HIPHOPブーギー 第13話 俺達のHIPHOP

 その日はMTVミュージックアワードの授賞式だった。俺らWAVはPOPS部門でノミネートされてた。緊張したな。それは授賞式への緊張じゃあなかった。HIPHOP部門でクレイジーとフープラがノミネートされてたからだ。
 なんか微妙だった。俺らはやっぱりHIPHOPじゃねえんだって。あの二人はメジャーに行ってもHIPHOPだと認知されてる。
 「HIPHOP捨てたのか?」
 顔を合わせて、そう言われるのかと思うと憂鬱だった。
 ノミネートされたアーテイストはLIVEを一曲ずつ披露しなくちゃいけなかった。俺らは一番初め。新人で勢いがあるって事でそうなったんだ。ガツンとかまそう!・・・なんて気分じゃなかった。
いろんなジャンルの音楽ファンがいる中でまたDISされるのが怖かったし、こんな心持で自分達のファンに申し訳ないって思ってた。
 「大丈夫か?」
 バイブは俺を心配してた。口パクでやろうって案もあったが、さすがにそれはできねえって断った。そんな嘘つくくらいなら、出ない方がいいだろ?
 「ああ。大丈夫だ」
 舞台袖から場内を覗く余裕もなかった。不安だった。フープラにバトル挑んだ時だって、こんなに緊張しなかったのにな。
 「とにかく、いろんな事は一旦忘れようぜ。目の前にいる人達に向けて歌うんだ。余計な事は考えるな。俺達は売れてるんだ。会場にいるのだって、ほとんどが俺達のファンだ」
 バイブは自分にも言い聞かせてるみたいだった。どんなに迷ってても、ファンは待ってる。それは嬉しくも辛い状況だった。アーテイストの葛藤ってやつ?
 「さあ。みなさん。お待たせいたしました。最初のライヴアクトは、デビューしていきなり大ヒットを飛ばしたWAVのお二人です」
 女優の司会者が俺らを呼び込んだ。歓声が耳に届いた。
 (そうさ。俺達は認められてるんだ。大丈夫だ)
 俺は何度も自分に言い聞かせてステージに向かった。
歌い出すと、客は盛り上がった。そこに敵はいなかった。曲が終わるまで誰もが俺の詩を読み、歌を聞いていた。ただ、俺は辛かった。どうしようもなく目の前にいる人達に悪い気がした。
 罪悪感さ。確かにこの曲は俺らが作った。思い入れもある。この曲によって俺ら自身も救われた。だけど、本当の想いではない。売れる為。世に出る為に、みんなが求めてそうな言葉を繋ぎ合わせただけだって。
 それによって喜んでいる人達もいる。だけど、そんな虚構で喜んでもらって何が嬉しいんだ。そんなの、自己犠牲を気取って欲に溺れただけに過ぎねえんじゃねえかって。
 歌い終えた後「ありがとう。」なんて言えなかった。
俺は謝罪したいくらいの気持ちを押し留めてステージを降りた。したら、袖にクレイジーとフープラが待ってたんだ。業界は狭い。だけど完全に違うジャンルに入っちまった俺らが彼らと会うのはバトル以来の事だった。
 「元気そうじゃねえか。ワールド。それからDJ SIR VIVE」
 フープラはいつも通りバッチリB‐BOYスタイルで決めてた。クレイジーもよ。それに比べて俺らの衣装はピッチシ七三って感じ。自分らの昔を知ってる二人を目の前に正直恥ずかしかったな。
 「はい。お久しぶりです」
 俺はなんだかビビッちまって妙な低姿勢になってた。
 「おいおい。なんかちょっと前の威勢がなくなっちまったな」
 クレイジーが言った。あいつはもともとメローなHIPHOPを信条としてた。トップ.10には入ってなかったがそこそこ売れてた。うちの姉ちゃんが口ずさむくらいだからな。それでいて、自分のスタイルを大幅に変えることなく俺と違ってHIPHOP層にも好かれてた。上手い事やってんなって、妬みまで生まれたね。
 「そうですかね?いや、そうですね」
 俺は力なく答えた。あんだけバトルした二人を前にするとなんか裏切り者みたいな気分でもあった。
 「お前ら、最近大変みたいだな。俺の周りにもブーブー言ってる奴らはいるが・・・そうだ。DJ YOSHIだけど、あいつは干したぜ」
 「え?なんでですか?フープラさんとHASEGAWAさんのダチなんじゃないんですか?」
 「はは。ダチだろうと関係ねえ。俺は知ってたんだよ。あいつが下のモン潰してるのをな。イベントのアガリピンはねしてんのもな。だけどほっといた。そんな奴を乗り越えてくる奴を待ってたんだ。お前らなんかいい線いってたけどな。だがな、どうも調子に乗り過ぎたな。酔って俺のダチの女に手だしたんだ。まあ、HASEGAWAは納得してなかったがな」
 「そうですか」
 嬉しい知らせのはずだったが、こん時の俺にはピンとこなかったな。YOSHIの事なんか忘れちまうほど落ち込んでたんだ。ある意味では俺らのモチベーションでもあったのに。
 「なあ、ワールド。バイブ。落ちてんじゃねえよ」
 すると、クレイジーが俺らの背中を叩いた。
 「DISされるってのは売れた証拠さ。俺だってメジャーに来てから相当言われたぜ。だけど世に出てない奴のDISなんてメデイアからは聞こえてこねえし、僻みじゃねえか。それに俺は自分に嘘をついてねえ。売れ線狙った曲だって自分の言葉で書いてんだ。その自負があるからやってられる。お前らも自信持てよ」
 なんか泣きそうになった。一瞬クレイジーを妬んだ自分が情けなかった。それに俺はクレイジーと違って自分に嘘をついて言葉を書いてた。だから同時に胸が痛んだ。
 「安心しろ。お前らが売れなくなったら俺のレーベルに引っ張ってやる」
 「ちょっとフープラさん。こいつら売れてるから欲しいんでしょ?」
 「てめえ、生意気な口効く様になったな」
 二人は軽口を叩き合いながらステージに向かった。ライヴアクトは二人のコラボ曲。満員の観衆はPOPSファンばっかで最初はそこまで沸いたわけではなかった。だけど二人は堂々と自分達の言葉を紡ぎ、やがて会場を一つにした。
袖から見てた俺らは確かなあいつらのスキルに今さらながらにビビった。POPSファンをハンズアップさせる事ができるなんて。つかそんな事、俺らには到底無理だって諦めてた。
 そして俺らは、俺は、その光景を袖で見ながら羨ましくてしょうがなかった。なんか眩しかった。音楽の趣味が多様化したこの時代に、オーデイエンス全員に共感を得るなんてのは無理なんだ。人の好き嫌いと一緒さ。どうしても相容れない事もある。
 だけど自分の言葉で、正直な感情を込めてアクトすればどんなジャンルであれ伝わることもある。これが音楽だって。HIPHOPだって見せつけられた気がした。
自分のやってた事は間違ってたのかもしんない。もう、戻れないのか? 数カ月前に同じステージでバトルした二人がとても遠くに感じた。
 フープラとクレイジーは、二人のコラボ曲を終えるとアンコールに応えた。
曲はフープラがスリーMCでやってた時の大ヒット曲、「HIPHOP ブーギー」B‐BOYなら知らない奴はいねえってマスターピース。
 するとフープラが言った。
 「この曲をやるにはもう一人MCが必要だ。みんなでっかい声でそいつを呼んでやってくれ。OK?SAY ワールド!SAY ワールド!SAY ワールド!」
 徐々に会場の俺を呼ぶ声が増えてゆく。俺は突然の出来事に瞠目しながら震えてた。どうしようもなく嬉しかったんだ。俺らにはもうHIPHOPの仲間なんていねえって思ってたから。
 「だめだ。出るな」
 すると今井がすっとんできた。ダーテイーなイメージがあるあいつらと共演すんなって言うんだ。だけど客も求めてるんだぜ?歌詞だってどのMCの部分もバッチリよ。どんだけ聞いたと思ってんだこのクラシック。
 「今井さん。この観衆を無視したら、それこそ俺ら売れなくなっちゃいますよ」
 バイブが俺にマイクを渡しながら言った。あいつもなんだか嬉しそうな顔してたな。今井は頭ん中でなんかを計算しながら無言になった。多分、このアクトに出る事での俺らのイメージの上下を考えてたんだろうよ。
その隙に俺はバイブに背中を押され走ってステージに向かった。
 「行ってこいよ。久々にお前の本気見せてやれよ」
 まるでフープラとのバトルの時みたいな純粋なHIPHOP欲が身体を満たしてゆくのを感じた。
 「イエエ。勿体ぶりやがって。MCワールド」
 クレイジーが俺を紹介すると更に客は熱狂した。そんで軽快なギターリフのイントロが流れた。
まずはフープラからライム。韻を踏む言葉にコーラスをクレイジーと入れる。さすがだった。フープラのリズム感に持ってかされそうになった。そんでフックは三人でハンズアップ。

フック
 HIPHOP ブーギー 俺はまるでジャンキー

 韻が生まれる瞬間の 快感にハマり 迸り

 HIPHIP ブーギー もう止まらない

 寝ても覚めてもWE DONT STOP 俺達はもう止まらない

 最高だった。その後に続いたクレイジーも完璧。他人のラップをあそこまで自分流にアレンジできる奴はいねえ。客は押すな押すなの大熱狂。そんで俺の番。
 「さあ、MCワールドの番だ」
 フープラに紹介されるとはまいった。ど緊張した。だけど久々の胸を打つキック、ベース、スクラッチはさっきまで俺の中にあったモヤモヤを忘れさせた。
俺はリズムを刻んでライムした。メロデイーじゃねえ。リズムにのったんだ。他人のリリックだったが、まるで自分のもんみたいにスムースに言葉が出てきた。

ラップ
 朝 昼 晩 だいたい同じ 事ばっか考えて寝る暇なし

 そいつあなんだって?OK種明かし

 ライムする事さ 迷いはなし

 あざ笑う奴がいたっていい 関係ねえこれが俺の道

 照れる事なんかない 駆け込んだ車の車種はバギー

 何が正しいか 正しくないか そんな事は全然NO PROBLEM

 エンブレム付ける為の旅路 なんかじゃねえそれは間違い

 俺は俺の為に やってんだ 誰かの為に?うざってえな

 ライムが描く道の先の 答えを信じて進んでんだ

 フック
 HIPHOP ブーギー 俺はまるでジャンキー

 韻が生まれる瞬間の 快感にハマり 迸り

 HIPHIP ブーギー もう止まらない

 寝ても覚めてもWE DONT STOP 俺達はもう止まらない

 歌い終えた後、俺は道が見えた気がした。この爽快感。解放感。充足感。この感覚に嘘はつけないって思った。
「よう。まだ死んじゃいなかったな」
 フープラとクレイジーとハイタッチした時、これが俺の求めてる世界で求めてる最高の瞬間なんだってわかった。
 歓声は鳴りやまなかった。そうさ。誰かの、何かのせいにしてたのは俺自身なんだ。周りの人の、シーンのせいにして俺は逃げ出した。HIPHOPでだって、ラップでだってこんなに人々を沸かす事ができるのに。
心の中で完全に固まらなった意思がこの時ようやく形になった。凝固剤になったのは、HIPHOPに呼応したオーデイエンスの歓声だった。そして俺はこの時、自分の愛するHIPHOPをもう二度と、ゼッテー裏切らないって決意したんだ。

僕は37歳のサラリーマンです。こらからnoteで小説を投稿していこうと考えています。 小説のテーマは音楽やスポーツや恋愛など様々ですが、自分が育った東京の城南地区(主に東横線や田園都市線沿い) を舞台に、2000年代に青春を過ごした同世代の人達に向けたものを書いていくつもりです。