HIPHOPブーギー 第8話 1バースから

 そんな俺と対照的にYOSHIは絶好調だったな。MIXCD出して、シンガーをデビューさせて、HASEGAWAと並んだような顔してんだ。まあ、確かに集客は増えたよな。二人も名の売れたDJが出るイベントなんてそうないからな。
 けど俺はそれを全然喜べなかった。YOSHIの顔見る度に明子を思い出して、あのVIPルームの光景が目の前掠めてムカついちまって。
 「ひでえ顔すんな」
 バイブによく怒られた。そんな顔したら気に入らないのがバレちまうってな。俺もわかってたんだ。だけどどうしようもなかった。どんなにYOSHIがアゲアゲのハッピーチューンをかけてても俺は笑えなかった。
 まあ、もちろんあっちも気付いてただろうよ。俺らとはほとんど口きかなかったし、それに付随して周りのスタッフも俺らに深く関わろうとはしなかった。けっこういづらい状況よ。フープラとHASEGAWAなんかイベント本番しか顔見せねえからそのご庇護も意味をなさねえ。
 めんどくせえって感じよ。モチベーションも鬼下がり。バイブはそんな俺に何も言わなかった。すげえ大人な奴よ。自分のDJをしっかりやって、俺の為のトラック作りは続けてた。
 待っててくれたんだ。俺が復活するのをな。マジブラザーよ。俺はそれに気付いてたし、痛いほどあいつの友情を感じてた。
 だけど、俺はどうしようもなくガキだったからなかなか元に戻れなかった。そんな時、事件が起きて俺らはイベントをとうとう抜ける事になった。

 今考えれば当然の成り行きだったかもしんねえ。
イベント三年目のアニバーサリーパーテイーが決まった。相変わらずの大御所DJ HASEGAWAとアゲアゲのYOSHIがメインはいつも通り。そこにフープラをまたゲストでって話になったが、ライブツアー中でスケジュールが合わなかった。
 で、どうするって話になった。
イベントって言うのは続けてゆくのが難しい。集客は当然気にしなきゃいけねえし、メイン以外は金になるわけじゃないからそれぞれのスタッフの入れ替わりも激しい。おまけに日本人はそこまでクラブに遊びに行かねえ。根付かせるのは至難の業よ。
 それでも場所の知名度、DJ HASEGAWAとフープラの名前で他のイベントよりもそれなりに楽に俺らのイベントは生き残ってきた。
新参者の俺らは知らねえが、辞めてったスタッフもだいぶいたみたいだった。当然だよな。YOSHIの下じゃあもたねえよ。
 そんな中でのアニバーサリー。こりゃ普通にやるわけにはいかねえ。古参のスタッフにもここまで来たって感慨があった。そんで誰かが言ったんだ。
 「他のラッパー呼ぶか、新人を出しましょう」
 そうだよな。ゲストやライヴが無けりゃスペシャル感が出ねえ。
 他のラッパー。もちろんフープラ並みのMCじゃねえと話にならねえ。クレイジーやらライムスのウタやら、いろいろ声かけたがスケジュールが合わなかった。
 一人、YOU THE MICってゆーフープラと同じ世代のラッパーのスケジュールが合ったが、ギャラの折り合いがつかなかった。
 もともとフープラが出る時はギャラなんかなかった。HASEGAWAの友人って事でフープラはギャラを求めなかった。いや、その話を聞いた時にはシビレたが、高額なギャラを払える程イベントはもうかってなかったんだ。当然俺らもノーギャラ。
 YOSHIが懐に入れてるって噂もあったが、業界的にみんなそんなもん。俺は話を聞きながら、自分の方向性も考えたね。このままここにいていいのかってさ。
 そんで新人を出すかって話になった。新人ならギャラなんていらねーからな。だけどいきなりアニバーサリーに呼べるような新人なんて皆無よ。どこ見まわしたって・・・って思った瞬間、俺じゃねーか?って思ったんだ。
 最近じゃモチベーション低くてもずっとサイドMCやってるし、一応負けたけどB‐BOY PARKファイナリストでもある。フープラにフリースタイル挑んだってゆー伝説の怖いもの知らず。
 俺は自分の名前が呼ばれるのを待った。当然だとも思ったぜ。他にラッパー志望はいなかったし、集客でイベントにも貢献してた。周りのスタッフも俺をチラチラ見やがる。もう俺しかいないだろって感じになってきた。あとはYOSHIの決断待ちよ。
 俺はあいつを見つめたね。なんか懐かしかったぜ。中坊ん時、バスケ部で補欠だった俺はずっとコーチを見続けた。
 「俺を出せ。俺を出せ」
 って念を込めてな。それと同じよ。
 「俺にやらせろ」
 ばっちしあいつに送ってやったよ。そん時は明子の顔は浮かばなかった。
 したら、YOSHIと目があった。俺の視線に気づいたんだ。だけどその眼には何の感情もなかった。それでも俺は情熱的に見据えてやった。女口説くみてーにな。
したらあいつの口元が緩んだ。今思い出せば嘲笑だったのかもな。だけどそん時の俺は決まったって思ったね。YOSHIだって困ってるはずだって。それに俺のスキルも悪くないってわかってるはずだってな。だけどあいつ、こう言ったんだ。
 「俺の後輩のMCを呼ぶ」
 おいおいって思ったが、俺も後輩って言えば後輩。嫌いだから名前出したくねーのかって。だけど許してやるって感じだった。しかしどうやらそいつは勘違いだった。
 「後輩って誰っすか?」
 スタッフの一人が言った。
 「ああ。地元の学校の後輩だ。実績はゼロだが悪くないラップする。そいつを呼ぶ。決定」
 ふざけんなって。一瞬で頭に血が昇った。そんなどこの馬の骨だかわかんねえような奴呼ぶくらいなら、俺をステージに上げるのが筋だろうが。こっちはやりたくもねえ集客とサイドMCやってたんだぜ?しかもあいつのせいで女とまで別れてる。
 俺は気がつくと怒りで立ち上がってた。バイブも隣にいたが、あいつにだって今回は止めらんねえ。
 「なんだ?てめー何立ってんだ?」
 YOSHIは思いっきりケンカ腰だったな。
 「なんだって。おかしいでしょーが」
 「何が?」
 恍けた顔がマジムカついた。
 「筋が通ってねえ。なんで外部から意味わかんねえMC連れて来る必要があるんですかね?」
 「あ?てめえだったら、誰なら筋が通るって言うんだ?」
 はは。恥ずかしげもなく俺は言ったね。
 「俺でしょ。サイドMCやって、B‐BOY PARKまで出てる。それに集客だってやってんだ。」
 周りはみんな口を出さなかった。だけど同じ気持ちだって俺は感じてた。DJの奴だって、このままじゃ何年このイベントに携わったってメインははれねえ。
だってよ、HASEGAWAとYOSHIがメインを譲るわけはねえんだ。こいつらは下にチャンスを与えようとはしねえ。だからって、他でイベントもできねえ。抜けたら、この世界で生きてゆけなくなる。干されるからな。だからみんな何も言わねえ。言えねえんだってな。俺はそんなスタッフの気持ちを代弁してる気分だった。
 「てめえ、調子こいてんじゃねえ。お前なんか大したMCじゃねえ。フープラさんにちょっと気に入られてるだけだろうが」
 ここは返す刀よ。
 「あ?あんただってHASEGAWAのお友達ってだけだろーが。偉そうな事言いやがって」
 「やめろ」
 バイブが止めに入った。だけど次の一言で俺は奴に飛びかかってた。
 「あ?お前誰に言ってんだ?クソMCが。お前の女だってクソだったぜ」
 クソ野郎のちょび髭面を殴ってやった。今度はバイブも止めに入らなかった。あいつも覚悟したんだろう。スタッフも呆然よ。
 「てめえ。おい。誰か止めろよ」
 四発目か五発目だったか。YOSHIが言うと数人のスタッフが俺をはがいじめにした。YOSHIは鼻血拭きながら俺の顔に唾吐いた。
「てめえなんか才能ねえただのガキだ」
 その瞬間にバイブも飛びかかっていった。イエエ。ブラザー。温厚なあいつを怒らせるなんて奴はマジカスだ。
 だけど多勢に無勢よ。俺ら二人は結局取り押さえられた。んでYOSHIがスタッフに言った。
 「おい。お前らこいつらやれ。ボコれ。やれねえ奴はイベント抜けろ」
 おいおい踏み絵かよって感じよ。
 まあ俺は覚悟してたぜ。ここのスタッフに逆らう根性あるのなんていねえよ。何年もあんな野郎の下にいるんだ。それに、後が無くなる恐怖も理解してた。
 俺としては。お前らを怨まねえって境地。そしたら案の定。一人が俺を殴ったら次々とよ。はは。痛くなんかなかったぜ。どいつもこいつも軟な拳だった。
 俺とバイブは文字通りボコボコ。顔腫らして血まみれよ。そんで引きずり出された。
 「てめえら二度と顔見せんな」
 YOSHIが捨て台詞を吐いたらよう、バイブが中指立てた。最高にクールな奴だ。俺も負けずにやってやった。したらあの野郎、俺らに一発ずつ蹴り入れてきやがった。だけど一番軟い蹴りだったぜ。
 「やっちまったな」
 ゴミみたいに路地に倒れたままでバイブが言った。
 「ああ。悪かったなバイブ」
 俺はこいつに迷惑かけた事だけがマジ申し訳なかった。
 「はは。気にすんな。あんな奴の下じゃあDJできねえって。俺も思ってたところだ」
 したら、なんか涙が流れた。よく泣く奴だって?しょうがねえ。俺はマジで生きてんだ。こん時の涙は悔し涙よ。
結局は負けたんだってな。女盗られて、ラップできる場所も失って。俺らには力がなかったって。ジワジワきたな。あいつはクソだが、そんな奴に勝てねえ俺らが悪いってな。情けねえ言葉が溢れた。
 「ちくしょう。ちくしょう」
 何回言ったかわからねえ。叫んだって叫んだって、その悔しさは消えなかった。
 「なあ」
 したらバイブが言った。あいつは泣かずに空を見上げてた。
 「もう一回。最初からだ。だけどわかりやすくていいじゃんか。ワンバース目からだ。俺達の曲を、アルバムを作ろう。それでSNSで拡散させて、レコード会社にも送ろう」
 まったくバイブは大した奴だ。俺はその一言で気付いた。泣いてたって、愚痴言ったって意味はねえ。やるしかねえんだ俺達は。こっからもう一度。
 「ああ。作ろう」
 俺はそん時にやっと明子との恋の傷から再生してHIPHOPに戻った。俺らは道を間違えた。俺らは誰かの下じゃなく、自分達で道を作ろうって。
 フープラとの出会い。B‐BOY PARK。なんだか俺らも普通で、名前やらなんやらに浮かれてたんだ。本物はそんなもんに流されねえ。そうさ俺はワールドだ。自分で世界を作らなきゃ意味がねえ。それが俺らのリアルだ。
 お互い腫れた顔で晴れた気持で、次の日からトラック作りが始まった。

僕は37歳のサラリーマンです。こらからnoteで小説を投稿していこうと考えています。 小説のテーマは音楽やスポーツや恋愛など様々ですが、自分が育った東京の城南地区(主に東横線や田園都市線沿い) を舞台に、2000年代に青春を過ごした同世代の人達に向けたものを書いていくつもりです。