阿世賀淳|Man in the Mirror

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阿世賀淳|Man in the Mirror

Man in the Mirror代表/コーチ・組織開発。行政→MBA→ベンチャー経営2社→ジョブレス→現職。「あじわい」というジャーナルを毎日書いています。大好きな本と映画のことも時々。https://linktr.ee/jun_asega

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  • 動画・講座ライブラリー

    無料・有料ともに、常時見れる動画や講座情報を紹介します。

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    私が主催、登壇するイベント情報をまとめております。ご一緒できる機会を楽しみにしてます。

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    あじわいは、「今を味わう」ための取り組みです。 すべてのことには肯定的な側面が眠っていて、味わい深いもの。 私が、何気ない日常の中から、大切な「何か」に気付くことで、 今を味わっています。 私の私による私のための日記ですが、 それでも何かあなたにも感じることがあれば幸いです。

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    私の小さな書斎にある本棚から読んだ本から感じたことを綴っています。要約ではなく、私なりの解釈を載せております。

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    映画は人生を豊かにしてくれる。映画から感じたことを綴っています。

最近の記事

【動画アーカイブ】加藤洋平氏との芸術対談

加藤洋平さんと芸術対談した動画アーカイブをUPしておきます。

    • 【イベント案内】成長疲労から抜け出す処方箋〜哲学・宗教から捉え直すアート活動〜

      4/28(金)19:00より、知性発達学者・現代思想家の加藤洋平さんと対談することになりました。 加藤さんは、日本において、成人発達理論やインテグラル理論の第一人者であり、4月20日には、6年ぶりの単著が出ます。 タイトルは 「成長疲労社会への処方箋」です。 成長が強要される現代社会ですが、 真理は奇妙なパラドックスを秘めています。 成長を手放すことで、かえって成長する。 わたしを手放すことが、かえってわたしに近づき、 幸福や愛など意識しないことが、かえって幸福や愛が

      • ゴッホ・アライブを見に行った感想#439

        兵庫県立美術館にいき、常設展と共に、今日からスタートの没入型展覧会「ゴッホ・アライブ」というのを見に行った。 私から見ればあれは非没入型「ゴッホ・デッド」という形容がふさわしいように思う。 あれを見て感動している人には大変申し訳ないが、愚の骨頂もいいところだ。 芸術作品というものは受動的ではなく能動的態度で向き合わねばならないが、あれは受動的にしかみれない。 本来5分、10分と眺めてみるものが、5秒、10秒で変わっていく。 美的直観もくそもない。 「星月夜」の空を

        • 夏目友人帳と神秘道#438

          久しぶりに夏目友人帳見たんだが、第一話のこのシーン最高だな。 今後、神秘道とは何かを説明するのに、このシーンを引用しようw ニャンコ先生 「お前 夏目レイコじゃないか? なんだ違うのか?」 夏目貴志 「夏目レイコは祖母の名だ」 ニャンコ先生 「祖母? なんだお前はレイコの孫か。 なるほど よく見れば男だ」 夏目貴志 「よく見なくても男だよ」 ニャンコ先生 「人間と違ってな 我々は性別などは さほど頓着せんのだ」 ニャンコ先生 「お前 ここの居候か」 夏目貴志 「うるさいな

        【動画アーカイブ】加藤洋平氏との芸術対談

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          批判的実在論の意義とは何であるのか#437

          わたしにとって、批判的実在論とは何だったのであろうか。 僅かながらも、いただいた貴重な命を使って探究したわけであるから、命はここで私に、1つの言語化を促してくるのである。 知的理解がそこまで得意ではない私にとって、それが哲学において、存在論や認識論において、あるいは実在論においてどう位置づけられるのかは、わたしのような人間の本分ではないであろう。 もっと素朴で、もっと日常的な何かで、もっといえば、今のわたしにとって意味を掬い上げるが重要なのである。 して、それを言葉に

          批判的実在論の意義とは何であるのか#437

          現代における宗教の向き合い方について#436

          宗教との向き合い方について、それこそ多次元的、多義的に、あらゆる観点から言えることがあるように思うが、今しがた批判的実在論を学んでその問いに応えるための言葉を紡ぐならば、それは誤謬をおかさず、あるべきものをあるべき場所に位置付けることが、宗教や科学とを問わず、現代に求められているのではないかと思う。 たとえば近代以前は、多くを宗教へ還元してしまい、近代以降は、多くを科学へ還元してしまった。 もう少し一人の人間に引き寄せるならば、ボディ、マインド、スピリット、それぞれを還元し

          現代における宗教の向き合い方について#436

          能を見に行って、「翁」という存在に考えを巡らす#435

          1月3日、大槻能楽堂で、「能」の「翁」の演目を見に行ってきた。 それ以来、あの「翁」の存在について、考えを巡らせていた。 翁は、「能にして能にあらず」と言われるように、唯一ストーリーがない。 折口信夫は、それをまれびとといい、あの世とこの世を繋ぎ、場を整えるためにあるという。 今回、私がみて実感したことは、翁には、際限がないほどの無を背負っている感じが湧き起こったことだ。 先月、京都国際舞踏祭や、彫像家黒沼さんの個展を見に行った経験も大きい。 絵や彫像は、表面上静的だか

          能を見に行って、「翁」という存在に考えを巡らす#435

          【動画アーカイブ】(哲学者・井筒俊彦をめぐって)エッセンス年越し108分トークLIVE2022

          哲学者井筒俊彦をめぐって、語ったアーカイブを残しておきます。

          【動画アーカイブ】(哲学者・井筒俊彦をめぐって)エッセンス年越し108分トークLIVE2022

          【イベント案内】エッセンス年越し108分トークLIVE「井筒の梵鐘」

          今回は兼ねてより私が敬愛してやまない哲学者、井筒俊彦に関するイベントのお知らせです。 イベントページはこちら 2022年は、年末2夜連続のイベントです。 30日はこちら。そして、31日が今回のご案内のイベントです。 哲学者・井筒俊彦の入門中の入門企画この度、井筒俊彦を共に探求する仲間と井筒大好き芸人というユニットを組みました。笑 その名も、彼の主著「意識と本質」で語られる本質(エッセンス)論から言葉を拝借し、エッセンスです!笑 本イベントは、 日本が世界に誇る哲学者

          【イベント案内】エッセンス年越し108分トークLIVE「井筒の梵鐘」

          【イベント案内】井筒俊彦シンフォニー 呪術的交響曲第九番〜歓喜の井筒〜

          今回は兼ねてより私が敬愛してやまない哲学者、井筒俊彦に関するイベントのお知らせです。 イベント詳細こちら 今年8月にも実施しまして、その際40名〜50名ほどの方に参加いただき、好評いただき、今回も実施することになりました。 ご興味ある方は、ぜひご参加ください。 イベント概要井筒俊彦シンフォニーと題して、井筒俊彦の言葉に触れながら、言葉がオーケストラになるように響き合う時間を共に過ごせたらと思います。 《概要》 【日時】 12月30日 (金)17:00〜19:00

          【イベント案内】井筒俊彦シンフォニー 呪術的交響曲第九番〜歓喜の井筒〜

          「許し」という名の「愛」と「救済」#434

          悔い改めるから許されるのではない。 許されるから悔い改めるのである。 このことを深く考えてみたい。 もっと適切な言葉で表現すると、 悔い改めるから神に許されるのではない。 神に許されているから悔い改めるのである。 このことを感得したいと思う。 ハンセン病病院でのこと遠藤周作の親友の、井上洋治さんが「日本とイエスの顔」の著書の冒頭で、ハンセン病病院に行った話が書かれている。 まだ、良い薬もない時で、未知の病の怖さに、偏見も大変あった時のこと。 井上洋治さんは、ハ

          「許し」という名の「愛」と「救済」#434

          いのちの両睨み#433

          今上映されている中村哲さんのドキュメンタリー映画「荒野に希望の灯りを照らす」。 ここで、初めて耳にした話があった。 それは、哲さんの家族のことについて。 詳細は映画に譲るとして、これがあまりにも衝撃的だった。 この話は、今までも公表されていたものだったのかどうか、私はそこがどうしても気になった。 過去に公開されていたドキュメンタリーや本をいくつか見直し、哲さん好きの友人たちに聞いても、記載や覚えはない。 おそらく今回が初めて我々が知った話ではないかと思う。 今回初め

          いのちの両睨み#433

          中村哲さんの映画「荒野に希望の灯りをともす」を観て#432

          尊敬してやまない中村哲さんの映画「荒野に希望の灯りをともす」を観てきた。 だめだ。 言葉にならない。 これほどまでに何かを訴えてくることがあるだろうか。 中村哲さんに呼応して、ひとつの詩を残しておきたい。 2022年9月10日の日記

          中村哲さんの映画「荒野に希望の灯りをともす」を観て#432

          なぜここまで遠藤周作に惹かれるのか#431

          気づけば少しずつ遠藤さんの著作が増えたきた。 しかし、自分が今なぜここまで遠藤周作に惹かれているだろうか? 不思議で仕方がない。 かつて読んでいた頃よりも、全く異なった情熱と深みをもって出逢い直している。 それは、遠藤さんに近しい方々、井上洋治、吉満義彦、堀辰雄、井筒俊彦、河合隼雄、正宗白鳥などなどにも、浅い理解ながら触れてきたこともあるだろう。 私を遠藤さんへと突き動かす何かは、 それは表層的には、単に、文学をより深く汲み取りたいことはある。 遠藤さんの作品は

          なぜここまで遠藤周作に惹かれるのか#431

          地球を感じるということ#430

          人類が初めて宇宙にいったことは、ディープエコロジーの文脈においても革命的だったようなニュアンスを、実に多くの書籍や映像でみる。 それは、地球を初めて客体化してみることができた。 地球の全貌を見た瞬間、地球が1つの生命システムのようだと。 ガイア理論は本当にそうだったんだと。 しかし、本当にそうなのであろうか? 私はこれが逆な気がしてならない。 ディープエコロジーにおいては、むしろ悲劇な気がしてならない。 当たり前だが、宇宙から地球をみることと、地球を感じることは

          地球を感じるということ#430

          コロナを患っていただいたもの#429

          ほとんど人と会わない生活を暮らしをしている私でも、家族を通じてコロナをいただき患ってしまった。 身体が弱く、6日間も高熱が続いてしまったが、コロナになって感じたことも実に多い。 その一部を残しておきたい。 苦しみが開けてくれる扉最近、好んで読んでいた詩に、岩崎航の詩集「点滴ポール」と、ブッシュ孝子の詩集「暗やみの中で一人枕を濡らす夜は」がある。 どちらも命懸けの病と戦う詩だ。 自分のいのちが、いかに当たり前ではない中で生きていることを感じさせてくれる。 普段の意識

          コロナを患っていただいたもの#429