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小説「リーマン救世主の憂鬱」 最終話

「そうですか。悪魔が自ら。そんなことがあるとは」
 

 教会に戻ると、神父は心底驚いた表情で俺を見つめた。歴史上でも悪魔が人間に諭されて自ら地獄に戻ったケースはないらしい。

「説得したわけではないんですよ。たまたまそうなっただけで」
「いえ、素晴らしいですね。戦わなくして彼らを戻すことが私の中の理想でした。ただ、私にはできなかった。それをいとも簡単に行ってしまうとは」
「そんなつもりはなかったんですけどね」
「あなた達はその悪魔が言った通り、私達の理解の及ばない新しい世代なんですね。そしてあなたは・・・」
 神父が言いかけた言葉を切った。
「なんです?救世主がなんとかってやつですか?まさか。そんなわけありませんよ。あ、だから初対面の時、名前を聞いて驚いていたんですね」
「ラテン語で救世主はオイルと言います。言葉の由来は油を注ぐ者という意味です。つまり油を注ぎ、車輪を動かし新しい息吹を与える人間が救世主になる。古来から新しい時代に現れると天界と地獄の聖書に書かれているのです。あなたにはその救世主の可能性がある」
「ただの車好きの親が付けた名前です。もし救世主だとしたら、辞退したいですね」
「もしあなたがそうなら辞退はできませんよ」
 

 救世主になったら、何か人生は変わるのだろうか。会社に行かなくて済むならなってもいいかもしれない。

「雇用形態によりますよ」
「救世主は雇われてなるものではありません。選ばれるものです。あなたには才能があり、何よりも名前がそうですから」
「じゃあ救世主であることを承諾するとして、俺はどうすればいんですか?」
「今までと変わらず、悪魔を退治していただければいいんです。その先に救世主としての使命が待っているはずです」
「会社、辞められますかね?」
「どうでしょう」
「それが1番大事な条件なんですけどね」
「そんなに働きたくないですか?」
「まあ、そうですね」
「就いた仕事に情熱を傾けると言う選択肢はありませんか?」
 

 お金をもらっているのだから情熱を傾けろと言われても、お金のために仕方なく働いているのだからできるわけがない。

「ないです。とはいえ、真面目には働いていますけど」
「あなたは正直過ぎますよ。働きたくないなんて。そんなこと今までの人間の歴史で言えた人はいません。社会の中で生きていくのに働かないなんて許されないですから」
「でもそれってみんなの本音だと思うんですけどね。喜びを感じる仕事に出会えればいいですが、そんな運のいい人間はほとんどいません。でも生活していかなくちゃいけない。だから仕方なく働いているわけで」
「では、あなたが喜びを感じる仕事はなんですか?」
「だからないんです・・・いや、今は悪魔祓いですかね。仕事ではないですけど」
 すると神父が嬉しそうに微笑んだ。
「やっぱりあなたは救世主だ」
「違いますって。今度神様に言っといてください。みんな、誰もが好きな仕事で生活できるようにしてくださいって。そうすれば世の中は良くなります。それは無理だとしても、もっと正直に生きていける世の中にしてくださいって」
「神は固い人ですし、古い人ですからあなた達の考えが理解できるかどうか・・・」
「神父、俺達新人類と付き合って行くなら、そろそろ転職したらどうですか?嫌な上司から離れるにはそれしかないですよ」
「な、何を言うのですか。さて、次の依頼の話をしましょう」

 休みが終わる日曜の夜も月曜日の朝に鳴るアラームも大嫌いだ。会社も仕事も結婚にも興味はない。とは言え、本当にやりたい事はわからない。
 

 いつか、こんな状態から抜け出せる日が来るのだろうか。天使も悪魔も今のところは何も教えてはくれない。

僕は37歳のサラリーマンです。こらからnoteで小説を投稿していこうと考えています。 小説のテーマは音楽やスポーツや恋愛など様々ですが、自分が育った東京の城南地区(主に東横線や田園都市線沿い) を舞台に、2000年代に青春を過ごした同世代の人達に向けたものを書いていくつもりです。