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kiarayui × HALLCA @LIVE HAUS(20230604)

 歌という“引力”が引き寄せた、唯一無二のムーン・ステージ。

 アメリカでは6月の満月のことを、先住民のネイティヴアメリカンが苺の収穫時期になぞらえて名付けたという「ストロベリームーン」と呼ぶらしい。サマーシーズンは太陽が高く上がるのに比べて月は1年のなかでも最も低い軌道を通ることから、朝日や夕日のように赤みがかって見えるという一説もある。実際にはストロベリーというほどの赤みはないが、ほんのりと赤が挿したように感じられる色とそのネーミングによって、恋愛や願いが叶う力を秘めた月とも言われているようだ。

 ストロベリームーンに限らず、古来の民族などは太陽が隠れる夜の闇における時間や指針を、月や星などの宙(そら)に頼って生活を営んできた。また、そこに日常の希望、たとえば豊穣や天災の忌避を託して、神格化することもあった。
 人間にとって、身近にありながら神秘的な存在の一つが月の存在だ。自ら光を放つ恒星ではないが、一際夜に輝くこの衛星は、潮の満ち引きなどの影響を与え、“ツクヨミ”(暦)として生活に溶け込んでいることは周知のとおりだろう。

 その月の重力のごとく影響を与え合い、近からずも遠からずの位置で寄り添ってきたのが、HALLCAとkiarayuiなのかもしれない。高校時代に出会い、HALLCAにとってKiarayuiは音楽への途を歩ませるきっかけとなった“恩人”とも称する存在だが、出会いから長い時間を共に過ごした訳でもないという。ただ、先にシンガー・ソングライターとしてキャリアを積んでいたkiarayuiを常に意識し続けてきたのは確かなはずで、ガールズ・グループを経て、ソロとしてのステージを重ねていき、ようやく演者として共演するステージに辿り着いた。そのライヴのタイトルは“MOON BRIDGE”。大きく湾曲したアーチと水面のリフレクションを合わせて満月と見立てる“円月橋”を表わす言葉だが、二人の間では互いを引き寄せ合った月の架け橋といった意味合いが強いのかもしれない。

 既に「Strawberry Moon」という楽曲でコラボレーションをしていたkiarayuiとHALLCAの親友同士のシンガーによる念願のステージは、奇しくもその「ストロベリームーン」が輝く6月4日の“マチネ”として行なわれた。ストロベリームーンが出ずるよりも少しばかり早い時間に、下北沢LIVE HAUSのフロアを美しく、時に妖しく照らし出していた。

kiarayui × HALLCA

 トップバッターはHALLCA。彼女のライヴ観賞は、4月のGRAPEFRUIT MOON公演(記事→「HALLCA @GRAPEFRUIT MOON(20230416)」)以来となる。この時はギターのクマガイユウヤとのミニマムなデュオ・セットだったが、今回はそこへ既にHALLCAバンドでも叩いているドラマーの多田涼馬が加わったトリオセットに。多田は、超絶技巧を繰り出す“手数王”こと菅沼孝三らに師事し、小曽根真、塩谷哲、山下洋輔、渡辺貞夫ら一流ジャズメンに薫陶を受けた気鋭のドラマーで、自身のバンドのDEARSのほか、日野皓正らのジャズ界隈との共演や、ジャニーズWEST、花澤香菜らのサポートでも活躍。6月19日には、小曽根が才気溢れる若手プレイヤーをフックアップする「From OZONE till Dawn」シリーズの第6弾として、恵比寿BLUE NOTE PLACEでリーダーライヴも行なうという注目株だ。

 演奏した9曲のうち、既にライヴにて披露した宮野弦士への客演曲「Starry Rain」や「Night Driver」を含めれば、ほぼ半数の4曲の新曲を組み込んできたというなかなかチャレンジングな構成。その緊張感が当初から身体に伝わっていたのか、初披露目となる「Sweetest Time」(※後日タイトルを「Sugar」に変更)や「Mind's Eye」はともかく、歌い慣れている「Dreamer」などでもやや不安定なヴォーカルワークが顔を覗かせたりもしていて、全体的には思ったような歌唱にならなかったのは悔しいところではある。

 ただ、その微妙なズレを補充してあまりあったのが、HALLCAの真骨頂でもある彩色豊かな表現力だ。歌唱する表情からも自身の愛着が零れるほどに窺える「Starry Rain」の伸びやかで瑞々しい佇まいなどはその最たるもので、オーロラのごとき麗しいグルーヴをフロアに横溢させていた。おそらく現行HALLCAのアダルトリゾートポップスの要素を凝縮したであろうアーバンなナイトクラビング・チューン「Night Driver」でのハイトーンフェイクの表情からも、ステージの心地よさが存分に伝わってきた。

 そして、そのHALLCAの豊かな表現力の開花させていたのが、勝手知ったるクマガイユウヤと多田のバランス力に富んだバンド・サウンドだ。音源との同期の妙も手伝って、トリオながらも奥行きのある音鳴りを提示していた。ギター、ドラムともに主張し過ぎず、しかしながら耳を惹くギターリフや跳ねた音のドラミングで有機的なサウンドメイクを施し、HALLCAの楽曲のアーバンかつアダルトな世界観を飾り立て、LIVE HAUSという小さな箱にブリリアントな摩天楼や小宇宙を描いていった。

HALLCA TRIO SET

 完全初披露となった新曲のうち、「Sweetest Time」(※「Sugar」にタイトル変更)はメロウなソウル/R&Bを基調としているが、HALLCAが持つポップネスを意識してか、フュージョン/AORの色合いを釉(うわぐすり)としたクワイエットストームといえる作りに。緩やかな隙間もあるスウィートなミディアムで、比較的に穏やかに流れるメロディだが、抑揚ある声域の往来もあって、楽曲に深みが出るのはこれからといったところか。もう一つの「Mind's Eye」は「夢心地の~」という詞が表わすように、ソフトタッチで紡がれる浮遊感あるポップス。白昼夢をテーマにしたような幻想的なアプローチもあって、エアリーなテイストは「モイスチャーミルク」あたりにも似ているか。

 終盤はコール&レスポンスが楽しいHALLCA的“沸き曲”でエンディングへ。「Dream Dancer」に続く「WANNA DANCE!」では、事前にファンと約束していたのか、ラストにファンがシンガロングするパートが新たに誕生。クマガイの軽やかなリフと多田のリズミカルなドラミングで加速度を増すなかで、ファンによるコール&レスポンスとシンガロング、ギターとドラムのソロパートでの盛り上げも加わり、HALLCAは新たにステージでの喜びを実感したような破顔を見せていた。

◇◇◇

 以前、『MOONLESS』のアルバム評をエントリーしたのだが(記事→「kiarayui『MOONLESS』」)、実はkiarayuiのステージを観るのは初めて。同作で全曲のサウンドプロデュースを手掛けているケン・アカマツや関西発のポップ・バンドのSpecial Favorite Musicで活動する久米雄介を中心とした、kiarayuiを含む6名編成で、こちらもHALLCA同様に9曲で構成。

 kiarayuiのイメージを『MOONLESS』として捉えていたならば、フレッシュな"青さ”が弾けるポップ・ロック・テイストな「JK」やアンダーグラウンドなハウス・マナーを汲んだ「LAY LOW」あたりは意外に感じたかもしれない。特に「LAY LOW」は、ビートが粒だったエレクトロニックなダンス・トラックにアレンジされたゆえ、アンニュイなベッドルーム・ポップのイメージを覆すようなアクトに。ただ、『MOONLESS』にも「Under the Tree(The Other Side Ver.)」あたりがランナップされていて、ことさら飛び道具ということでもない。「Under the Tree(The Other Side Ver.)」やそれよりもディープ濃度を高めた「pearl」といったようなエレクトロニックなアクセントの楽曲との相性はなかなか良くて、個人的にはその手の楽曲の演奏に興味があったのだが、実際に「LAY LOW」を目の当たりにし、ソウル・シンガーとは異なる“歌い上げない”ハウス・ヴォーカリストとしての融和性の高さも感じた。

 もちろん、kiarayuiの代名詞ともいえる「飛沫」をはじめとする、ローファイ・ベッドルーム作風では(その中でも「飛沫」は動的なイメージだが)、アンニュイな佇まいとハスキーなヴォーカルで、他にはないオリジナリティ溢れる独創性を発露。ローファイ・ベッドルームというと、時に音の隙間が目立ち過ぎて、ムードというより音として薄っぺらいものになってしまうことも少なくないが、このステージではバンドマスターの久米雄介のシンセやケン・アカマツの繰り出す鍵盤をはじめとするバンドが、白夜のごとくどこまでも薄明なグラデーションと極夜のごとくの漆黒で静謐なサウンドを縦横し、バンドセットならではのムーディな空間を創り上げていた。

 そのkiarayuiが持つナイーヴな声色と仄かな喪失感が見え隠れしながらも寄り添うような安らぎがない交ぜになった「bouquet」は、個人的に「LAY LOW」とともに白眉のパフォーマンスとなった。チャーミングな愛らしさも覗かせていて、ラストに披露した「星屑メルティーナイト」とともに、傷を癒しゆっくりと眠りにつくためのヒーリング的なグルーヴをフロアに溶け込ませていった。

◇◇◇

 アンコールは、kiarayuiのバンドにHALLCAが加わる形でのコラボレーション・ステージに。2人で楽曲制作したという「deja vuは夜に」は、イーヴンキックながら、明澄なHALLCAの歌唱やメロディが映え、kiarayuiのハスキーな声色が重なるブリリアントな作風で、2人で楽曲制作した時の楽しさのようなものが滲み出たパフォーマンスが印象的だった。

 2人の距離の満ち足りを新月からフルムーンへと導いたといってもいい「Strawberry Moon」では、月光のごとく赤みがかったライトに照らされながらハーモニーを重ね、恍惚へといざなうサウンドをバックに、微笑みとハグでエンディング。互いに満面のスマイルでステージを後にしたその姿が、本公演の充実ぶりを物語っていた。

 かけがえのない存在同士によるステージでの音楽的邂逅へ導いた月の架け橋〈MOON BRIDGE〉は、巧拙以上に漲るパッションとグルーヴで大団円。夜やコズミックな心象風景も少なくないHALLCAとkiarayuiの世界観にはこの上ないライヴタイトルだったといえるだろう。

(楽曲性も含めて)陽のイメージのHALLCA、陰のそれのkiarayuiは、それぞれ質は異なるものの互いに依存し合うという"陰陽”の概念にも似た関係性なのかもしれない。そういえば、それぞれが披露した楽曲は、奇遇にも陽数ににおいて最も縁起の良いとされる「9」曲だったな……などと妄想を脳裡に浮かべながら、メンバーがステージアウトするやいなやフロアに流れたHALLCA版「Strawberry Moon」のBGMに耳を寄せていたのだった。

kiarayui × HALLCA

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<SET LIST>
≪HALLCA≫
01 Sweet Pain
02 Fall Back Asleep
03 Dreamer
04 Starry Rain (Original by 宮野弦士 feat. HALLCA)
05 Night Driver (New Song)
06 Sweetest Time (New Song)→ Changed title to "Sugar" ※
07 Mind's Eye (New Song)
08 Dream Dancer
09 WANNA DANCE!

≪kiarayui≫
01 Rain on your hair (Original by kiarayui feat. Joe Barry)
02 after all
03 JK 
04 bittersweet  
05 LAY LOW
06 飛沫 
07 the room 
08 bouquet (Including member introduction)
09 星屑メルティーナイト (Original by kiarayui feat. Sigma-T)

≪ENCORE:kiarayui ✕ HALLCA≫
01 deja vuは夜に (New Song)
02 Strawberry Moon

<MEMBERS>
HALLCA TRIO SET:
HALLCA(vo, key)
クマガイユウヤ(g)
多田涼馬(ds)

kiarayui BAND SET:
kiarayui(vo)
久米雄介(Band Master / g, syn / Special Favorite Music)
ケン・アカマツ(key / ex-チャンポンタウン、溺れたエビ!)
こまるあかね(b / ex-チャンポンタウン、溺れたエビ!)
佐々木雄大(perc, fl, cho)
漂泊亭俳太(ds)

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2020/12/11 kiarayui『MOONLESS』
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