HIPHOPブーギー 第5話 B-BOYPARK

 週末。土曜。渋谷のクラブ顔パスでスルー。イェエ。VIPルームで知れた顔してシャンパンガンガン。どのフライガールも俺に注目。そんで自慢のライヴアクト。この界隈じゃ一番のルーキー。キングにも認められた俺に怖いもんはなし!
 って思ったのはあの日の夜だけだった。マジ現実は甘くねえ。フープラクルーに入ったはよかったが、俺らは一番の下っ端。
 俺はイベントの集客係り。バイブはDJのカバン持ち。ニューヨークのゲットーのマファイアだったら完全にヤク捌くかポン引きするかのチンピラよ。
 だけど俺らには後ろ盾があった。フープラとDJ HASEGAWA。この二人のお墨付きがあったわけ。バイブはいきなりメイン二つ前の時間帯のDJ。んでもって俺はDJ HASEGAWAのサイドMCよ。いわゆる煽り。
ハーコーチューンならコールアンドレスポンス。
「SAY HOO!」ってな感じ?メロウなキャッチーチューンなら「HEY LADYS」って感じでロック。メインアクトじゃなかったが、一応二人でシーンに躍り出たわけ。
 そりゃ古参のスタッフはいい顔しなかったぜ。基本的には年功序列の世界よ。早い時間まわしてたDJなんて26歳。イベントしきってたDJ YOSHIなんて30歳前。もっと客呼べやら、あの曲はかけるなとかチクチク言ってきやがった。けっこう露骨よ。他のスタッフが裏呼ばれてボディ入れられてるの見たこともあった。金八かって思ったね。体罰禁止の時代に育った俺ら的にはありえねえ!
 だけど俺らはそんなん気にしなかったぜ。実力がモノを言う世界だろ?運だって言われたって、勝ち取ったのは俺達だ。
 そしたら御誂え向き。俺らの実力をクルーに証明してやれる機会が訪れた。「B‐BOY PARK」これで誰にも文句は言わせねえ。そんな感じで俺らは代々木に乗り込んだ。

「B―BOYPARK」日本最大のフリースタイルバトルの大会よ。テレビのラップバトルの審査員もラスボスも、この大会の出身者。つまり登竜門的な?
一次予選、二次予選。そんで本選決勝。勝ち抜きスタイルのMCバトル。数少ない本気ラッパーの真剣勝負の場。
俺とバイブは練りに練って参戦。フープラとの時の汚名返上。そんでさらに自分達の名を売る為にな。
審査員にはフープラ、DJ残像、MCマッツ。本物だらけだった。当然燃えないわけはねえ。
一次予選、二次予選はもち楽勝。田舎者ラッパーやら、インテリ気取った奴とかいろいろいたが、俺らの敵じゃなかった。こちとらキングフープラを相手にしてんだぜ?そんなとこで負けるわけがねえ。
そんで本選準決勝。相手はそこそこ知れた顔。板橋クルーの代表格。MC泰三と作蔵。ドレッド兄弟ユニット。イエエ。まずは俺から先制攻撃。

ゾウゾウ続けてマジうるせえな

何蔵だか俺にはどうでもいいが

なんだか匂うのは気のせいか?

いや、まさか俺の鼻いかれたか?

ていうかイカレてんのはお前らか

板橋から参戦?何度も聞いた

所詮ブクロ止まりだ早く気付け

てかそのドレッドがマジ臭ええ!

イェエ。代々木に俺らへのブーイングが木霊したね。まったく弱い奴らは客に仲間引き連れて大変よ。だけど俺にはブーイングが喝采に聞こえた。さあ来いよ。キモィ兄弟仲良しユニット。

 はは。言ってくれるな一発屋

 俺らは見てたぜハーレムのお前ら

 フープラに挑んだが泣きべそ

 笑っちまうぜ小便小僧

 俺が心配なのは審査員が

 お前に腰かけねえかって事だけ

 ていうかなんだか匂うなおかしいな

 おいおいまた小便たれてらああ!

 なかなかやるじゃねえか。デブが意外と高い声で。だが、俺は許せなかったぜ。フープラが俺らを贔屓するなんてありえねえ。あの人はモノホンのHIPHOPレジェンド。そんな真似するわけねえ。証拠にフープラが審査員席から叫んだ。
「イエエ。お前ら心配すんな。俺はいつだって公平だ。そんなルーキーに腰かけたって特はねえ。クルーだって使えなきゃ捨てるだけ。HEY YO。お前ら心配しねえで戦いな!」
 会場はマジ沸いたぜ。その歓声にのって俺は返した。

 心配無用 御慈悲なんてないぜ

 正々堂々 やってやるぜ

 ていうかマジその発言が小っちゃ過ぎる

 弱い子犬程 よく吠える

 毎年三位止まり悲しすぎる

 そろそろお役御免 消えなMOTHER FUCKER!

 はは。そしたらMC泰三泣きべそよ。バイブのスクラッチも「FUCK」って吠えた。そこでゴング。俺の勝利。後ろ姿が悲しかったな。ま、あいつらも喋るといい奴だったけどな。
 そんで決勝。次が俺らの本当の敵。今回の最大のライバル。B‐BOY PARK前人未到の二連覇中のMC クレイジー。
いや、さすがにこいつは俺もリスペクトしてる。スキルはハンパねえ。まるで歌うみたいにラップしてその上DISってきやがる。
 噂によると今回三連覇したらタイトル返上してメジャーデビューって話。そんな事させるわけにはいかねえ。勝ち逃げなんて俺が来たからにはありえねえ。
 俺らはここで負けたら終わりだと思ってた。二位なんていらねえ。優勝すれば前座ライヴから早くも卒業して、ロートルのスタッフにも何も言えなくして、VIPルームに入り浸れる。正直あの夜から、VIPルームには入れてもらえなかった。所詮、俺らは物珍しいルーキーって事よ。今のままじゃな。
 とにかくタイトルが欲しかった。ラップの履歴書に書く経歴がな。B‐BOY PARK優勝。これ以上のタイトルはねえ。
 バイブとハイタッチすると、俺らはリングに飛び込んだ。雰囲気なんかに飲まれねえぜ。それはあのハーレムでのフープラとのバトルのおかげ。どんな大舞台に立ったって、あの時に比べりゃ大した事ねえ。
 おいおい。したら、公園の石の舞台がみるみる黒点に覆われ始めた。雨よ。まあいい。上等じゃねえか。雷まで鳴ってきやがった。決闘の舞台はそろったって感じよ。
 クレイジーはやっぱ雰囲気あった。顔がいいから女の歓声も凄かったが、男の煽りもヤバかった。さすがに実力者。んで落ち着き払ってたぜ。
 客はほとんど向こう側へ。さっきまでのホーム感が嘘みたいにアウェイよ。雷が更にオーデイエンスを興奮させた。
 まずはチャンプのクレイジーから。フード被ってバリトンボイスが襲いかかってきやがった。

 この雨はいったい何のため?

 このルーキーの泣き顔隠す為?

 ていうかこいつ誰?教えてくれ

 なんか背が低すぎて 見えねえし

 っていうか相手はいねえな今回は

 ならば俺一人でラップしようか

 三連覇はEASY このバトルも今やすたれ気味?

 ていうか君?いたの?立ってるの?

 おいおい。まじイラついたぜ。確かに俺はチビだがなあ、ここまで言われた事はなかった。雨じゃ冷やせない程、頭に血が昇った。しゃがれ声にさらに磨きをかけて俺は返したぜ。

 クレイジーだかなんだか知らねえが

 グレイシーにでもなったつもりか?

 おっとあっちとはレベルが違った

 所詮お前はまだ二勝しただけのフェイクさ

 目ん玉どこに付いてやがる

 俺はここにいるぜYOU KNOW I‘M SAYING?

 すでにもうろくしたオヤジか?

 一人でやるならそりゃオナニーだ!

 バイブが女のあえぎ声スクラッチで煽る。イエエ。決めたぜ。だけど、どうも会場がついて来ねえ。雨のせいか?いや違え。いつの間にか客が女だらけだった。
当然クレイジーのグルーピーよ。下ネタに飽き飽きって感じ。こいつはヤベえ。したらクレイジーがきやがった。

 OK。悪くないぜそのフロウ

 受けて立つぜそのボディブロー

 だけど俺にはてんで効かねえぜ

 そんでお前に足りないもん見つけたぜ

    お前のフロウはまるで石ころ

 ただぶつけるだけの無駄な回路

 ここはバトルの場 だけどわかるだろ?

 誰もお前についてきてないぜ

 つまりお前の方がマスターベーション

 オーデイエンスとすんだコミュニケーション

 おっと恥かかしたかこのアテンション

 失くしちまったか今日のモチベーション

 OK 見本を見せるぜ よく見とけ

 おいおい公開説教かって思ってたら、クレイジーが俺を差し置いて観客に向かった。何すんのかと思ったね。DJも音止めたんだ。
そんで熱いバトルのステージに、日曜の代々木に静寂が訪れた。聞こえるのは雨音だけ。ありえねー状況よ。そんで奴のアカペラのラップがこだました。

 さあ お前ら今日は何を見に来た

 わかってる俺の三連覇

 なんかいろんな噂が飛び交ってる

 この勲章持ってのメジャーデビュー

 だけど俺の目的は違うんだ

 この二年とちょっと歩んできた

 お前らと共に語る事が

 デビューなんかよりも熱い恩返し

 雨音をビートにしてやるなって感じだったが、俺らとしてはなんだよそれって感じよ。俺にはそんなもん関係ねえ。俺とのバトルはどうした?ってな。
だけど会場は大盛り上がりよ。ビートなしでのラップに拍手喝さい。したら向こうのDJが軽くスクラッチ決めて知らねえ曲流した。グルービーが黄色い声上げた。もはやクレイジーのオンステージ。俺は片隅でポカンよ。
「YO。今日の為にトラック作ってきたぜ。ルーキーのワールドには悪いが、俺はこの大会の功労者。これくらいは許してくれよ」
 苦笑いよ。そんな反応しかできねえ状況よ。どうしろってんだまったく。審査員の方見たらベテランもみんな喜んでやがった。あっちのお仲間って事よ。完全に俺らの出る幕なしよ。

 俺がこの道を歩き出した時 進むべき道を見つけ出した時

 ついて来る奴なんかいなかった 誰もが無理だって笑ったさ

 だけど今じゃ見てみろこの光景 てっぺんからから見えるこの風景

 客が二人だけだったライヴから 仲間が増えてきたお前らが

 俺は裏切らねえ 無視もしねえ 厳しい視線から逃げやしねえ

 確かにステージは変わる まわりも変わる 色眼鏡の奴が俺を漁る

 それでも忘れねえ ここに誓う

 ついてきたお前らの為に俺は謳うんだ

 (フック)

 MY BASE IS HIPHOP B‐BOY PARK

 お前がいるから俺がいる

 MY BASE IS HIPHOP B‐BOY PARK

 お前らの声が俺を揺らす

 MY BASE IS HIPHOP B‐BOY PARK

 新しいステージ 今始まる

 MY BASE IS HIPHOP B‐BOY PARK

 仲間の歓声が俺を解き放つ

 最初からここはあいつの、クレイジーのステージだった。俺はただの噛ませ犬だった。客は当然大歓声。泣いてる奴もいやがった。バトルに参加してたMC達もハンズアップしてた。
そして、俺は負けた。人生二度目の敗北。
 時期が悪かった。クレイジーの卒業の日に勝負挑むなんてついてねえ。俺はそんな恨み節を心にため込んでた。そしたら、フープラに呼びとめられた。
「お前、納得してねえ面だな。」
「当然っすよ。あんなオンステージにされたら勝ち目はないっす。バトルなのに・・・」
 そしたら呆れた顔されたんだ。
「お前が負けたのはそれだけが理由じゃねえ。確かにバトルには経歴もなにもかも関係ねえ。だけどお前のラップはオーデイエンスを無視してる。HIPHOPは客に魅せて初めて成立する。お前はクレイジーが言った通り、相手をDISする事しか考えてねえ。そこが敗因だ。メッセージと客の心を掴む意思がねえ」
 ガツンときたね。俺はバトルの意味を履き違えてた。ただ相手を負かせばいいって思ってた。だけどそこには観客がいて、俺らはそのハートも動かさなきゃいけねえ。韻踏んでDISするだけならそこら辺のチンピラよ。俺は何も言い返す事ができなかった。
「悪くはなかった。ルーキーで決勝進出はたいしたもんだ。こっからだ」
 だけどフープラに肩を叩かれた時、俺はやっとクルーの一員になれた気がしたんだ。クルーに入っても、尖がってる俺らに声をかけてくる仲間はいなかった。涙もののストーリーよ。
 そんで俺はこの時決めたんだ。フープラクルーとしてしばらくは学ぶ。仲間を作る。相容れなかったスタッフとも打ち解ける。
 そっから生まれるリリックはオーデイエンスに響くはずだって。ライヴでのコールアンドレスポンスは普段の人間関係にも通じるはずだって。
 今思えば安易だったかもしんねえ。そんなに簡単に人の心は掴めない。音楽の趣味と一緒さ。違うジャンルが好きな奴に、自分の好きなジャンルの音を聞かせんのだって大変なんだ。
 そんで俺はこの後、その事を痛いほど教えられる。クソみてえな事件でな。だけどそのおかげでHIPHOPの重要なファクター。反骨心とプライドを完全に消去しないで済んだ。  
そして俺らは違う世界も見る事ができた。人の共感を呼ぶ事、伝える事の重要さも知る。
 いやあマジ、HIPHOPすんのもけっこう難しいんだぜ。

僕は37歳のサラリーマンです。こらからnoteで小説を投稿していこうと考えています。 小説のテーマは音楽やスポーツや恋愛など様々ですが、自分が育った東京の城南地区(主に東横線や田園都市線沿い) を舞台に、2000年代に青春を過ごした同世代の人達に向けたものを書いていくつもりです。