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小説「リーマン救世主の憂鬱」 第23話

 「久しぶりですね。アザゼル」

 神父は変わらぬ笑顔を浮かべていた。アザゼルも笑う。二人の間にはどこか旧友に再会したかのような懐かしさがあった。

「ミカエル。お前とは共に過ごした懐かしい記憶がある。もう数千年前になるが」
ミカエル・・・それが神父の名前らしい。

「アザゼル。旧友のよしみで、今日は手を引いて欲しい。私は君と戦いたくない」
「相変わらず甘いな。いつまでも神の袂になどいるからそうなるのだ。この世は、人間はもう終わりだ。いずれ神は死に、サタンの時代になる。お前も早くこちらに来い」
「あなたはサタンに騙されているのです。彼が栄えた時代など今まで存在していない」
「これからはそうなる。そのために人間は邪魔なのだ。地獄と天界を隔てる人間界を征服し我らは天界に攻め込む」
「アザゼル。なぜそのように変わったのです」
「変わってなどいない。飽きただけだ。神の命令だけに従う日々に。お前にはわかるまい」
「わからないですね」
「では死ね」
 

 神父改めミカエルとアザゼルが戦い始めた。完全に場違いな中で、明日香を抱きしめたまま立ち尽くしていると、シンが舞台に上がってきた。

「おい。お前どうにかしろよ」
「いやどうにかって。完全に俺じゃ力不足でしょ」
「何言ってんだ。力になれないようなやつを天使が仲間にするわけないだろ」
「天使?」
「いやだから、神父のことだよ」
「ああ。そうか。ミカエルって天使の名前か。どうりで聞いたことあるなって思ってたんだ」
「とりあえずこの人間達の憑依を解け。俺の仲間も殺せないから手間取ってる」
 しかしこれだけ多くの人間の憑依を解いたことなどない・・・ああ。そうか。一つ簡単な方法があった。ライブ会場ならではの方法が。 

 舞台を探すと、明日香が使っていたマイクを見つけた。それを拾い上げ音声チェックの為に声を出してみる。

「あーあー。マイクチェック。マイクチェック」
「なんだよ。お前この状況で歌う気なのか?」
「歌うわけないだろ。とりあえずこのマイク使って俺が呪文を唱えれば憑依は解けるんじゃないか?」
「おお。単純だがそれは手取り早いな。すぐやってくれ」

 明日香を降ろして、舞台の真ん中に立った。これが彼女が見ていた光景か。会場は広大で、観客は手前にいる人間以外は点にしか見えない。だが少し緊張する。観客席にいるのは憑依された人間で、俺に注目もしていないのに。
 そういえば最近はカラオケも行っていなかった。マイクで上手く歌えるだろうか。いや、歌うわけじゃないか。ゆっくりと呪文を唱えればいい。

「早くしろ」
「わかってるよ」
 いつもの呪文を唱えようとしたが緊張であまり声が出ない。
「もっと声でかく」
 

 シンに言われるとイラっとしたので、呪文を叫んだ。メロデイーも何もない。抑揚のない声がさっきまで国民的歌手の素晴らしい歌声を鳴らしていたスピーカーから放出される。
 誰も歓声をあげることもない。リズムにのってくれることもない。拍手もない。だが、少しずつ観客が反応し始める。苦しみ、頭を抱え、会場に悲鳴がこだまする。
 なんて気持ち悪い光景だ。俺の初ライブだと言うのに。俺は目を背けたくなりながらも呪文を続けた。

「いいぞ。もう少しだ」

 続々と会場の観客が倒れ、やがて全ての観客の憑依が解けた。会場にはまるで死体の山のように人が倒れている。さすがに不安になってシンに確認した。

「死んでないよね?」
「ああ。大丈夫だ。目覚めれば元どおり。あとは神父が勝てば終わりだ」
 空に目を向けると、神父と悪魔はまだ戦っていた。
「神父が天使って知ってた?」
「ああ。まあ俺らは守護者だから。天使の」
「守護者?」
「そう。天使を守る為の一族なんだよ俺らは。同時に人間の守護者でもある。主に吸血鬼からお前らを守るのが仕事なんだ」
「吸血鬼?いるのか?本当に」
「お前、あんだけ悪魔と戦ってて、会ったことないのか?そこかしこにいるぞ。あいつら繁殖能力すごいからな」
「そうなんだ。それで、君らは人間を守るためにボデイガードの会社を?」
「ああ。一族でやっている。昔は表立っていなかったがこの時代、隠れて活動するのも限界があるからな。表向きはボデイガードの会社にしておけば動きやすいんだよ。有名人も吸血鬼多いから。ま、誰かは教えないけど」
「守秘義務か。シンは何千年も生きてるのか?」
「まさか。普通の小さい犬と一緒だよ。俺は5歳だが人間でいうと35歳。つまり寿命はお前らより短いんだ」
 明日香に対してシンが怒りを覚えていた理由がわかった。短い人生。しかも生まれた時から天使と人間を護れと決められている。それなのに、その人間は好き勝手なことをし、彼らの命を危険にさらしている。なんだかとても申し訳ない気持ちになった。
「ごめんな。なんか」
「何が?」
「俺ら人間が迷惑かけて」
「別にいつものことだよ。それに神父も言ってるよ。その苦悩や失敗が進化にとても役に立っているってさ。実はこの明日香って女の歌、俺も好きだったんだよ。他にも好きな人間の歌手もいるし、映画もあるな。退屈しないからお前らのこと嫌いじゃないぜ。ま、お前はもうちょっと仕事とかちゃんとやったほうがいいんじゃないの?いくら長く生きるって言っても、人生なんてすぐだろ。だったらなんかもっとのめり込んだほうが楽しいだろ。他の仕事とか探してさ」
「そんなこと言われてもなあ。なかなか難しいんだよ。人間の人生も。お前も会社とか入ってみたら?」
「会社?人間がつまらなそうに行ってるやつね。あんな顔になるなら嫌だね。あ、そろそろ終わるぞ」
「え?なんでわかるんだ?」
 神父が手をかざすと、大きな槍が現れた。アザゼルも同じような槍を出現させ二人が対峙した。
「神父は天界でも1番の槍使いなんだよ」
「あの悪魔は大物なのか?」
「ああ。元天使だよ。神の元からサタンの方に鞍替えしたやつは結構いてな」
「なんでそんなことするんだ?」
「いや神ってのは結構細かいらしい。マイクロマネージメントってやつだよ。方針も何千年も変わらないし、提案もほとんど通らない。それに比べて悪魔の方は自由なんだと。悪いことならなんでもあり。放任主義でやりたい放題」
「そりゃ悪魔側の方が楽そうだな。神父は何年神の元に?」
「お前、何年って単位じゃないぞ。何万とか膨大な時間だよ」
「それは凄いな。でも嫌なら転職すればいいのに」
 二人の槍が交錯する。聖なる光と黒い光が交わった後、アザゼルの胸に神父の槍が刺さっていた。アザゼルの断末魔の声が響く。
「ミカエル。いつまでも神の元にいる必要はない。その力をサタンのために活かすのだ」
「私は神の元を離れません。それが私の使命ですから。それに、あの子を導かないといけません」
 するとなぜかアザゼルに睨まれた。
「なんなんだ?あの人間は」
「名前は生留と言います」
「まさか・・・」
「私にもまだ本当にそうなのかわかりませんが面白い子です。新人類なのでしょうね。夢もない。家族にも興味がない。求めるものは平穏な日常だけ」
「最近の人間はそんなものだ。野心がある者が少ない。昔はあの歌手のように野心を持つ者ばかりだった」
「時代は変わるものです。神もサタンも新しい人類に対応していかなくてはいけない。大変ですね」
「そうかもな」
 なぜか、アザゼルと神父が俺を見下ろして笑った。そして、アザゼルが消えると、神父がいつもの笑顔で降りてきた。

「なんで笑ってたんですか?」
「ええまあ、なんでもありません。それよりも、よくやってくれました」
「いえ。神父は天使だったんですね」
「今さら何があっても驚かないでしょう?」
「はい。それで彼女はどうするんですか?」
「酷かもしれませんが、彼女の歌と彼女に対する全人類の記憶は全て消させていただきます。アザゼルは彼女のデビュー曲に悪魔の力を宿した。それは悪魔が人間を操る事ができるものです。残しておくわけにはいきませんので」
「そうですか。だったら、彼女自身の自分が歌手であった記憶も消してあげてくれませんか?さすがに、誰も自分の事を憶えていないと言うのは辛いのかなと」
 するとシンが人間の姿に戻って言った。
「お前、それは都合よくないか?ここまで俺らに迷惑かけといて何も憶えていませんはないだろう」
「いやでもさ、神はマイクロマネージメントなんだろ?だったらこの事も記録されるだろうから死んだ時に償えばいい」
 神父が苦笑いを浮かべて言った。
「神は記録魔ですからね」
「めんどうくさいでしょ?俺の上司も同じようなものなので」
 すると珍しく神父が焦った表情を浮かべた。
「面倒くさいなんて神に対して思っていませんから。わかりました。彼女の記憶も消しましょう」
 

 数分後。記憶を消された明日香が目を覚ました。
「大丈夫ですか?」
 声をかけると、か細い声で答えた。
「ここは?私はなんでこんなところに?」
「えーと。フェス見に来てたんじゃなんですか?」
 するとシンが初めて空気を読んで助け舟を出した。
「あんたこの会場でバイトしてて、暑さで気を失って倒れたんだよ」
「バイト・・・ああ。そうでしたっけ」
 明日香は広い会場を羨ましそうに見渡して呟いた。
「いつかこんなところで歌いたいな」
 俺は少し泣きそうになるのを堪えた。しかしシンがはっきりと言った。
「悪魔と契約しないで頑張りな」
 やっぱりこいつは空気が読めない奴だ。
 明日香は舞台から名残惜しそうに降りて、客の中に混じった。特別じゃなくなった彼女はこれからどんな人生を歩むのだろうか。またどこかであの歌が聞こえた時には、俺も夢は叶うと信じることができるだろう。できればそうであって欲しい。
 

 帰りの車中、シンがつぶやくように言った。
「お前らはいいよな。夢とか恋とか色々することあって」
「そう言えば、恋はできないってどういうこと?」
「俺らの一族は誰と結婚するか産まれた時から決まっている。ちなみに俺の今の嫁も決められた人だ。まあいい嫁だけどな」
「へえ。でも俺はそっちの方が楽な気がするけどな」
「マジ?なんで?」
「いやあ、仕事とかやりたい事とか結婚とかさ、全部あなたはこの仕事でこの人と結婚するって決めてくれた方が悩まないで済むでしょ」
「お前変わってんな」
「いや、結構そう思ってる人多いと思うけどなあ。ただそうなると、嫌になった時に変われないって問題はあるけど。てか、嫌になったりしないの?」
「そりゃな。一生吸血鬼と鬼ごっことか飽きるし、他の女にも興味はある。寿命が短いからこそやりたいことをやろうって思わなくはない」
「なんかやりたい事あるのか?」
「うーん。それもないっちゃないんだけどな。選択の自由が欲しいだけかもな」
「選択の自由なんてめんどうくさいだけだよ。選ばないといけないと悩むし、悩んで選んだものが正しいかもわからないんだから」
「そんなもんなのか?どっちもどっちなのかもな」
 車の窓から空を見上げると、神父がその大きな翼で飛んでいるのが見えた。
「神父は夢とかあるのかな」
「ないだろ。天使だし。あの人こそ迷いなんてないよ。多分な」
 神父が空から手を振ってきた。俺も一応振り返す。
 迷いのない人生とはどんなものなのだろうか。迷いしかない俺には到底想像できない。
 ただ、1番羨ましいのは神父が明日会社に行かないでいい事だ。空を飛べることよりもはるかに。

僕は37歳のサラリーマンです。こらからnoteで小説を投稿していこうと考えています。 小説のテーマは音楽やスポーツや恋愛など様々ですが、自分が育った東京の城南地区(主に東横線や田園都市線沿い) を舞台に、2000年代に青春を過ごした同世代の人達に向けたものを書いていくつもりです。