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小説「リーマン救世主の憂鬱」 第17話

 同僚達は意気消沈し、飲み直す事もなく「がんばろう」と言い合って散り散りに別れた。

 教会に向かう道中で前の会社での出来事を思い出した。数年前。まだ会社員のなんたるかを知らない時に、俺はリーダーを気取り皆をまとめ、会社を変えようとした。
 今考えれば、なんでそんなやる気に満ちていたのかはわからない。多分、調子に乗っていたのかもしれない。部下ができて、仕事ができるようになったと勘違いして。そして、そんな自分がどうして会社の中でもっと評価をされないのだと不満ばかりを募らせていた。 

「管理職層のスキル不足が会社をダメにしている」それが俺の主張だった。
 組織改革の為の研修や評価制度の改革を全体会議でプレゼンし、上司の一部も協力すると言ってくれた。しかし最終判断で放たれた社長の「やらない」の一言で何も進まなくなり、協力者も離れていき、俺は孤立した。

 もちろん、俺のやり方に問題があったのは明白だ。自分を認めさせようとするあまり、敵も多く作った。できないと思っていた上司達をあけすけに批判したりして。
 もっと慎重にゆっくりと、そして力をつけてから声を上げるべきだったのだ。そうすれば違う結果を掴めたかもしれない。
 とは言え、未分不相応であった事も事実なのだ。転職を繰り返し、良い大学出のエリートでもない自分が組織を変えようなんて大それた話だった。
 
 今の会社の新社長だって、中小企業の単なる若手の声なんかに聞く耳を持つわけがない。
 だから同僚も諦めるしかない。俺たちはこうやって一生静かに生きてゆくしかないんだ・・・なんてそんな簡単に納得できてない自分もいた。

 期待していなかったとは言え、目の前で同僚達の希望が壊されるのを見ているのは本当は辛かった。
 距離を置いていたとは言え、彼らが嫌いではなかったし、冷めた目で見ながらもどこかで俺も期待をしていたのだ。「会社を変えて欲しい」と。まるで夢を諦めて子供に託す親のように昔の自分を彼らに重ねて。
 だけど、やっぱり無理だった。会社の現実と自分達の力の無さと弱さをあらためて思い知らされたような気がした。

 神父に会って優しい言葉をかけて欲しい訳ではなかった。ただあの広大で荘厳な空間に身を置き、空っぽになりたかった。そうすれば少しはマシな気分で寝られる気がした。

 教会の大扉はなぜか鍵がしまっていなかった。まるで俺が来るのを予期していたかのように。しかし、中に入ると神父の姿はなかった。蝋燭も消え、聖水も掬い取られていた。
 ステンドガラスから入る月の光を頼りに十字架の前に進んだ。祈る気にはならなかった。無宗教の日本人だ。急にここで手を合わせるのは憚れる。
 とりあえず、酔い冷ましも兼ねて十字架を見上げながら深呼吸をした。1回、2回・・・夏前だと言うのに少し冷たい教会内の空気を吸うと気分が良くなった。

 静かだった。俺は椅子に座りしばらく十字架を眺めた。俺の人生はこれからどうなるのか。もしかしたら何かが起って・・・漠然とした期待と不安の中で、十字架を見ながらしばらく思考にふけった。

 日々の中で人生を考えるのはしんどい。どんなにポジテイブな未来を夢想しても、朝、起きた時のアラームで現実に戻されるからだ。毎朝、必要以上に落ち込んでいたら会社なんて行けない。
 だから仕事のある平日は考えるのをやめる。何も考えないようにすれば日々は淡々と過ぎてゆく。そうすれば一週間は早く進む。
 しかし今日は様々な思考や感情が頭を巡った。垣間見てしまった今の社会での自分達の現実のせいで考えずにはいられなかった。

 何にも悩まないで、爽快に起きれる月曜日をずっと過ごせるようにしてほしい。今日だけはこんなしょうもない願いを受け入れて欲しい。
 椅子に身体を預け目を閉じると心地良い微睡が訪れた。教会がこんなに居心地の良い場所になるなんて考えもしなかった。いや、それは明日が土曜日だからか。明日は憂鬱なアラームが鳴らない。
 

 安らぎの中でいつのまにか眠ってしまい目を覚ますと、いつのもの神父のアルカイックスマイルが目の前にあった。

「あ、すいません。つい寝てしまって」
「いえ、教会の出入りは自由ですから。でも、神の元で居眠りしている人は初めて見ました。さすがですね」
「今、何時ですか?」
「夜中の12時です。何かありました?こんな遅い時間に」
 もう数時間も寝ていたような気がしたが意外と時間は経っていなかった。
「会社で色々ありまして」
「忙しかったんですね。お疲れ様です」
「神父。僕らには未来はあるんでしょうか」
「僕らとは?」
「ああ。会社の同僚含めて」
「大丈夫。道は拓けます。必ず」
 

 力強い神父の言葉は残念ながら何の解決にもならなかった。神父に会社の事がわかるはずもない。

「帰ります」
「何か、怒ってます?」
「いえ、すいません遅くに」
「また依頼の話は明日しましょう」
「そうですね。また明日」
 終電のラッシュの中で谷山にラインを送った。
「大丈夫か?」

 メッセージは数時間経ってから既読になったが、返信はなかった。

僕は37歳のサラリーマンです。こらからnoteで小説を投稿していこうと考えています。 小説のテーマは音楽やスポーツや恋愛など様々ですが、自分が育った東京の城南地区(主に東横線や田園都市線沿い) を舞台に、2000年代に青春を過ごした同世代の人達に向けたものを書いていくつもりです。