HIPHOPブーギー 第7話 彼女の夢

「またオーデイション落ちたよ」
 シンガー志望にはクラブで歌う以外の道がある。俺らラッパーにはオーデイションなんかねえが、日本人はメロ好きだからな。シンガーの需要は多い。レコード会社が毎月の様に新人の歌の上手い奴を求めてる。ま、だけどどいつもこいつもドングリの背比べよ。同じ様な歌い方してソウルがねえ。
 明子は毎月の様にオーデイションを受けてた。だけど、あいつはいい線行きながらいつも不合格。そりゃそうだ。アイドルしかミリオン売れない時代。レコード会社だってパツンパツンで即戦力を求めてるわけ。当然、オーデイションは狭き門になる。
 俺には明子が落ちる理由がわからなかった。あいつの歌はマジJANET。そこら辺のと一緒にすんじゃねえって感じよ。
「大丈夫。お前ならいつか受かるさ」
 俺はその度に慰めた。するとあいつは力なく笑って俺の肩に凭れかかった。自分の不甲斐なさが情けなかった。俺に力があればJAY‐Zがリアーナにしたみたいに才能のあるシンガーを簡単にデビューさせる力があればってね。そんな時、あいつはいつも遠くを見ながらこう言うんだ。
「はやく一緒にステージに立ちたい」
 オーライ。俺がいつか連れてってやるぜ。誰もが羨む二人だけのステージ。道玄坂の安いラブホテルのベッドで、
 俺はあいつを励ます様に夢を語った。だけどあいつはその間中ずっとどこか上の空だった。「いつか・・・」そのいつかって言葉に、俺と明子の焦りの差があった。
 俺だって焦ってたさ。だけど俺は男でラッパーだ。大学生だし。まだ余裕があったんだ。でも明子には、田舎から出てきてフリーターしてるあいつにはそんな余裕はなかったんだ。

 DJ YOSHI。言わずと知れたDJ HASEGAWAの右腕。イベントの仕切り屋。俺はどうしてもこいつが好きになれなかった。なんてったて偉そうなんだ。HASEGAWAがいなきゃただのおっさんよ。
なのに集客が足りねえだの、あの曲はかけるなだの、女用意しろだの。まあ俺だって仲良くなろうと努力したぜ。直属の上司にあたるわけだからな。
 だけどあいつはひでえんだ。平気で集客できなかったスタッフ殴ったりするしな。俺とバイブはフープラの息がかかってたからそんな事はなかったが、あいつはその辺も気に食わなかったはずだ。俺らに対する態度は最初からシカトに近いもんがあった。
 そんなYOSHIが30歳前にしてMIXCDを出す事になった。やっとこさ来たチャンス。あいつは有頂天よ。その週のイベントはリリースパーテイーって決まった。DJ HASWGAWAの友情よ。メインの時間は当然YOSHI。
 ま、俺らもがんばって集客したね。嫌いだったがクルーの一員の晴れ舞台を祝わないはずはねえ。そのMIXCDにはYOSHIの作ったトラックでベテランシンガーSAORIが歌う新曲も入るって事でライヴも決まった。
 フロアは超満員よ。そんでDJ HASEGAWAがプレイを終えるとマイクを持った。
 「さあ、次が今日のメインDJだ。MIXCDリリース。俺の盟友、DJ YOSHI」
 YOSHIは満面の笑みよ。いつもは難しい顔してかっこつけてるけどな。目には涙まで貯めてやがった。さすがに俺も感動した。友情。仲間。HIPHOPな感じが滲み出てた。
 まず一曲目からSAORI。オーデイエンスマジアガリ。そんでYOSHIのプレイ。気合十分よ。ま、歳の功。なかなかのプレイだったぜ。そんで終わりにあいつは言った。
 「今日はありがとう。次は新人をプロデユースするから」
 へええ。そんなプロジェクトまで進んでやがるんだってちょっと嫉妬したね。さすがに。だけど晴れ舞台だからしょうがねえ。
 VIPルームに行ったらYOSHIはへべれけよ。ガンガンお祝いのテキーラ。俺らもこの時ばかりはって祝い酒持って乗り込んだ。
したらよ、マジジーザス。YOSHIの隣に明子がいたんだ。あいつはミニスカート履いてYOSHIに凭れかかっていやがった。YOSHIの野郎はその足の間に手入れてた。
 ブチ切れる寸前よ。そしたらバイブが察してそれを止めた。
「やめとけ。あんな女ほっておけよ」
 そうはいかねえ。YOSHIだって知ってるんだ。明子は俺の女だってな。いくら酔ってるからって許さねえよ。
 「黙ってろ」
 俺はバイブにそう言ってYOSHIと明子の前に立った。
 「何やってんだ?」
 俺は明子に言った。明子は無言よ。したらYOSHIが笑ったんだ。
 「てめえ。俺に言ってんのか?」
 調子コキやがってロートルDJが。やってやろうじゃねえか。俺は拳を振り上げた。自信はあったね。最近じゃあ俺は鍛えてんだ。気分はDMX。負けねえ。てめえみたいな腰巾着にはな。
 したらよ、バイブが突然俺を殴ったんだ。意味わかんなかったぜそん時は。俺は不意の一撃でふっとんだ。
 「すいません。こいつ酔ってて。YOASHIさん。今日はおめでとうございます」
 バイブはそう言って頭下げた。俺は収まりきかねえからすぐ立ち上がったがチカ―ノの拳は重くてマジふらふら。そこにもう一発腹に食らった。
 「おら行くぞ」
 俺は引きずられていった。明子は俺を見ながら涙目だった。ふざけんな。俺の方が泣きてえって思った。
 「くそガキが」
 YOSHIの捨て台詞はクリアに耳に届いた。
 「もう一回乾杯だ」
 VIPルームのグラスの音は、その日ばかりは耳障りだったね。

 「お前、余計な事すんなよ」
 裏でバイブに俺は言ったんだ。女盗られて黙ってられるかってな。
 「ざけんな。女ごときでこっから追い出されてどうする?」
 「だけどな・・・」
 「俺らはHIPHOPしてんだ。女盗られたのは俺らに力がねえからだ。それがHIPHOPだろ」
 「YOSHIの野郎は俺の女だってわかってんだぜ?」
 「だからなんだ。俺らはトラックで、お前のラップで、スキルで見返すんだ」
 マジその通りだと思った。バイブは俺を助けたんだ。女盗られて、イベントまで追い出されたら俺は立ち上がれなかっただろうよ。
だけど俺の心はそんな簡単に納得できなかった。バイブの拳の意味はスゲー理解できた。だけど、はいそうですねなんてすぐに冷静にはなれなかった。
 「ちくしょう!」
 俺は唾吐いて一人で帰った。バイブは追ってこなかった。それがあいつの優しさだった。だって俺は、背中越しに完全に泣いてたんだからな。

 明子からはその後何度も電話があった。だけどでる気にはなれなかった。いや、でたかったけど、何話していいかわかんなかった。
冷静になると、あいつの気持は同じ業界にいる人間として理解できなくもなかった。だからって自分の力のなさを認めて受け入れる事はできなかった。そんなの惨め過ぎるだろ。
 それに、終わりを認めたくもなかったんだ。したら、長げえラインが届いた。
 「ごめんね。私もう24歳よ。シンガーで24歳なんてギリギリなの。オーデイションも受からないし。目の前のチャンスを逃すわけにはいかないの。明人の事は好きだった。だけど、それとこれとは違うの。私にも夢があるの。あなたとステージに立てたら素敵だろうけど、あなたの語る「いつか」を待っていられないの。ごめんなさい」
 そのラインの後、明子とは連絡が取れなくなった。YOSHIプロデユースでデビューしたのは違うシンガーだった。
 へ込んだ。マジへ込んだ。結局俺らなんかはガキなんだって思い知らされた気がした。キャリア、人脈。この世界に何が必要か。実力だけなんて甘いってな。
 俺はロマンテイックな男よ。明子がデビューしてくれればまだ救われた。あいつが俺と語った夢を叶えてくれれば、せめてステージであのヤベえ声で歌っている姿を見せてくれればよかった。
 だけど、あいつは夢を叶えられずに、別に好きじゃねえYOSHIに諂ったのにいなくなっちまった。ただ恋が終わったような衝撃じゃなかった。夢の儚さ。それを叶える事の厳しさも教えられたんだ。
 そん時のリリックなんてマジ暗れえ。そんでガキ臭え。恥ずかしいからさわりだけ。

 なあ BABY 語り合った夢は行き去り

 俺とお前はすれ違い

 この街に飲み込まれた二人の未来

 もう叶う事はありえない

 その背中さえも俺には見えない

 意気消沈とはこの事。そっからしばらくトラックを作る気にはならなかった。バイブは優しい奴でいろんな女俺んとこに連れて来てくれた。何人かとはヤッタさ。だけど、どいつもピンとこなかった。どうしてもあの声が耳から離れなかった。
 ハーコーHIPHOPも聞く気になれなかった。意外とそんな時、心に響いてきたのはJ‐POPだったな。やっぱ歌詞がわかるからな。サザンとか?
 なんかそれに気付いちまった時、全部どうでもよくなっちまったんだ。俺何やってたんだろうってな。

僕は37歳のサラリーマンです。こらからnoteで小説を投稿していこうと考えています。 小説のテーマは音楽やスポーツや恋愛など様々ですが、自分が育った東京の城南地区(主に東横線や田園都市線沿い) を舞台に、2000年代に青春を過ごした同世代の人達に向けたものを書いていくつもりです。