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小説「リーマン救世主の憂鬱」 第16話

 飲み会には谷山を始めとする同僚も誘われていた。

「会社をこうして行きたい」
「僕のキャリアプランは」
「今年の目標を達成するには」

 この前まで会社への不満を言い合っていたはずだが、新社長を前にしてそんな話をする人間はいなかった。
 かなり前向きな姿勢での社長へのアピール大会に俺は辟易していた。そんなことばかり言ったらもっと忙しくなるじゃないか・・・と。
 下ネタを言う奴も不満を言う奴もいない。仕事中毒になっていない身としては居心地が悪くてたまらなかった。
 

 新社長は一人一人の話を静かに聞きながら、的確なアドバイスを送っていた。それに対して、同僚たちも真面目にうなずき、そして時には感嘆の声を上げていた。誰もが彼に対して好意的な印象を持っているのは明白だった。
 さすがだとは思う。山園なんかと比べれば俺も新社長が嫌いではない。彼の人を掌握する能力は尊敬にも値した。
 しかし俺には関係ない。そうなりたいとも思わないし異常に気に入られたくもなかった。これ以上忙しくなるのは嫌だったから。
 俺はなるべく距離を取りつつ、しかし周りに同調はして目立たないようにしていた。しかし、隣にいた同僚がトイレに行った隙に、なぜか新社長が俺の隣に座った。

「加藤くん。君も頑張っているね。ありがとう」
 なんて謙虚。いやいや。しかし隣って。
「ありがとうございます。でもまだまだなんで」
 思ってもないことを口にした。本当はもう十分なのだが。
「君は将来どうなりたいの?」
「え?」」
 

 鋭い質問だった。サラリーマンとしてキャリアビジョンはとても重要だ。しかし俺にはこの会社でのビジョンなどなかった。

 「いや。なんて言ったらいいのでしょうか・・・」

 特にないとも、こうなりたいとも嘘もつけず黙ると、酔っ払った谷山が割り込んで言った。

「社長ならわかってくれるから言おうぜ。俺らは山園・・・さんとか今の部長陣みたくなりたくないんですよ。下を評価しないつまらない上司には。だから俺らは早く部長とかになって下の人間もやる気が出る会社にしたいんです。あいつらを引きずり落としてやりますよ。この会社の癌ですから。社長もわかってるでしょう。この若手チームに任せてください」

 谷山は「改革派の仲間だ」と言わんばかりに俺の肩を叩いた。俺は頷かず、ただ苦笑いで返した。そんなたいそうな事に巻き込まないで欲しい。
 すると、新社長が鋭い瞳で俺を見つめて言った。

「そうか。加藤くんも彼らは悪いと思う?」

 急に新社長から笑顔が消えた。一応俺も悪魔が見える以外にも空気を読む能力はある。
 酒が入り、新社長の目付きが見えない同僚達は上機嫌だったが、どうも雲行きが怪しいと俺は気づいた。しかし新社長の真意がわからず曖昧に答えた。

「いや・・・どうでしょうね」
「そうか。まあいい。いいかい君達。いや、お前ら」

 新社長は急に立ち上がると厳しい表情で言った。

「お前らさ。俺が社長になって会社を良くしようとしてるんだ。文句ばかり言ってんじゃねーよ。いいか、ネガテイブな発言はいらない。会社が変わる時はポジテイブなことだけを発言しろ。文句があるなら成果出してからだ。そしたら認めてやる。ここに成果出した奴いるのか?いないよな。上司の文句なんか言ってる暇があったら仕事しろ。世代交代を訴えるほど優秀だったらこの会社の売り上げはもっと上がってるはずだ。部長陣を引きずり下ろす?評価しない?だったらそれくらいの事をやってから言え。いいか。以後、部長陣の悪口を聞いたらただじゃおかない。お前らは駒なんだ。馬車馬のように働け。それができなきゃクビだ」

 同僚達の輝いていた瞳は一気に暗く沈んだ。まるで悪魔でも取り憑いたかのように。

 彼らは今の変化をポジテイブに捉えていたはずだ。そして社長にもついて行こうと考えていた。その上での今日の飲み会であり発言だった、
 しかし新社長は、会社の売り上げを良くしにきただけで組織を変えようとは思っていなかったのだ。
 考えてみれば当然の話だ。俺達は部長陣がどんな仕事をしているか実際のところ知らない。つまり今俺らが部長になっても何もできないのだ。
 そんな何も知らない若手を押し上げて使うなんてリスクが高いし時間の無駄だ。だったら今の部長陣に発破をかけ、さらにその下の駒を動かした方が効率よく仕事が回る。
 それに俺達にやりたいようにやらせて業績が良くなる保証はない。であれば今までの管理職達を残すのはあたり前のことだ。

 谷山は泣きそうな顔をしていた。他の同僚もまた落胆を隠せていなかった。
厳しい表情を浮かべている新社長とのコントラストはさながら悪夢だった。
 気まずい雰囲気の中でそろそろ帰りたいなと、携帯を見ると今日が13日の金曜日である事に気づいた。
ジェイソンもびっくりの最低の金曜日。ともかく俺は教会に行きたくて仕方がなかった。
 

僕は37歳のサラリーマンです。こらからnoteで小説を投稿していこうと考えています。 小説のテーマは音楽やスポーツや恋愛など様々ですが、自分が育った東京の城南地区(主に東横線や田園都市線沿い) を舞台に、2000年代に青春を過ごした同世代の人達に向けたものを書いていくつもりです。