさ。触れ込みはアイドル的なHIPHOPデュオの二人組よ。
姉ちゃんも大喜び。街に出りゃ声かけられるしな。なんだよ俺らもうスターじゃんって思った。そんで二枚目のシングルは初登場一位。「GO MY WAY」。わかりやすい応援歌よ。
Aメロラップ
さあ行こうか その手を振り上げて
目の前の壁をこじ開けて
やめようか 考え過ぎるのは
無駄な時間をすべて捨て去って
Bメロラップ
そうここからが君の人生の始まり
歩き出せば道はあり
いつか見た夢の続き
叶える為に GO MY WAY
サビ
遠くても 遠くても 少し諦めかけても
上を向いて進んでこう GO MY WAY YOUR WAY
もがいても もがいても 近づかない時でも
君ならきっとできるさ GO MY WAY YOU GONNA WAY
デビュー曲よりアップテンポだったがもちメロは歌った。これ以上わかりやすいのねーだろってくらいの詩だ。
こいつは売れに売れてダウンロードも百万を超えた。俺らは有頂天。拍車をかけて武道館ライヴも決まった。おいおいマジかよって感じよ。ライヴはまだ一回もやってなかったんだぜ?
成り上がったって思った。鼻っぱしら全開さ。モデルやらアイドルやら寄ってくるから何人か手出したりしてな。もう何も怖いモンなしって感じ。あんま近づかないようにしてた渋谷にも俺らのPVやデッケー看板が立った。
凱旋。て言うか見てみろよって感じよ。YOSHIだろうがなんだろうがかかって来いってな。
そんである日、レコード会社のスタッフとヒット祝賀会っつって、俺らはクラブのVIPルームを貸し切った。青山にあるセレブ系のクラブよ。
フロアには抽選で選ばれた俺らのファンが待っていた。シークレットライブ。あとでYOU TUBEで期間限定でアップとかしてな。話題性を考えた宣伝担当吉田の提案さ。
「みさなま。なんとWAVのセカンドシングルが百万ダウンロードを超えました」
プロデユーサーの今井が言うとVIPルームは歓声に包まれた。VEX RECORDSの社員のほとんどが集まってた。
「そして、ここでもう一つ大きな発表があります。武道館のライヴのチケットも即日ソールドアウトしました」
俺らは今井の後ろでハイタッチよ。デビューして数カ月で武道館満員なんてありえるか?こいつはスタジアムも近えぜって確信した。
「WAVの二人はとても頑張ってくれました。これからも彼らと音楽を作ってゆきたいと思っております。CDが売れない時代。その中で彼らと売れる音楽を提供してゆきます」
そんで次になんと社長まで出てきた。会うのは初めてだった。まあ、普通のおっさんだったがな。
「えーこの二人の活躍は弊社の今年の売上に多大な貢献を果たしました。そして、業界にも影響を与えました。そこで、WAV担当チームには特別ボーナスを支給したいと思います」
太っ腹よ。はは。俺らもボーナスもらったな。何に使ったかって?当然機材よ。
「乾杯!」
グラスが鳴り響くと俺の記憶は突然YOSHIとかとイベントやってた時に引き戻された。同じVIPルーム。真ん中にはフープラがいて、YOSHIがいた。俺らは隅でご機嫌伺ってる。
我に返るとソファの真ん中に座ってるのは自分達だった。バイブと目が合うと、あいつも感慨にふけってるみたいだった。
「俺達やったな」
「ああ」
俺らは静かに二人でグラスを合わせた。自分達が主役のVIPルーム。フープラにバトルを挑んで負けて渋谷のクラブのVIPルームに連れられた時から、知らぬ間にそれは俺らの目標になっていたのかもしれない。あの場所を俺らの居場所にしようってな。
「お前のおかげだ。バイブ。お前に変われって言われなかったら、ここまでこれなかった」
誰もが幸せそうに酒を酌み交わしていた。俺らはそれを眺めていた。
「いや。あれはただのきっかけに過ぎない。俺はお前の決断に感謝している。親も喜んでるしな。さて、アルバムも出る。武道館ライヴもある。次はどうする?そろそろ俺らのやりたい音楽を、やりたいHIPHOPをやろうか」
「ああ」
俺は頷きながら、なんだか上の空だった。身体がふわふわして、自分が座っているのかどうかもわからなかった。それは酔いのせいじゃない。急激な思った通りの成功に身体が上手く馴染めなかったんだ。
自信はあった。自分を信じていた。だけど、あまりに出来過ぎたストーリーだってな。それでも沸き上がる喜びは果てしなくて、緩慢な余裕が身体の力を抜けさせてた。バイブの言葉は耳には入ってなかった。
「俺達のやりたい音楽。やりたいHIPHOP」
そうさ。それが最終目標のはずだった。なのに俺はその時そんな話はしたくなかった。このままで、この成功を維持したいって思ってたんだ。到達したって油断が俺を麻痺させてたんだ。
「二人とも時間だよ」
するとスタッフがライヴの時間である事を告げてきた。ファンとレコード会社の人間へのお披露目ショーケース。下を覗くとフロアは人で溢れていた。
「行こうか」
バイブが手をかざした。俺はハイタッチかました。いつも通りな。緊張感なんかなかった。だけど妙な脱力感があった。客達の自分達を待ち侘びる表情を見ると夢みてるみたいだった。
バイブがまずブースに向かった。スゲー歓声。挨拶変わりのスクラッチかますとどよめいたな。そんでマイクを持った。
「さあ、俺の相棒を紹介しよう。MCワールド!」
ヒットした二曲目のイントロと共に俺はステージに飛びだした。スゲー光景だった。みんなが俺を見てるんだ。そして興奮してる。俺は言った。
「待たせたな。俺がワールドだ。今日は盛り上がって行こうぜ」
客が一番の歓声を上げた。
そん時だった。知らねえ奴がステージに上がってきたんだ。
「おいおい。ワールド。ずいぶん変わっちまったじゃねえか。B‐BOY PARK二位の実績は抹消か?俺と勝負しろよ。フリースタイルだ」
バイブが曲を止めた。デジャブかと思ったぜ。ちょっと前の俺みたいなガキんちょB‐BOYがバトル仕掛けてきたんだ。バトルなんて今の俺達の客は知らないはずだったが、みんな演出かと思って盛り上がってた。
俺はバイブを見た。バイブも俺を伺ってた。とりあえず駆け寄ろうとするスタッフを止めた。久々のフリースタイル。やってやろうかって気持は・・・生まれなかった。生まれなかったんだ。そこにあったのは恐怖さ。
ずっとスタジオでレコーデイングの為だけのリリック書いてた。日常だったフリースタイルの練習なんてしてなかった。そして、俺はさっきまでそれを完全に捨てようとしてた。成功を維持する為に。ずっとこの場所にいる為に。HIPHOPなんてやんなくていいんじゃねーかって。いつの間にか、大学のHIPHOPサークルにいた奴らと同じになってたんだ。
俺は迷いの中にいた。このままやって勝てるのか?だけど逃げたくはない。ガキが勝負を挑んできてる。あの時の俺と同じ様に。
フープラはメジャーでやりながらも勝負に受けて立ったじゃないか。客も盛り上がってる。そうさ俺ならできる。ブランクなんか関係ねえ。不安を必死に打ち消しながら、俺はバイブに合図した。したら、久しぶりの乾いたビートが鳴り響いた。
「OK。受けて立つってことだな。さすがワールド。じゃあまずは俺から行くぜ」
おいワールド 俺は見てたぞ
お前のB‐BOY PARKの戦いを
悪くなかった ちょい嫉妬した
いつかあいつは俺が倒すってな
だけどなんだよ 最近のこのザマは
やわい歌ばっか 目が眩んだか?
HIPHOPレッグスルー 捨てたのか?
俺はお前みたいにはならないぜ
変わらないスタイルでステージに立つぜ
そこに留まりたいならいればいい
イジメじゃねえが 軟い奴は無視ぃ
なんだかバッチリ胸に刺さっちまった。成功を果たした。周りが喜んでくれた。その後にやりたい事をやろうと思ってた。だけど、いつの間にか俺の中にあったHIPHOPへの炎が消えちまってた。
すべてを手に入れて、そのすべてを失うのを恐れた。そして、それは俺のせいじゃないって言い聞かせて、あまつさえ支えてくれた人や喜ぶ家族のせいにしてたんだ。そうやって、俺は炎を自ら消した。
バイブがスクラッチを入れて俺のビートをセットした。俺はマイクを口に近づけたんだ。
「イエ、イエ」
リズムを取って言葉を探した。だけど、探し出せなかった。俺の中に言葉はなかった。ガキのラップは正しかった。俺は成功に目が眩んだんだ。
ビートが十六小節を超えた。そこでバイブが俺の異変に気付いた。バイブが合図を送るとスタッフがガキを連れだした。俺は安心と情けなさの中で、ただその光景を見ていた。
「おい。ワールド。逃げんのか?俺の相手ができねえってのか?お前はホントにHIPHOP捨てたんだな」
ガキの言葉を聞かないようにしながら俺はバイブに曲をかける様に即した。リードシングルの「あの光よりもタカク」のイントロが始まると、騒然としていた客達は一瞬で色目気だった。
俺はとにかく歌った。生まれてしまった今の立ち位置への疑問を晴らす様に。客は嬉しそうに俺らの曲を口ずさんでた。
(そうさ。これでいいんだ)
自分に言い聞かせながら、俺は必死に歌った。
あの光よりタカク 君を導くのさ
涙さえも 輝く様に
その手に止まる 鳥が囁く
いつまでも消えない愛を
だけど歌えば歌う程、俺の中の罪悪感は大きくなっていった。君を導く?おいおい。自分にも、客にも嘘をついている俺が誰を導けるって言うんだ?
胸に燻り始めた疑問と気付かないふりをしていた欲求の種は、その日から俺の心に深く根付いていった。
僕は37歳のサラリーマンです。こらからnoteで小説を投稿していこうと考えています。 小説のテーマは音楽やスポーツや恋愛など様々ですが、自分が育った東京の城南地区(主に東横線や田園都市線沿い) を舞台に、2000年代に青春を過ごした同世代の人達に向けたものを書いていくつもりです。