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小説「リーマン救世主の憂鬱」 第14話

 オールして会社に行くことほど憂鬱なことはない。

 夢魔を対峙したその日、俺は会社を病欠にする事にして神父の元に向かった。
 夢の中にいたとはいえ、眠った気はまったくしてなくて体力的に限界だったし、俺が一人休んだくらいで会社は困らない。

 教会に着くと、いつも通り神父が十字架を見上げていた。
「やはりそうですか。夢魔。彼らは厄介なんです。人間の夢の中にいるので感知も退治も非常に難しくて」
「もしかしたら出会い系アプリの制作者にも悪魔が取り憑いているのかもしれません。そのアプリの広告に夢魔が現れた店が紹介されていたので」
「わかりました。調べてみます。それにしてもよくあなたは夢の中に入れましたね」
「やり方はよくわからないですが、夢魔が言っていました。お前には理想の女も夢もないって。だからじゃないですか」
 神父は俺をまじまじと見て言った。
「やっぱりあなたは不思議な人だ。本当に理想の女性はいないのですか?」
 

 理想。あまりテレビも見ていないから芸能人すら浮かんでこなかった。よく考えると男としてヤバイかもしれない。
「まあ今はって感じですよ。俺も一応は女性と付き合っていた事もありますし。長く彼女がいないっていうのもあるのかもしれません」
「長くいらっしゃらなかったら、さらに欲するものではないんですか?」
「そんな俺らの世代はガツガツしてないですよ。いなきゃいないで他に楽しみありますしね。まあ俺はそんなないけど」
「あなたの世代は冷めているというかなんというか」
「そうですか?そうだ。千里由美の事も少しわかりました。あの人も色々大変ですね」
「ええ。運命は誰かに決められるものではありません。ただ、一人で生きているわけでもない。様々なしがらみに人生が左右されることは多々あります。特に彼女はあの家系の方ですからね。でも少しずつ自分で運命を変えようと努力をしています」
「運命は変えてもいいものなんですか?」
「もちろん。どのように生きるかは人間に託されています」
「どう生きるかですか」
「とりあえず、恋人を作ったらどうですか?」
「とりあえず、ですか?」
「失礼。とりあえずは語弊があるかもしれませんが、誰かと向き合うというのは大事なことです」
 

 最後に彼女がいたのは5年前になる。彼女は当時28歳のOLで飲み会で知り合った。
 なんで付き合ったんだっけ?そうだ。確か先に寝てしまったんだ。酔っ払って家に来て。それからなんとなく始まって。別れた理由も自然にみたいな。
 その恋愛に嫌な思い出があったわけでもないけど、それから彼女ができていない。欲しくないわけでもないけど自ら探そうとは思わなかった。なぜだろう。

 最近で言えば、ある程度生活に満足しているからかもしれない。つまらない会社だが働いて、気の合う同僚と飲んで。週末は悪魔祓いをして。はたから見れば地味な日常ではあるが、とりあえずは波風が立たなくて過ごしやすくはあった。

 例えば恋人ができて、この生活に入って来てしまえばバランスが崩れてしまうような気がしなくもない。さらに結婚なんて事になったら、もっとちゃんと働かなくてはいけないかもしれない。それは今のところ避けたかった。

「まあ、いつか。いい人がいたら」
「千里さんなんてどうです?」
「いや、彼女は結婚したいらしいので」
「結婚もいいじゃないですか」
「結婚は良いイメージないですよ。僕が言えることでもないですが」
「だから人間は少子化が問題になっているんですね。悪魔はどんどん増えていると言うのに」
「心配ないですよ。友人の多くは結婚してますから。その代わり、離婚もしていますが」
すると神父が珍しくため息をついた。
「最近の人間は何を求めているのでしょうか。平凡な幸せじゃ満足できないのでしょうか?」
「さあ。それはわからないですよ。少なくとも、俺は今の生活に満足していますが」
「それもそれで問題なんですけどね」

 困り顔の神父を置いて教会を出た。せっかく会社を休んだのだからどこかに行こうかと考えたが、どこも思いつかなかった。会社には行きたくないが、休んでもやることがないと気づくと、やっぱり彼女を作るべきなのだろうかと考えたが、そんなに簡単にできる術も知らない。

 結局は家に帰って寝ることにした。
 夢もない。彼女もいなくて結婚にも興味がない35歳の独身男が会社をサボった午後はつまらなく過ぎてゆく。
 だけど悪魔を倒せたのだからよしとしよう。妥協こそが日々を滞りなく過ごすための精神安定剤なのだか・・・多分。

僕は37歳のサラリーマンです。こらからnoteで小説を投稿していこうと考えています。 小説のテーマは音楽やスポーツや恋愛など様々ですが、自分が育った東京の城南地区(主に東横線や田園都市線沿い) を舞台に、2000年代に青春を過ごした同世代の人達に向けたものを書いていくつもりです。