古代の薩摩940年 #15

第一部 不老不死の妙薬 徐福の報告書
(1)序
彼(か)の地には文字はなく。島全体を呼ぶ名称もなかったため、仮の名として倭としたことをお許しください。理由はとても従順で戦いと言うことを知らない稀有な民族と思われるからです。そんな国があるかと疑われても当然です。しかしこれから私がお話しする報告書を読んでいただければ、ある程度は納得してもらえるか?でも不安ではあります。

(2)倭の位置
我が国からかなり離れた東にあります。これまで発見されなかったのは大きな海で隔てられているためでしょう。また季節によってこの海はかなり荒れるため、行き来は命がけです。私も今回の旅で多くの部下を失ってしまいました。

(3)国土
いくつかの大きな島と無数の小さな島から成り立っています。山が多く、平地は極めて少なく、小さな村があちこちにぽつんぽつんとある程度です。1つの村には50人から80人くらいしかいません。どの村にも長老(おさ)と呼ばれている指導者がいます。しかし権力はなく、困難に直面したら、この長者同士が集まり話し合って難局を乗り切っていったようです。

(4)自然
四季に富み、春夏秋冬の風景は季節ごとに一変します。春は野山に緑があふれ、若草の間にあるたらのめ、ぜんまいなどを摘み、秋はきのこ、ぶどう、くり、いも、くるみ、ドングリなどを収穫します。夏場は鯛、マグロ、カツオ・スズキなどの魚、はまぐり・ばいがい・あさりなどの貝類、夏から秋にかけては、鮭や鱒も川を遡上します。
時にはクジラも見つかり、村総出で捕獲します。雪の降る冬は森のウサギ、猪、鹿の獣類や、鴨、鴈などの狩りに出かける。食料は豊富で、農耕は発達していない。地域によって、そば、ひょうたん、芋、えごま・豆などを栽培し始めたところもある。稲作はほとんど行われていない。
各村の村はずれに、貝塚というゴミ捨て場が作られ、全体的に清潔である。竪穴住居に住み、縄文土器で煮炊きをしている。土偶という土人形を作っている所もあるが、調査が不十分で使用目的は未だ不明。

(5)鉱産資源
まだ島全体を把握できてはいないが、南半分は一枚の羊皮紙に地図を書き、鉱山の場所とそこで採れる鉱物を明記。完全ではないが、確認できたものは現物を添えて持参提出。菱刈と生野の金、石見の銀、別子の銅、出雲の鉄、谷山の錫(すず)は、埋蔵量もかなりあるような気がするが、専門の技師に見せないと正確にはわからない。ただ、石見の銀だけは岩肌が銀色に輝いて見えるほどだから、素人目にも素晴らしい銀山だと思う。不老不死の薬はあちこちで情報を集めたが、どうやら、北の方にある吉野・熊野という村で仙人と呼ばれる一団が自然の薬草を採取し、栽培方法を模索しているという噂を聞いた。
今回大嵐に遭い、多くの物が流されてしまい、倭人に渡すものが不足したため、帰国せざるを得なかった。ただし倭人は物々交換で交易しているが、それは我々が行っている等価交換という発想はなく、欲しいものと欲しい物をお互いに言って、たとえ不均衡でも平気で交換している。つまり経済という考えはここには存在しない。
また、地形が複雑で険しい山も多い。運搬手段が人力だけだから、時間と手間がかかるのが悩み。牛や馬、豚、羊は全く見られない。貨幣もない。(完)

この物語は、薩摩の古代の歴史をドキュメンタリー風にしてみました。
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いつか映像にしてくださる方がいると嬉しいです。 吉峯盾

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