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小説「中目黒の街角で」 第41話

 山崎君との時間はとても大切だったし、幸せだった。だけど冷静になり、自分の将来を考えた時に彼との時間を優先順位の一番上に置くことはできなかった。
 若い頃からやりたい事を見つけられず生きてきて、やっと見つけた自分の場所を維持しながら、愛する息子を守るために生活するにはそうする他に選択肢はなかったから。

「何かあれば助けるし、もしお店がなくてなっても僕がどうにかするから」

 山崎君は真っ直ぐな瞳でそう言ってくれた。だけど彼に甘えるわけにもいかなかったし、どうしても自分で生きて行ける力を持ってから将来を考えたかった。そうしないと、同じ目線で関係を築けないと思ったから。

 お店の営業時間は一時までだったけど、お客さんがいる限りは閉めないようにした。売り上げにつながるなら嫌な客でも無下に帰るように即したりもしなかった。
 メニューもお客さんに飽きられないように少しずつ変えて。書類もしっかりと管理して。従業員を教育して。お店に費やす時間と息子との時間を大切にすると否応に山崎君との時間は減っていった。

 山崎君の家で抱き合って、でも余韻に浸ることなく帰る時には寂しそうな視線を感じた。でも息子と過ごす時間を考えると長居するわけにはいかなかった。

 彼が他にも嫌な思いをしていることには気づいていた。遅い時間まで残って口説いてくる客の相手をしている姿は、男の人だったら見たくはなかったと思うし、恋人として振舞うことができなくて、ましてや過ごす時間までなくなってゆく中で不安を感じていることも。でも、それが私の仕事で、彼ならわかってくれると信じていた。

 だけど山崎君は受け入れてはくれなかった。だんだんと私の客への態度や店の営業時間に口を出すようになっていった。

 本当に疲れていて「今日は会うのはやめよう」と言っても無理やりに店に来て、何かを確認するかのように店内を見回すようにもなった。週末の予定もかなり前から抑えようと予定を聞いてくるようになり、私が返答を先延ばしにすると厳しい言葉がラインで返ってくるようになっていった。

 やがて、私もそんな彼との関係に疑問を持つようになってしまった。営業時間や客への対応について指摘されると以前は素直に受け入れられたのに、自分を否定されているような気分になって素直に頷けなくなった。
 もちろん、彼が私を心配してくれているのはわかっていたし、間違ったことばかりを言っているわけではないのも理解していたのに窮屈さを感じるようになっていった。

 変わらず心太のことはとても可愛がってくれたし、山崎君になついていたけど、夫に会わせないわけにもいかない状況の中で無理矢理に過ごす時間を求められてしまうと会わせようとも思わなくなった。

 そんな関係を改善しようと、山崎君は会う度に私にプレゼントや花をくれるようになった。でも、その必死さが伝われば伝わるほど息が詰まるような感覚を覚えるようになった。
 

 決断や見返りを求められているようにしか思えなくなると、彼への恋心は薄らいでいった。
 もっと余裕を持って私を見守ってほしい。もっと私を信じて欲しい。大丈夫だからと心で伝えてもこの時の彼には伝わらなかった。

 そして最後には、店に来る客や店員にも冷たい態度をとるようになってしまった。そしてそんな山崎君の態度を見てしまった時、関係の終わりを悟った。
 彼が客に取り合わないようにしているのは私のためだと。なるべく早く客を帰らせるためだとわかっていたけど、私の大事な場所で過ごしているお客に対してそんな態度をとって欲しくなかったし、まるでお店を壊そうとしているのではないかとすら思えてしまった。

 そんな姿は山崎君の本質じゃないとわかってはいたけど冷めてゆく気持ちに見て見ぬ振りはできなかった。
 

 でも、彼の立場の辛さもわかっていたし、本当は優しい人なのも知っていた。それにそうなってしまったのは自分にも責任があったから関係は続けた。

 しかしそれはもう恋とは呼べなかった。立場や責任という言葉が二人の関係の中に持ち込まれてしまった時、理性を凌駕をする恋は終わりを迎える。

 そしてそのことに気づいた時、私の身体も冷えて山崎君に触れられることすらも受け入れられなくなってしまった。

僕は37歳のサラリーマンです。こらからnoteで小説を投稿していこうと考えています。 小説のテーマは音楽やスポーツや恋愛など様々ですが、自分が育った東京の城南地区(主に東横線や田園都市線沿い) を舞台に、2000年代に青春を過ごした同世代の人達に向けたものを書いていくつもりです。