HIPHOPブーギー 第9話 デビュー

 バイブはトラックをすでに十曲以上用意してた。さすがだぜ。もしかしたらこうなる事を見据えてたのかもしんねえ。
 だけど、聴いてみるとそのトラックはすべて純粋なHIPHOPと呼べるものではなかった。ラテン、ジャズ、ハウス、ロック。そりゃいろんな音楽を混ぜるのがHIPHOPとも言えるが、俺らが今まで求めていたものとは違うビートが多かった。
 NWA、モブデイープ、パプリックエネミー。オールドスクールの匂いのあるトラックは皆無だったな。どっちかって言うとPOPSって感じだった。
 だけど俺はその意味を深く考えなかった。バイブを疑う気なんてゼロ。あいつはブラザーだぜ?
 それに、俺は用意されたビートにラップをのせるのが仕事。俺がライムすれば、どんなトラックだろうと俺らのHIPHOPになる。バース1からフックまで、俺はいつも通りのラップをのせた。

 この地 ザイオンから放つ爆音 RIDE ON

 三文芝居の政治家 ガンガン

 壊してゆくな日本を

   昨今じゃそんな事態は当たり前か

   じゃあここから始めようか革命を

   爺の政治家はFUCK OFF

 解き放て 俺達だけのリアル

 ワールドとともに世間をサーバイブ

 イエエ。社会批判だって忘れねえ。俺はバッチリ大衆に呼びかけるラップを完成させていったつもりだった。この想いが、この熱さが今の世には足りねえんだってな。こいつがリリースされれば誰もが耳を傾ける。疑いの余地はなかった。YOSHIだってHASEGAWAだって見返してやる。根底にあったのはそれよ。
 メジャーでリリースして、フープラと肩並べて返り咲いてやる。そしたらあいつら文句は言えねえさってな。俺は自分の中の想いを吐きだす様にラップした。バイブは何も言わずに静かに見てた。
 アルバムは三カ月で完成した。十二曲入りのマスターピース。タイトルは俺らの名前から「ワールドサーバイブ」最高にドープなアルバムよ。
 プロモーションはネット中心。SNSでとユーチューブとニコニコ動画で定期的に曲をアップしてった。
 HIPHOP界は狭い。俺らがハーレムのイベントから抜けた事はいろんなクラブ関係者にまわっていてライヴはさせてもらえなかった。
「悪いがお前らには関われない」
 誰もが力のある者に右向け右の世界。間違いなくYOSHIの仕業よ。相変わらず小っちぇー。
 まあ、そんな事はわかってたからな。俺らはへ込むことなく地道に宣伝した。同時にレコード会社にも音源を送った。
 したらよ、そのうちの一社から連絡が入った。しかもけっこう大手。VEX RECORDSってメジャーレーベル。一度会って話たいってな。
 俺とバイブはハイタッチしたね。とうとうきやがった。これで俺らはスター街道まっしぐらだって思った。考えてみればそんな遠回りじゃなかったなって。他に比べれば。俺らまだ二十代前半だし・・・なんて感慨に浸って浮かれてな。意気揚々とレコード会社に向かった。

 赤坂のでっかいビル目の前にしても俺らに緊張なんてなかった。音源を認められて呼ばれたわけよ。つーか来てやったって感じだったな。
中に入ると気取った大人達の中で、B‐BOY丸出しの俺らは少し浮いてたが気になんてしなかった。堂々と守衛に名前を告げてやった。
 通されたのは小せえ会議室。まあいいさ。契約書にサインするだけなら部屋の広さなんて問題じゃねえ。俺達は悪びれもせず足組んで待ってた。
 しばらくすると、三十歳くらいの大人三人が入って来た。スーツ姿の奴らが来ると思ってたら拍子抜け。みんな私服のオシャレさんって感じよ。茶髪までいやがった。
 「どうも初めまして。どちらがトラックを作った人?」
 一番端の茶髪が言った。こいつはプロデユーサーの今井だと名乗った。
 「俺です」
 バイブは珍しく緊張してたな。
 「そうか。いいトラックだったよ」
 「ありがとうございます」
 イエエ。わかってるなって、俺は呑気に浮かれてた。
 続いて残りの二人。宣伝担当とマネージメント担当に名刺を渡された。なるほど。彼らがブレーンねって俺は理解した。
 「さて、率直に・・・」
 そんでプロデユーサーが話し始めた。
 「君らの曲を聴かせてもらった。とても興味深かった。HIPHOPらしいHIPHOPだと思った。まだそのままリリースするわけにはいかないが・・・それで、君達はプロになる気はあるのかい?」
 愚問だ。俺は言った。
 「もちろんです。その為に作ってますから」
 「君はMCのワールド君だね。個人的には君のラップは嫌いじゃない。しかし・・・」
 俺のラップとバイブのトラックを切り離してる意味がわからなかったが、俺は続きを待った。
 「君がこのままなら、二人が売れる事はないだろう。なんでかわかる?」
 「どういう事っすか?」
 じゃあなんで呼んだんだって思ったね。
 「やっぱり君はわからないんだね。DJの子はわかってるんじゃないかな」
 すると珍しくバイブは下を向いたまま反論をしなかった。いつも俺の味方だったあいつがだぜ?今までにバイブのこんな気まずそうな表情は見た事がなかった。
 俺は意味がわかんなかったね。だけど、どこかこの状況を予想していたような雰囲気がバイブにはあった。
 「言いにくいか。じゃあ僕が言おう。トラックは素晴らしいよ。HIPHOPに固執せず、様々な音を混ぜこんでいて、メロデイーものせやすいだろう。しかし、ラップが駄目だ。あまりに攻撃的かつ、人の共感を呼ばない。わかるかい?ワールド君のラップがトラックの売れる要素を壊してるんだ」
 「なんですかそれ。つまり俺は必要ないって事ですか?」
 「まあまあ。そんな事は言っていない。個人的には好きだって言ったろ?君のラップは。声ももうっちょっと普通に歌えばものになる」
 俺はバイブに助けを求めた。そうさ。こいつのラップを認めねえなら帰るって強く言ってくれると期待してな。だけどバイブは俺のアイコンタクトを無視して何も言わなかった。
 「君は変わる必要がある。今のままではインデイーズに溢れる一組のHIPHOPユニットに過ぎない。しかし、君が変われば売れるよ。必ず売る。それは僕と、この宣伝マンとマネージャーが約束する」
 すると宣伝マンの男が口を開いた。いけすかねえメガネ面さ。
 「今の音楽業界の現状は知っているだろ?ダウンロードが根付き、人々の音楽への関心も薄くなってきている。僕達も生き残るのに必死だ。そんな状況の中、新しいアーテイストを世に出す時に冒険はできない。ある程度計算できるアーテイストを僕らは、会社は望んでいる」
 ついでにマネージャーも続いた。なんだかゴツイスポーツマンよ。
 「ビジュアルとして君ら二人は悪くない。ハーフのDJにすっきりとした顔立ちのMC。ファッションも少し変えれば女受けもいいだろう」
 おいおい。アイドルになれって言うのか?ふざけんな。
当然突っぱねる気だった。俺らはこのままだって売れるのに何言ってやがるってな。俺は椅子から腰をあげた。したらバイブが言った。
 「わかりました。その方向でいいです。こいつも変わります」
 「おい。お前」
 バイブは俺を無視してさらに言った。
 「レコーデイングはいつからですか?」
 「ああ。来週からにしようと思う。それまでに君にはトラックをもう少し仕上げて欲しい。それからラップ。バイブ君は理解しているようだが、君は何を変えればいいかわかるかい?」
 「あ?」
 俺は完全にケンカ腰だったね。こいつら、バイブも含めて俺を無視して話進めてやがる。そこが気に食わなかった。
 「おお。怖いね。まあ、まだ一週間あるから。とにかく、僕らの君のラップへの感想はこうだ。独りよがりである事。HIPHOPを意識し過ぎてる事。伝えようとしていない。メロディーがない」
 こいつに何がわかるって思った。こんなおっさんに俺らのHIPHOPの何がわかるんだってな。だけど相変わらずバイブは何も言わなかった。三人が出てゆくまで、俺と目を合わそうともしなかった。

 部屋に二人きりになると、俺は我慢できずにバイブの胸ぐら掴んだ。
 「てめえ。なんだよさっきのは」
 裏切られたっつーか寂しかったな。バイブだけは俺の味方だと思ってたからな。
 「お前もわかるだろ。これは俺らにとってチャンスなんだ。これを逃すわけにはいかない」
 「ああ。それは俺もわかってる。だけど俺は俺のスタイルを貫けねえ。このままじゃな。お前は認められていいかもしんねえがなあ」
 「あ?お前俺にケンカ売ってんのか?つかまだわかんねえのかよ。このまま、例えば自分達でイベントやって、ライヴやって、上に上がれると思ってんのか?渋谷から干された俺達が名前変えてもあいつらに見つけられて潰されるのが落ちだ。上手くいったとしたって所詮インデイーズ止まりだな。イベントでもやるか?そんでYOSHIとかと同じ様に、新しい芽を潰すか?」
 「そんな事わかんねーじゃねえか。ストリートでやって認められるかもしんねえじゃねえか」
 「かもじゃだめなんだよ。このチャンスは千載一遇だ。これを逃したらいつ来るかなんてわかんねえ。CDなんて売れてねえ時代だ。しかもHIPHOPなんて特にだ。ランキングは女シンガーばっかりじゃねえか。このチャンスは奇跡だ。わかるだろ?」
 相変わらず、バイブの言っている事は間違いがねえ。俺は言い返せなかった。VEX RECORDS以外、どのレーベルからも音沙汰がなかったのが正直な現状だった。だけど、俺は自分に嘘をついてラップしなきゃならねえのか?それだけが拭い去れなかった。
 「なあ。ワールド。俺は純粋な日本人じゃねえ。だからある程度、日本のシーンを俯瞰で見てるところがあるんだ。お前は本当に日本のHIPHOPシーンにストリートがあると思うか?」
 「あるさ」
 渋谷界隈六本木。それが俺らのストリートだ。そこだけは俺は譲る気はなかった。
 「そうか。じゃあ、ランドセル背負ってる小学生がラップしてんの見た事あんのか?友達のオヤジがポン引きだったり、デイーラーだったって話は?誰かの兄貴が銃で撃たれたって噂聞いた事は?貧乏過ぎて中学も行けない奴を見た事はあるか?」
「いや・・・それは・・・」
「そうさ。それはアメリカのゲットーの話かもしれねえ。それにそんなところで育ったHIPHOPが必ずしも正しいとも言えねえ。だけどよ、そりゃ本場に近づこうとしてるのは悪いことではないが、ブロンクスの現状知ってる俺らからしてみりゃ、そんな奴チャンチャラおかしいわけよ。この前まで、笛吹いて学校行って、親にこずかい貰ってた奴が突然悪ぶってギャングスター気取る。そんなのリアルでもなんでもねえよ」
 なんか胸にグサっと刺さった気がした。バイブの言ってる事は紛れもねえ事実だった。本場の人間からしてみりゃ。俺らなんてただのコピーだって。
 「お前のラップのフロウは好きだ。これが日本のギャングスターラップだって言うのも否定はしない。音楽は音楽だ。だけど、デビューして認められたいなら、もっと本当に街に溢れてるものを書くべきじゃねえか?日本の多くの人間が求めてるものを。それがリアルじゃねえか?だから俺はメロデイーを重視する日本のシーンを意識してトラックを作ったんだ。それで、お前にも気付いて欲しかった。このままじゃ駄目だって。マイノリテイーに受け入れられて満足ならばそれでいいが、俺らが目指すのはそこじゃないはずだろ?て言うか、それじゃ上に上がれねえ。食えねえ」
 バイブの言い分は十分すぎる程理解できたし正しいと思った。
かっこよさとか、やりたいからとか、俺はそれだけでHIPHOPをやっていた。ありのままを隠してギャングスター気取って。そして、そんなラップはリアルじゃない事にも気付かなかった。
 誰かをDISして、スキルを見せつけて、女と金について語る。それはアメリカの中のHIPHOPさ。ゲットーで育ったニガーが求めるのはストレートな欲望よ。
 だけど、俺らの現実の生活の中にそんな状況は確かにない。周りにドラッグ売ってる奴もいねえし、ほとんど大卒だしな。ビッチな女はべらしてるのもいなければ、音楽で稼いでベンツ乗ってる奴もいねえ。
ストリートには、駐禁かタバコポイ捨て見張るおっさんはいても、ラップする小学生なんていない。そんな中で、悪ぶってラップしても意味はないかもしれない。届かないかもしれない。
 だけどよお、いきなり今までやってた事やめろって言われても難しいぜ。信じてたもの捨てろって言われてもできないぜ。そういうラップで食ってる奴だっているだろ?フープラだってそうさ。
 「なあ。少し時間をくれねえか?」
 「わかってる。まだ、レコーデイングまで一週間ある」
 バイブは俺の肩を叩いて言った。だけど俺の中のプライドや意地はその振動で胸から落ちてはくれなかった。やっと、明子やYOSHIの件から復活したんだぜ?そんでまた違う問題かよって、ちょっとふてくされてた。正論を突きつけられて、それでも頷けない自分がやけに子供じみてるような気がして、俺は悔しくてしょうがなかった。

 次の日の朝目覚めると、なんとも言えねえ気分だったな。つか、ほとんど眠れなかった。真っ向から「お前はいらねえ。バイブのトラックだけでいい」って言われた方がよかったかもしんねえ。それだったら諦めもつくし迷うことなんかなかった。
 「俺は俺の道をゆく。そんじゃあなバイブ」
 そう言ってまた突き進む事が出来た。それがただの意地だって言われてもな。
だけど、少しでも認められて、可能性を示された事で俺のプライドは完全に揺らいでいた。
 「必ず売れる」
 プロデユーサーのその言葉に、妙な期待感が生まれてたんだ。正直な。それに、薄々わかってたんだ。このままじゃだめだって。
 俺だって純粋なジャパニーズだとは言えミュージックフリークよ。シーンの現状くらい察知できる。やっぱりメロディーが日本人の求めているものだっていうのも理解していた。ランキング見たって、どこの出かわからねえ格好だけB‐BOYの奴が溢れてたし、そのほとんどがシンガーとのコラボ曲だ。
 自分達の音楽がシーンに反している事は気付いていた。だけど、俺はそんな奴らが嫌いだった。本当はリズム主体でラップしたいのに、売れる為に歌うあいつらをかっこ悪いと思っていた。いつか、90年代みたいにラップが復興する。その時の為に俺は貫くんだって決意があった。
 それなのに、俺にそいつらと同じ様になれって言うのか?志を変えて、かっこ悪いと思ってた事をやらなきゃいけねえのか?
 それだけじゃねえ。バイブの事もあった。あいつは俺がやらないって言ったら一緒に降りるかもしんねえ。いや、そういう男なんだ。俺の小っちゃい意地の為にあいつの人生を、才能を捨てるわけにもいかないと思った。確かにこのチャンスは二度と来ないかもしれねえ。あと一年で大学も卒業だ。そんな中で、ミュージシャンとして生きてゆける道が開かれたって言うのに、その扉を俺の為に閉ざすわけにもいかねえ。
俺はどうしていいかわからなかった。いっその事、バイブが俺を遠ざけてくれたらって思ったよ。
 「ちょっと、いつまで寝てんの?」
 布団の中でモヤモヤしてっと、また姉ちゃんがノックしねーで部屋に入ってきた。
 「うっせー。起きてるよ」
 「うっせーって何よ。もうお昼よ。御飯できてるから」
 したら腹の虫が鳴った。まあ、いくら布団の中で悩んでも仕方がねー。とりあえす俺は飯食う事にしたんだ。席に着くと、姉ちゃんは間髪いれずに言った。
 「あんた、また恋でもしたの?」
 何言ってんだって思った。それは数カ月前の事よ。だけど、俺の浮かない顔で何かを察知したんだ。流石に血縁って思った。
 「違えよ。違えけど・・・」
 「何よ。気持悪い」
 そしたら、TVになんとあのクレイジーが出てきたんだ。
 「あ、クレイジーだ」
 「なんだ姉ちゃん知ってんのか?」
 「知ってるわよ。人気じゃない。かっこいいし。あんたのラップよりいい感じ」
 「いい感じ?どこが?」
 「はあ?全然違うじゃない。あんたのはなんていうかわかんないけど、だから?って感じよね」
 おいおい。音楽わかんねーのに何言ってんだって、いつもなら思ってたな。だけど、こん時はそうは思わなかった。悪ぶったライムは普通の暮らしをしてる人間にはそんな受け取られ方しかされねえんだってな。
それに比べて、クレイジーのラップは音楽知らねえ姉ちゃんの耳にも届いてる。あんだけB‐BOY PARKでDISしてた奴なのにだぜ?俺は何が違うんだって思った。
 したら、クレイジーの曲が流れてきた。
 「あ、これこれ。超いいよね」
 その曲にはDISなんかなかった。はっきりとした口調で、HIPHOPに生きる奴じゃない、普通の人々の日々の暮らしをのせてたんだ。ビックリだぜ。元々メロディアスなラップを信条にはしてたが、歌詞の内容を完全に変えてた。そんで、姉ちゃんはそんなクレイジーの曲のフックを口ずさんでた。
 俺はそん時、なんだかクレイジーが羨ましくなった。自分に重ねてみると悪くないと思ったんだ。身近な人が、音楽にそこまで興味のない人間が、自分の歌詞とメロデイーに共感して口ずさむ。それって、スゲー事なんじゃないかってな。当然、それが姉ちゃんだったからってのもあったかもしんねえ。
 親が離婚して、ま、金に苦労はなかったが、まだガキの弟と暮らすってのは25歳を超えた女にしてみればお荷物以外の何ものでもねえ。それでも姉ちゃんは俺をスゲー可愛がってくれる。口は悪いけどな。そんな人に、自分の歌ってる姿を見せて自分の曲をちゃんと聞かせられて、その心に何かを響かせる事ができたらこれ以上の孝行はないんじゃねーかってな。よくある話かもしんねえ。だけど、一番身近な人を喜ばせる事ができるなら、スタイルなんていらねえかもしんねえって思った。
 バイブだって同じだ。あいつだって、ゴリゴリのHIP HOP好きなのは俺も知ってる。だけど、あいつは自分を変えた。何故かって?そりゃ成功したいってのもあるかもしんねえが、もっといろんな人に曲を聞いて欲しい。身近な親や兄弟を喜ばせたいって思いがあったからに違いねえ。それってかっこ悪い事じゃないんじゃないかもしれねえって思った。
 あとで誰に何を言われようとメジャーデビューだ。YOSHIだってなんだって、文句言われたって言い返せるしな。「お前ら売れてから言え。」てな。そんな安い妄想まで重なった。
 「姉ちゃん」
 「何?」
 姉ちゃんは飯食うテンポをクレイジーの曲に同期させてた。
 「俺がデビューしたら嬉しいか?」
 そしたら姉ちゃんの動きが止まった。
 「ありえない」
 おいおいそこは「嬉しい」って言うとこだろって思いながら、俺は飯を口に運んだ。
 「飯、上手いよ」
 そしたらそこでやっと姉ちゃんが笑った。
 「あら、珍しい事言うのね。いつもは何にも言わないくせに」
 その笑顔に俺の腹は満足感を覚えた。俺はそん時、なんだか自分が大人になったような気がしたんだ。
レコーデイングの日、俺はバイブに言った。
 「やるよ。どこまで変われるかわからないけど、お前と一緒にやらないと意味がねえしな。それに、誰かを喜ばせる為に変わるのは悪くないかもしんない」
 正直、迷いはや戸惑いはまだあった。この日までの一週間。俺はスタイルを変えるべくリリックを書いた。だけど、やっぱりしっくりはこなかった。
恋だ。愛だ。友情だ。ストレートに書いたリリックには俺が鍛えたギミックは使えなかったし、なんだか照れくさくて上手く言葉にできなかった。
 だけど、俺が変わる事で周りを喜ばせる事ができるなら、そしてそれが日本の音楽を聞く人間のリアルであるなら変わらなくちゃいけねえって自分に言い聞かせた。
 「ああ。ありがとう。俺もお前とやらないと意味がないと思ってる。とにかく認められよう。今の俺らに必要なのは、まず段階を一つ上げる事だ。そんで周りのみんな安心させる事だ。実はな、レコード会社からオファーがあった時、俺はすぐに親に話しちまったんだ。そん時の喜びようったらなかった。だから俺も先走ったところもある。だけど、これはチャンスだ。不満はあっても、認められればやりたい事ができる。悪かったな。何も言わないでいて」
 バイブにそう言いながら謝られると決心が着いた。こいつだって、スタイルを変えたんだってな。
 「謝るなよ。いつもお前に迷惑をかけてきたのは俺だ。やってやろうじゃねーか。メジャーで」
 「ああ。やってやろう。俺達ならできる」
 ハンドシェイクすると、怖いもんなんてねえって思えた。

僕は37歳のサラリーマンです。こらからnoteで小説を投稿していこうと考えています。 小説のテーマは音楽やスポーツや恋愛など様々ですが、自分が育った東京の城南地区(主に東横線や田園都市線沿い) を舞台に、2000年代に青春を過ごした同世代の人達に向けたものを書いていくつもりです。